第1話 講義
「ポール・ゴーギャンの作品――
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』」
30代に見える長身の男が教壇に立ち、50名ほどの学生に対して、そう言いながらスクリーンに一枚の絵を映し出した。
「この作品は、私生活で娘を亡くし、借金のため家から立退き、あまつさえ健康状態も悪化と環境的に最悪な状態にあったゴーギャンが書き上げた彼の代表作です」
講義室の学生たちは、スクリーンに映し出された巨大な絵画を見つめている。
教壇の講師は絵画の背景に興味を持ちつつある学生達の反応を確かめ、少しだけ間を置いた。
「絵画に造詣がない私には、作品そのものの解説は出来ません」
何人かの学生が小さく笑った。
「ですが――」
講師はスクリーンから学生たちへ視線を移した。
「私は、この作品名の意味合いに、いつも思いを馳せるのです」
教室が静かになる。
「『我々はどこから来たのか』」
講師は黒板に、その言葉を書いた。
「『我々は何者か』」
二行目を書く。
「そして――」
三行目。
「『我々はどこへ行くのか』」
チョークの音だけが、講義室に響いた。
「この言葉には、複数の意味合いを読み取ることが出来る」
講師は振り返った。
「人間としての自分が、どこから来て、何者であり、どこへ向かっているのか」
少し間を置く。
「ゴーギャンの作品は、まさにそれを問いかけているのかもしれません」
講師は黒板に書いた三つの問いを眺めた。
「しかし、この問いをもっと大きな尺度で考えてみると、どうでしょう?」
教室のスクリーンが切り替わる。
そこに映し出されたのは、青い惑星だった。
「人類は、どこから来たのか?」
スクリーンに映った青い惑星”地球”の映像がズームアウトされていく。
「地球は、どのように出来たのか?」
スクリーンには太陽系全体が表示されつつある。
「そして――」
さらに映像が引いていく。
無数の星々が現れる。
「宇宙は、どのように出来たのか?」
教室の空気が、わずかに変わった。
「この講義では、今挙げた三つの問いのうち、一番目の問いをメインに進めていきます」
講師は黒板に、
『人類は、どこから来たのか』
と書いた。
「地球が誕生したのは、今から約四十六億年前です」
学生たちは聞き慣れた数字を聞き、何人かがノートを取り始める。
「太陽が生まれ、その周囲に残された物質が集まり、やがて惑星が形成された」
講師は淡々と説明する。
「原始地球は、現在の地球とはまったく異なる姿をしていました。高温で、表面には巨大な衝突が繰り返され、やがて冷却が進み――」
ここまでは、教科書に書かれている話だった。
学生たちも、それを知っている。
だが講師は、そこで話を止めた。
「……と、ここまでは周知の通りかと思います」
何人かが顔を上げた。
「問題は、その先です」
講師は黒板の隅に、小さく一つの文字を書いた。
『生命』
「地球上で、最初の生命がどのように誕生したのか」
講義室に静寂が響く。
「これは、未だ完全には解明されていません」
講師は学生たちを見渡す。
「生命の材料となる有機物が、どこから来たのか。なぜ、それらが自己複製する仕組みを持つに至ったのか。そして、なぜこの惑星では、生命が途絶えることなく進化を続けたのか」
講師はそこで一度、言葉を切った。
「我々は、あまりにも多くのことを知らない」
スクリーンに、太古の地球の想像図が映し出される。
「一方で、別のアプローチで興味深い事実があります」
スクリーンが、現在の世界地図に切り替わる。
「現在に伝わる世界各地の古代伝承に奇妙な類似点があることです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教 共通の根幹である旧約聖書。
我が国の古事記。
中国の三五歴紀。
ギリシャ神話。
ケルト神話。
いずれも、始まりは混沌。混沌の中で、光がうまれ、地上が出来た」
話しながら黒板に『混沌』と書き、言葉を切る。
「さらに、いずれの伝承にもなぜか、巨大な塔または柱が登場する。
人工物である塔が天にも届く。そのような代物を当時に人々に想像できるのか?
否。ではどうして登場したのか?」
教壇から左右を見渡した講師はゆっくりと言葉を発した。
「実在しそれを目撃したのでは、と私は考えます。
それを誰が造ったのか? については、」
続きを話そうとしたタイミングで講義終了のチャイムが鳴った。
腕時計を確認しながら、講師が言う。
「時間配分を間違えてしまいました。来週に本日の続きをいたします」




