第23話:研究者と呼ばれた男
「まさかまたお会いできるとは! 一年振りでしょうか? その節は本当にお世話になりました。今回もまた修行の旅ですか? いやいや驚きましたよ!」
感想と質問をごちゃ混ぜにしながら、アルフェルディナンドは捲し立てた。
俺に口を挟むタイミングはなかったし、アルフェルディナンドのほうも答えを期待していない様子だった。
しかし、不思議と悪い気はしない。
アルフェルディナンドが良い意味で、俺との再会に興奮しているとわかったからだ。
「いずれにせよ、ミノールさんとエンジュさんが変わらぬ様子で、なによりです」
最後にそう言うと、アルフェルディナンドは右手を自分の胸に当て、大袈裟に頭を下げた。
「これも神様のお導きでしょう。我々が旅先にアグリアを選んだことも、この地でアルフェルディナンドさんとお会いしたことも、きっとなにか意味があるのだと思います」
「私は教会の教えに疎く、その辺のことはよくわからないのですが、ミノールさんがそう言うからには、きっとそうなんでしょうね」
「信じてください。この世界のすべての事柄には、神の考える理由があります」
ハッタリだ。
俺にしたって、アルフェルディナンドと同様、教会の教えなどほとんど知らない。
しかし、神様の代行者である俺が言うんだから、あながち間違いでもないだろう――そんな風に俺は思った。
「ところでアルフェルディナンドさんは、どうしてアグリアに?」
訊きながら俺は、そっと馬車を確認した。
大きな荷台には大量のネルバが積まれていた。
熱や乾燥に強い植物だったはずだが、いずれもかなり傷んでいる。
収穫してからかなりの日数が経っているのだろう。
「いやあ、お恥ずかしい。格好悪いところを見られてしまいましたな」
俺の視線に気づいたアルフェルディナンドは、苦笑しながらボリボリと後頭部を掻いた。
「目的の半分は商売です。不作と噂のアグリアに、ネルバを売りつけてやろうと思っていました。しかし、残念なことに、アグリアという国もアグリアの人々も、大量の保存食を準備していたのです。つまりネルバは売れず、いまは荷台の上で腐りつつあります」
「なるほど。それは残念でしたね」
「本当ですよ。大赤字です」
「しかしまあ、長い人生ですからね。ついていないときや、上手くいかないときもありますよ」
「いやいや。そんなに簡単に終わらせないでください」
不満げな顔をすると、アルフェルディナンドは直近一年間の苦労を語り始めた。
どうやら俺の慰め方が気に入らなかったらしい。
話を制止すべきだったのかもしれないが、タイミングを逸してしまった俺は、アルフェルディナンドの長話を最後まで聞かされることになった。
オルディアを脱出したアルフェルディナンドは、準備を整え、再びオルディアに戻ったらしい。
ネルバを大量に買い付け、他国で売り捌くためだ。
味がよく、解毒法が面白いネルバは、どこの国に持って行っても人気商品となった。
国によっては現地調達できることもあって、商売は順調に進んだという。
しかし、本格的に王族や貴族に売り捌こうとしたところで、ドルチェリアが現れたそうだ。
結果として、アルフェルディナンドは仕入れたネルバの多くを腐らせてしまった。
損失は大きく、それまで得られた利益を溶かしてしまったらしい。
次に計画したドルチェリアの売買も、アグリアが厳格に輸出管理をしていたため、仕入れが難しかったそうだ。
そうこうしているうちに、アグリアに不作問題が発生し、アルフェルディナンドは再びネルバを取り扱うことにした。
目的はアグリアの救済だった。
しかし、アグリアは有事用の食糧を備蓄していたため、アルフェルディナンドのネルバはまったく売れなかったというわけだ。
運も悪いのだろうが、たぶん商才がないのだろうと俺は思う。
アルフェルディナンドの戦略は、どこかギャンブルのような場当たり的なものだった。
「ただまあ、今回は利益が約束されているんです。今回、アグリアに来た目的は二つありますからね」
そこで話を区切ると、アルフェルディナンドはニヤリと口角を上げた。
「意味深で謎かけみたいな言い方ですね。もう一つの目的ですって?」
「彼ですよ。あの研究者を無事にアグリアに連れてくることを今回の主目的にしていました。ネルバの売買は副次的なものです」
アルフェルディナンドが指差す先に、若い男がいた。
男は畑の上を歩き回り、土を採取している様子だった。
採取した土は、前の世界で言う試験管のようなガラスの容器に入れて蓋をし、黒く硬質な箱に収めた。
チラリと見ただけだが、ガラス容器の側面には、なんらかの文字が記されていた。
「どなたですか?」
「セオドールさんです。若いのに、あのルミノールにおいて農業研究の第一人者だそうですよ。今回、セオドールさんを無事にアグリアに連れてくることで報酬が得られます」
「なるほど。道案内というわけですか」
俺はもう一度セオドールを観察した。
年齢で言えば二十歳くらいだろうか。
光沢のある長髪は茶色く、後ろで一つに縛られている。
細く薄い体型と色の白い肌が、頭脳労働者であることを証明するようだった。
ここに集まっている人たちは、アルフェルディナンドよりも、セオドールを注視しているようだった。
不作の地に、農業研究の第一人者が来たのだ。
期待しないわけにはいかないのだろう。
まるで俺の視線に気づいたかのように、セオドールは振り返った。
「終わりました。予定していた材料はすべて集められたと思います」
「わかりました。では、ルミノールに帰りましょうか? あるいはまだ、アグリアに滞在しますか?」
「今回はひとまず終了したので、ルミノールに戻ろうと思います。お気遣いありがとうございます」
そこまで言うと、セオドールはペコリと頭を下げた。
「帰路もよろしくお願いします。そして約束通り、ルミノールまで帰していただいたあとに、報酬をお支払いします」
「任せてください」
アルフェルディナンドはガハハと笑い、自分の胸を右の拳で叩いた。
俺は間髪入れず「あの……私たちもその帰路に同行させていただいても良いですか?」と訊いた。
「え? 皆さんもルミノールに行きたいということですか?」
アルフェルディナンドは驚いた様子だった。
理由はわからないが、心底意外そうだ。
俺は「はい。そういうことです。このアグリアの問題がなんなのか、単純に私も知りたいのです」と説明した。
「いやしかし、ルミノールは研究都市ですよ。教会の教えを否定している地域です。教会どころか信徒だってほとんどいないと思いますが……」
「まったく問題ありません。先ほども言いましたが、私はただ、アグリアで発生した不作の原因を知りたいだけです」
「相変わらず、あなたは変わった人ですね」
「そうでしょうか? 多くの人を助けたいという気持ちは、他の聖職者と変わらないと思いますが」
「そこはまあ、そうですね……ですが」
そこで言葉を区切ると、アルフェルディナンドはセオドールを見た。
セオドールは「ルミノールとしても、特に問題はないでしょう。かつてルミノールを訪問した聖職者は数十人にも上ると聞いていますから」と言った。
「わかりました。では、教会にとっても、ルミノールにとっても、厄介事にはなりませんね?」
アルフェルディナンドが確認すると、セオドールは「大丈夫ですよ。少なくとも、ルミノールにおける二人の安全性については、私が保証します」と答えた。




