第2章 海の町リートレ【1】
国中が大騒ぎであろうエスラ大陸を脱し、一路、船で隣のクルトゥーラ大陸に向かう。甲板から見下ろす海は美しく、ウォーロックは旅の始まりに心が躍っていた。快適な船旅は、冒険の始まりに幸先の良さを感じさせる。エウル神としては、いますぐにでもウォーロックを捕まえて死神の呪いを解き、世界樹を再生させたいことだろう。だがウォーロックは、ゴード神が与えてくれた機会を無駄にするつもりはなかった。
「クルトゥーラ大陸はどんな場所だ?」
海を眺めながら言うウォーロックに、そうですね、とスクワイアが答える。
「魔法によって成り立つ大陸です。様々な種族の人間がいるらしいです」
「様々な種族の人間? 人間なのか?」
「クルトゥーラ大陸では、獣人族でも人魚でも人間だそうです」
ふうん、と呟いたウォーロックは、さすがファンタジーの世界だ、と考える。以前の世界には人間らしい人間しかいなかった。きっと、前世の記憶や知識はなんの役にも立たないのだろう。それがまた面白さを感じさせるのかもしれない。
「スクワイアの世界には魔法はあったのか?」
「あることにはありました。この世界の魔法と比べると子どものお遊戯みたいなものですが……」
スクワイアはウォーロックの前世の世界とは別の世界から来たらしい。ウォーロックはファンタジーの世界に興奮しきりだが、スクワイアの前世の世界もファンタジーだったらしい。ウォーロックほどの感動はないだろう。
「俺の世界には魔法はなかった。早く魔法を使ってみたいが、俺は魔法を使ったことがない。俺でもこの世界の魔法を使えるんだろうか」
「そのお身体に刻み込まれているはずです。使おうと思えばきっと簡単ですよ」
実に便利なものだ、とウォーロックはわくわくしていた。エウル神にとって都合が良かったとは言え、圧倒的な魔法力を持つアストラ王の体に宿ったことは、ウォーロックにとって喜ばしいことだった。
これからの旅を楽しみに思うウォーロックに、ふふ、とアモルが小さく笑う。
「ウォーロックとはよくできた名前です。まさに陛下のためのような名です」
ゴード神が付けた名である「ウォーロック」は、魔法使いのことを指す。エウル神が付けた名の「アストラ」は“星”という意味である。
「陛下はオクターヴィル王国随一の魔法使いです。実力で王にのし上がった陛下のために用意されたような名ですわ」
「その王が突如として姿を消したのですから」と、スクワイア。「国中が大騒ぎになっていることでしょう」
「アストラの次に王になり得る者はいるのか?」
「オクターヴィル王国は陛下がお戻りになるのを待つしかありません」
穏やかに言うスクワイアに、ウォーロックは首を傾げた。
「ウォーロックは不老長寿。これから数百年は王として民の上に立つと想定されていました。次に王となり得る者の育成は進んでいません。誰が王になっても、オクターヴィル王国は衰退する可能性があります」
「ふうん。ま、俺には関係のない話だな。俺には世界の存続がかかっている」
エウル神とゴード神は、ウォーロックがこの世界の再生か破滅を選ぶのを待っている。オクターヴィル王国が繁栄しようが衰退しようか、世界の存続の前では無意味なのである。
「俺が世界の破滅を選べば、オクターヴィル王国も滅ぶしかなくなるからな」
「王ではなく統治者となる可能性のある者はいます」アモルが言う。「ウォングレーです」
「ウォーロックの右腕と言える騎士です」と、スクワイア。「留守を預かるとしたら彼でしょう」
「王にはなり得ないでしょうが」ヴィシオが言う。「民をまとめることはできるはずです」
「ふむ。ではしばらくはその者に任せよう。俺は束の間の旅を楽しむことにする」
束の間となるかどうかは、ウォーロックにかかっている。不老長寿の肉体を手に入れたいま、ウォーロックは好きなだけこのファンタジーな世界を楽しむことができる。数百年かかったとしても、エウル神もゴード神も不介入。例え世界樹が枯れ果てようと、ウォーロックが破滅を選べば、それだけですべてが終わるのだ。




