第1章 世界樹の庭【2】
スクワイアに連れられて森を抜けると、遠いところから喧騒が聞こえてくる。街に入ったようだが、ここは随分と離れた場所らしい。肩にかけられたタオルも水を吸って、そろそろウォーロックの体を冷やそうとしていた。
「こちらです」
スクワイアが先を行く。案内されて辿り着いたのは、小さな木造の建物だった。なんの変哲もない地味な家で、屋根の煙突から煙が上がっている。どこからどう見てもただの民家だった。
首を傾げるウォーロックを尻目に、スクワイアは躊躇わずに建物のドアを開く。からんころんからん、とドアの鈴が軽い音を立てた。窓から射し込む光は周囲の木々によって頼りなく、室内は揺れるランプが仄かに照らしているだけ。少々埃っぽく、前世のウォーロックであれば間違いなく足を踏み入れることはできなかっただろう。室内が暗いせいで、ここがどんな場所であるかはわからなかった。
「やあ、いらっしゃい」
杖をつく音が店の奥から聞こえてきた。それと同時に、パッと天井の電気が点く。杖をつきながら表に出て来るのは、長い白髪を首元でまとめた腰の曲がった老人だった。眉毛も髭も真っ白で、眉毛は目を隠すほど長い。
「ここは『せかい屋』です」スクワイアが言う。「ゴード神の加護を受ける店です」
「ふむ……」
電気が点いたことで、室内がよく見渡せるようになった。室内は様々な雑貨や、何かの道具らしい物が並んでいる。どうやらここは店のようだった。
「ついにウォーロックが現れなすったか」
老人が穏やかな声で言う。眉毛で覆われた目はウォーロックを捉えているようだった。ゴード神によって導かれる人間がいることを知っていたのだ。
「ゴードのことを知ってるのか?」
「ええ。この店はゴード神の加護を授かっております。ゴード神の遣いでなければ発見できない店なのですよ」
「ほう……」
ウォーロックは、この店が街から大きく離れた場所にある理由を理解した。表に出るような店ではないということだ。スクワイアもゴード神の遣いであるため、この店を見つけることができたのだ。
「まずは着る物のようですね」
肩からタオルをかけ、いまだに濡れているウォーロックを見て、老人はひとりで、うんうん、と頷いている。ウォーロックとしても、服だけでなく靴も用意してもらいたいところだ。ここまで素足であったため、足の裏には土や草が張り付いている。
「その珍しい御髪も隠されたほうがよろしいでしょう。この国には、浅葱色の御髪はアストラ王しかおりませんからな」
「そうなのか」
ウォーロックは肩にかかる髪を手で掬って見る。珍しい髪色だとは思っていたが、この髪色だけで身元が割れてしまうらしい。そうであれば、襟巻か何かで覆う必要があるだろう。
「これから王陛下の捜索隊が組まれます」スクワイアが言う。「その髪色では勘付かれることもあるかもしれません」
「なるほどな。なら、あんたに任せるよ。あとは武器になる物があるといいんだが」
「ええ、ええ。なんでもありますとも」
老人は衣類がかけられたラックから、躊躇わずに一着を手に取る。それをウォーロックに当ててみると、ふむ、と深く頷いた。それからハンガーにかけられたスカーフを手にし、再びウォーロックと見比べる。また満足げに頷いた。
「服と襟巻はこれがよろしいでしょう。奥でお着替えになってください」
「ああ、わかった」
老人に促されて店の奥に入ると、カーテンで仕切られた一角がある。フィッティングルームのようなものか、と考えながらウォーロックは濡れた服を脱ぎ捨てた。靴はこちらをどうぞ、と老人がカーテンの下からブーツを入れる。不思議なことに、服も靴も、まるでウォーロックのために仕立てられたかのようにピッタリだった。違和感なく体に馴染み、袖や裾の長さも申し分ない。ブーツも足の形に綺麗にフィットしている。襟巻も充分に髪を覆い隠した。ウォーロックが来ることを予想していたとしても、これほど完璧に合う服が用意されているのは、確かにここは普通の店ではないようだ。
ウォーロックが試着室から出ると、うむうむ、と老人は満足そうに頷く。
「よく馴染んでおるようですな。あとは武器でしたな」
老人は壁にかけられた剣や杖、弓などの武具の前にゆったりと移動する。ふむふむ、と頷きながら手に取ったのは、刀身の短い小振りな剣だった。老人は杖をつきながらウォーロックのそばに戻り、よっこいしょ、と腰を屈める。それから、ウォーロックの腰のベルトに剣を装着した。
「剣でいいのか?」ウォーロックは言う。「俺は魔法使いだが……」
「本来、杖は魔力の少ない者の魔法を補助する道具……」と、老人。「ウォーロックはそれがなくとも充分に魔法をお使いになることができますよ」
「剣はあくまで護身用です」スクワイアが言う。「もし魔獣と戦うことがあれば、魔法をお使いになるといいですよ」
魔獣、とウォーロックは心の中で呟く。ファンタジーの世界に来たとなれば、魔物や魔獣も当然に存在する。いずれ戦うことになるのだろう。そのときまでに魔法を完璧に使いこなせるようになるといいのだが、とウォーロックは考えていた。




