第2章 海の町リートレ【5】
不思議の詰まった魔道具屋をあとにすると、ウォーロックとスクワイアはまた海になる町の散策に戻った。前世の世界では目にすることのなかった様々な種族が行き交う町は、ウォーロックにとってまさにファンタジーの世界。こうして町を歩いているだけで、異世界に来たという実感が持てる。ただそれだけのことで、ウォーロックには心が躍るほどに感慨深いものであった。
「スクワイアはもともと魔法の存在する世界で生きてたんだよな」
「はい」
魔法が存在する世界ということは、スクワイアの以前の世界もファンタジーの世界だったということだ。ウォーロックの前世の世界と違う世界は、きっとどこへ行ってもファンタジーの世界なのだろう。
「こういういろんな種族がいる光景は特に珍しいものじゃないのか?」
「そうですね。私の世界には“魔族”がいました。魔物が人型に進化した種族ですね」
「ほう……。羨ましいもんだ。俺の世界には特徴のない人間しかいなかったよ」
「この大陸で言うところの“人の子”ですね。そういう世界は他にもあったと思いますよ」
ウォーロックは前世では、異世界があることも信じていなかった。こうしてまったく違う世界に転生した以上、他にも異世界が存在していることを信じざるを得ないだろう。
「こうして転生してみると、他の世界にも行ってみたいという気になるな」
「ウォーロックほどの魔法使いであれば、自分の魔法で転生することも可能になりますよ」
「そうなのか?」
「はい。この世界の滅亡を選んだときのために、転生の知識を得ておくといいかもしれません」
「それは面白そうだな」
そのとき、ふと、ウォーロックは何かに誘われているような気がして振り向いた。そこには奥の見えない暗い路地があり、何か不思議な気配を感じる。
「どうかなさいましたか?」
首を傾げるスクワイアに、ウォーロックは路地を指差した。
「この路地……」
「そこには近付かないほうがいい」
不意に聞こえた声に、ふたりは振り返る。毛先の赤い長い金髪を襟足でまとめた若い男性が歩み寄って来ていた。その表情は穏やかだが、ウォーロックは何か不可思議なものを感じる。海になる町のただの住民とは思えない魔力だった。
「あんたは?」
「お兄さんはシリンダー。向こう側への舟渡だ。名前じゃないから、さん付けは要らないよ」
「向こう側?」
怪訝に首を傾げるウォーロックに、シリンダーと名乗った男性は穏やかな笑みを浮かべる。
「この先は向こう側に繋がっているんだ」
「向こう側ってなんだ?」
「海になる町の向こう側さ」
ふむ、とウォーロックは顎に手を当てる。“向こう側”というものがなんなのかはわからないが、シリンダーはそれを知った上でふたりを引き留めた。それには確固たる理由があるのだろう。
「用がないなら近付かないほうがいいみたいだな」
「そうですね。この世界の住人の忠告は聞き入れたほうがいいでしょう」
「この町は解明されていない不思議が溢れている」シリンダーが言う。「好奇心は猫を殺す。魔法使いなら大丈夫だろうけどね」
ウォーロックが好奇心のままに行動していれば、スクワイアがそれに巻き込まれることになる。女神にとっても死神にとっても、忠告を無視した好奇心でふたりを失うことは損失になる。慎重に行動することが必要になるときもあるだろう。
シリンダーはのほほんとした笑みを浮かべながら去って行く。こうして“向こう側”に近付こうとする者を見つけては忠告に来るのだろう。“舟渡”というものがどういうものかをウォーロックは知らないが、シリンダーもこの町の不思議に含まれるのかもしれない。
「この町ではしばらく楽しめそうだな」
ウォーロックはわくわくとして言う。この町だけでも、“向こう側”のような人間には解明できない謎が多く隠されている。それを堪能し尽くすのも悪いことではないように思えた。
「ですが、深入りはしないほうがよろしいかと。世界を滅ぼすことになったとき、愛着は仇となります」
「心配は要らない。この身体に情という概念はないようだ。アストラ王は無慈悲な王だったのだろう」
彼の魂が宿る前のアストラ王を彼は知らないが、アストラ王のことがこの身体には深く刻み込まれている。アストラ王がどんな王であったか、それは身体に残る感覚が教えてくれるようだった。
「例えお前たちが世界と運命を共にしようが、きっと俺は躊躇わない」
「それでこそアストラ王です。私たちは王の御心に従います」
きっとアモルとヴィシオも、スクワイアと同じことを言うのだろう。それを受け入れているからこそ、ウォーロックに付いて来ることができるのだ。もしそれに反発するなら、ウォーロックの敵となる。きっとただの人間である彼らがアストラ王に勝ることはない。反発していたとしても、受け入れるしかないのだろう。
「俺はしばらく魔法学研究に没頭するだろうな。実に面白そうな学問だ」
「魔法のない世界から来たのでしたら、きっと楽しめますよ。魔法学は魔法の専門学ですから」
魔法学は魔法を科学として捉えた学問。この世界の科学も以前の世界の科学と違うのだとしたら、ウォーロックにとっては未知の連続になるのだろう。
「あの家が魔法使いの家なら、誰か頼って来ることもあるかもしれないな」
「アストラ王の魔力でしたら『大魔法使い』を名乗ることだってできますよ」
「大魔法使いウォーロック……悪くない。まあ、まずは魔法を使いこなすことからだろうが」
「特訓なら私が付き合います。ウォーロックに付くことが決まっていたので、魔法に対する耐性がたくさんありますから」
「それは心強い。実に楽しみだな」
魔法というものは、オタクでなかったとしても人生で一度は憧れるものだろう。それがこの手に届いたことは、彼にとって転生が恩恵でしかないことを証明している。例え女神を敵に回し闘うことになったとしても、この世界を楽しみ尽くしたならば問題ない。これは死神から与えられた人生。この世界の生死を決めたとき、この世界と運命を共にしようと構わない。新しい人生を楽しむ。ただそれだけで充分だった。




