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星屑のせかいで~大魔法使いは神と死神の砂時計~  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第2章 海の町リートレ【4】

 アモルとヴィシオが家の掃除に取り掛かると、ウォーロックとスクワイアは再び海になる町の探索に向かった。魔法の存在しない世界から来たウォーロックにとって、魔法によって成り立つ場所は興味深い。魔道具という物にも触れてみたい。この世界の命運が懸かっているとは思えないほど、ウォーロックは心が躍っていた。

 海になる町の商店街は騒がしいほどに賑わっている。町の外にはこの商店街ほど店がないのだろう。みな、それぞれ必要な物を求めて集まって来るのだ。

「この国を治めるのはキング・レオと言ったか」

 店の軒先に並ぶ商品を流し見しながらウォーロックは言った。ええ、とスクワイアが頷く。

「獣人族の王ですね。この大陸のこちら半分を治める王です」

「クルトゥーラ大陸はそう広くないんだな。王がふたり居るだけか」

「大陸の端から端まで、馬の足でも三日で到達できるそうですよ」

 ウォーロックは馬の速度がどれくらいのものかわからないが、実際に端から端までの旅をすると考えると、おそらく駆け足ではないのだろう。

「それにしては民が多いな。住み良い国なんだろうか」

「キング・レオは多くの民に慕われています」

 雑貨店の軒先に並ぶ商品を眺めながら、ふうん、とウォーロックは呟いた。

「この世界のことに随分と詳しいんだな」

「私はゴード神からウォーロックを導くよう仰せつかっています。この世界の知識は粗方、教わりました。わからないことはわかりませんが」

 当然のことを言うスクワイアに、ウォーロックは小さく笑う。

「最初はクルトゥーラ大陸に向かうよう仰せつかりました。この大陸の知識はありますよ」

「そうか。魔法によって成り立っているなら、俺を楽しませてくれそうだ」

「魔法の存在しない世界から来たなら、充分に楽しむことができますよ」

 ウォーロックはまだ魔法らしい魔法に触れておらず、自分自身でも魔法を使っていない。この旅は急ぐ必要がない。まだこれから存分に楽しむ機会があることだろう。

 気ままに歩く中、ウォーロックはランプや鏡、アクセサリーなどが並んだ軒先の商品棚が目に留まった。統一性に欠ける商品の陳列が目を引いたのだ。

「ここはなんの店だ?」

「魔道具の店でしょう。この大陸で作られた魔道具は、利便性が高くて人気なんですよ」

 話し声に気付いた様子で、店の奥から体の小さな女性が出て来た。猫の耳と尻尾を持つ猫人間(ケットシー)の店主だった。

「お兄さんたち、旅の人?」

「よくわかったな」

「狭い町だからね。みんな、顔馴染みみたいなもんだよ」

 これだけ多くの人々で賑わっていても、こちら半分側の民が各地から集まって来るなら顔ぶれはいつも変わらないのだろう。わざわざ船を使ってこの大陸に買い物に来る必要もないだろうし、向こう半分側の国は行き来が制限されている。長く暮らしている人々は、ほとんどが顔馴染みなのだ。

「この町は海になるんだろ?」ウォーロックは言った。「そのあいだ、町の人間はどうなるんだ?」

「どうも」と、猫人間(ケットシー)の店主。「この町に住む人はいないからね」

「じゃあ、この商店街にいる人間は、すべて町の外から集まって来たってことか」

「そうだね。海になってしまうんだから、この町では暮らしようがないのさ」

 なるほど、とウォーロックは呟く。海になっているあいだ、この町は少なくとも海の中に沈むことになる。そうであればこの立ち並ぶ建物たちはどうなるのだろうか、と考えたが、この町は魔法で成り立っている。その仕組みはウォーロックにはわからないだろう。

人魚族(ウンディーネ)なら住むことができるかもしれないけど、人魚族(ウンディーネ)には海の中にちゃんと住む場所があるからね」

人魚族(ウンディーネ)は海の中で暮らしてるのか?」

「そう。そこの港の底に『海底都市』があるんだ。人魚族(ウンディーネ)の住処だよ」

 海底で暮らす種族、と考えると、ファンタジーの極みのようだ、という気がした。人間は普通、海底で暮らすことはできない。酸素ボンベを背負ったとしても、その中身には限界がある。寝ているあいだに溺れてしまうかもしれない。ウォーロックのもとの世界の常識で考えると、海底で暮らすのは土台無理な話であった。

「魔法使いなら」店主が続ける。「水中で息ができるようになる魔法を使えば海底都市に行くことができるよ」

「そうか。機会があるなら行ってみるか」

 ウォーロックには、自分ならその魔法が使えるようになるという自信があった。スクワイアに訊いてみれば、その方法がわかるかもしれない。

人魚族(ウンディーネ)は陸には上がって来ないのか?」

「来るけど、すぐに水の中に潜らないと蒸発しちゃうんだ。水でできてるから」

「それは難儀だな」

「昔、この町で活躍した魔法学研究員がいたんだ」

 その言葉に、ウォーロックは強い興味を惹かれた。「魔法学」については船旅の中でスクワイアから軽く聞いた。魔法を科学として捉えた学問らしい。ウォーロックの世界には存在し得なかった学問で、できれば触れてみたいと思っている。

「彼女は『改良水素』を作ろうとしていた」

「改良水素?」

「空気に触れた瞬間に大量の水になる水素だね。結局、完成しないまま、彼女は死んじゃったんだ」

「そうか……。その話を聞いてみたかったな」

「ポポルの案内で魔法使いの家に行ったでしょ? あの家に、彼女が遺した資料が山ほどあるはずだよ」

「そうか。じゃあ、あとで探してみよう」

 資料を探すにしても、まずはアモルとヴィシオに任せきりの掃除が終わるのを待つしかない。資料も随分と傷んでいることだろう。ふたりが捨ててしまわないといいのだが。

「改良水素を作れたら、きっとこの大陸の英雄になれるよ」

「それは面白そうだ。だが、完成させるまでこの町を離れられなくなるな」

「そうなったとしても構いませんよ」スクワイアが言う。「急ぐ旅ではありません。気が済むまで研究しましょう」

「そうか。まずは魔法学を学ぶところからだな」

 あの女神――エウル神としては、ウォーロックの旅を早々に阻止したいところだろう。だが、死神――ゴード神はウォーロックにこの世界の行く末を見極めることを望んでいる。その拮抗が自分にどう影響するかはわからないが、ウォーロックは気の向くままに旅をしようと思っている。この世界を存続させるか、破滅させるか。それを決めるだけの材料はまだないのだ。

「通行許可さえ取れれば」と、店主。「向こうの国の魔法学研究所に行けるんだけどね」

「許可を取るのは難しいのか?」

「いまは厳しくなってるんだ。エルフの国がピリピリしててね」

 ウォーロックは少し眉をひそめ、首を傾げて先を促す。猫人間(ケットシー)の店主はあくまでのほほんとした表情で続けた。

「エルフの国の王子が行方不明になってるんだって。こっちにも来て探してるらしいよ」

「この狭い大陸で見つからないなら、この大陸にはいないってことなんじゃないのか?」

「その可能性が高いと思うけど、この大陸の民は他の大陸に行きづらいんだ」

「どうして」

「他の大陸の人間と、この大陸の人間の種族差が大きいからね。他の大陸じゃ、ちょっと居辛いよ」

 猫人間(ケットシー)人魚族(ウンディーネ)など、特性のある人間は他の大陸にはいない。奇怪や好奇の目で見られるかもしれない。そうであれば、この大陸の人間はこの大陸から出ないのが最も平和なのだろう。

「この大陸の人間は一生、この大陸から出ることはないのか?」

「完全に引きこもってるわけじゃないけどね。別に禁止もされてないし。でも、この国は良い国だ。わざわざ出て行こうなんて思わないよ。お兄さんたちも、きっとこの国を気に入るよ」

 キング・レオは確かに良い王らしい、とウォーロックは考える。この大陸の人間がこの国で暮らすしかないのなら、この国が良い国でなければならない。そうでなければ、この大陸の人間は苦しむことになる。キング・レオには、それだけの重圧が掛かっているのだろう。

「この海になる町の他にはどんな町がある?」

「北の集落は大工の村。この国の建築物はほとんど北の集落の大工が造ってるんだ。北の集落を抜けた先の平原から王都に行けるよ。南の集落は牧草地。猫人間(ケットシー)が酪農を営んでいるよ。西の集落は住宅街。集落を抜けた先の平原は治安が悪いから行かないほうがいい。東の集落も住宅街。東の平原にあるエメラルドの森は資材がたくさん採れるよ。魔法学研究をするなら、エメラルドの森で素材を探すといいよ。足りないものがあればうちにおいで。研究に必要なものは大抵、揃ってるよ」

「ちゃっかりしてるな」

 呆れて目を細めるウォーロックに、ひひ、と店主は悪戯っぽく笑う。商売人は商魂が逞しくなくてはならない。この店主はその点が申し分ないようだ。

「まずはあの家に残された資料を見るか。話はそれからだな」

「はい。魔法学はきっと充分にあなたを楽しませてくれますよ」

「それは楽しみだ」

 この大陸には、ウォーロックの好奇心や知識欲を満たすものが充分に存在しているだろう。その期待とともに、ウォーロックとしての人生の始まりを実感していた。




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