『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』ACT 13
着陸したヘリから降りて神谷真理ら五人は山岳地の山肌に身を伏せていた。
周囲は人工物が一切ない自然その物。
山肌と、湧き水で形成された細い川。
その川が向かう方向に、集団はいた。
物資を運んでいる。
金属の箱を川に向かって運んでいる。
川の周辺には何個もの箱が並んでいる。
そして。
集団の皆が、背に、腰に。
銃を持っている。
医師団でないことは、確実だった。
神谷真理は、仏陸軍小銃のチャンバーを確認した。
そうしながら言う。
「敵の殲滅だけなら簡単だ。しかし目標となる『奇跡の使徒』の頭、周・建華を確実に捕捉し、倒す必要がある。どうせその手の奴らは薬品の保管場所にいるだろう」
神谷真理は取り外した狙撃銃のスコープを覗く。
物資を運ぶ集団の流れを辿り、出所を確認する。
一際大きな天幕の中にその列は続いている。
物資を運んだ者はまたそこに戻って、しばらくすると物資を持ってまた出てくる。
スコープを動かす。
「天幕から400m、ヘリが二機。エンジンが掛かっている。俺らの動きに対応できるように離陸態勢だな」
「壊すかい? ヘリの排気部分を攻撃すれば私でも出来るよ」
「いやそれだとすぐに気付かれ炭疽菌を使用されてしまう恐れがある。あの川と、あの天幕への攻撃を同時に行う必要がある」
「たった5人で、20人以上いるであろうポイントへの同時攻撃。現実的じゃないよ」
「だがやるしかない。炭疽菌はあまりにも危険すぎる」
「炭疽菌は日本の宗教団体のテロやアメリカでのテロにも使用された物だね。危険性、というか影響力の高さを考えると確かに何が何でも止めるべきか。では布陣はどうする」
「俺と、『白い悪魔』で川を制圧する。『徹甲弾』と『暴風雨』は天幕だ。『巨人』は他の天幕への探索だ。爆発物や他生物兵器などを調べてそれを無力化してくれ。一人だが、安全を最優先に、何かあればすぐに無線を送ってくれ」
皆が頷く。
それぞれが武器を確認し始めた。
その時ふと神谷真理は疑問に思う。
『徹甲弾』。
彼は腕に嵌めたグローブを確認している。
腰の拳銃には一切触れない。
ナイフにもだ。
神谷真理は問う。
「お前、まさか素手で戦うつもりか?」
「え、うん」
何ともなしに答える『徹甲弾』に神谷真理は頭を抱える。
「お前今から銃を持った奴らの中に突っ込むんだぞ。わかってるのか?」
「さっきもやったよ。ていうかいつもだ」
言いながらグローブ越しに両の拳をぶつけ合う。
強い、金属音が響いた。
『白い悪魔』が『徹甲弾』のその頭を叩いた。
「音を立てるな。気付かれるでしょ」
「お前その手、何が入ってんだ? 鉄板か」
神谷真理の問いに頭を擦りながら『徹甲弾』は答える。
「そうだよ」
「……もう好きにしろ」
神谷真理は目線を外して川に向ける。
『白い悪魔』も彼に続く。
『暴風雨』と『徹甲弾』は天幕へ目線を向ける。
『巨人』は待機態勢に入った。
「行け」
神谷真理の合図で一気に走り出した。
神谷真理は山肌を下る。
『白い悪魔』は斜面の中ほどで止まり狙撃態勢に。
神谷真理は下り坂というだけでは説明が付かない速度で下っていく。
神谷真理が斜面を下り切り、敵に向かって突っ込む。
銃を構えて、狙う。
後方から銃声。
二度三度と連続した銃声が三人の敵の足を貫いた。
頭ではなく、足を狙ったのは敵の手にある炭疽菌がその手から落下するのを極力防ぐためだ。
足を貫かれたら手から落ちる前に膝を付く。
箱の落下による漏洩を防ぐ方法はこれしかない。
姿勢が低くなった敵の顔面を神谷真理が打ち抜き、完全に無力化する。
遮蔽物がほとんどない環境だ、神谷真理は立ち止まることなく走り続ける。
敵は突然の出来事にまだ状況を理解出来ていない。
加えて、装備付の体とは思えない速度で走り抜ける神谷真理への対応が明らかに間に合わっていない。
狼狽し、手に持っていた箱を地面に無造作に下ろす。
ようやく銃を握り、構えるが、それでも彼らは明らかに狼狽えている。
双方の射撃が始まった。
崖から四回ほどの連続した射撃。
先程とは違う位置からだ。
『白い悪魔』は撃つ度に位置を変えている。
広大とは言え山岳地。
銃声が反響している。
その銃声が都度移動しているので位置の特定に支障を来す。
神谷真理は再び体勢の崩れた敵の頭を正確に仏陸軍小銃で撃ち抜いていく。
走りながらの射撃は当然、体が揺れるので安定しない。
命中率は格段に落ちる。
だが神谷真理はほぼ一発で命中させている。
一人に対し引き金を二度引いてこそいるが、その二発ともが確実に命中している。
だがよく見ればその理由はすぐにわかる。
神谷真理は走る際は走る事に専念している。
敵の方に体は向けず、銃口も下ろしている。
だが撃つ瞬間。
いや正確には銃口を上げて狙う瞬間、神谷真理はサイドステップのようにして一瞬の浮遊時間を作っている。
その浮遊の頂点のタイミングで神谷真理は射撃している。
走っているのではなく、浮いている時であれば、銃口がふらつくことはない。
力技だが、理屈的には正しい。
しかもそのやり方なら停止することもなく、速度が極端に落ちる事も防げる。
多勢に無勢は、「止まらない」が鉄則。
神谷真理はサイドステップを駆使して回避と攻撃を確実に行っている。
対多勢戦闘に、しかも一人での戦いに凄まじく慣れている。
いやこれは慣れではない。
誰かにそう仕込まれた技術だ。
それも、かなりの高練度。
自前で手に入れられる技術ではない。
何度も、何十回も、何百回も、それ以上にも繰り返し、手に入れたクオリティ。
相当な『師』の存在が窺える。
神谷真理の目線が一瞬、天幕が並ぶ方向に向いた。
一つの天幕から大勢の人間が飛び出してきた。
まるで逃げるように。
その後に今度は文字通りの意味で人が飛び出す。
顔面が吹き飛んでいるところを見るに、散弾銃の至近距離を食らったのだろうとわかる。
天幕の入口を突き破るように一人の男。
『徹甲弾』。
ボクシングとも見受けられるが、なんとなく違和感を覚える構えで一気に前進。
ダッキングして姿勢を低くした『徹甲弾』は尻餅を付いた男の顔面をアッパーカットのように下から殴り上げた。
首がおかしな方向に曲がった。
本来そこまで頭を傾ける事は出来ないであろう背中側に首が延び、頭が真上を向いたまま固定される。
その直後に栓が抜けたように口から血が噴水のごとく溢れ出した。
『暴風雨』は逃げ遅れた者たちを順に面倒臭そうな顔で撃ち抜いていく。
何も心配はなさそうだと神谷真理は目線を戻した。
『航空隊が展開。付近に確認された武装兵力の殲滅を開始した』
山の陰に一瞬だけ飛行する影が見えた。
少し遅れてローターの回転音が響く。
そして、山肌を揺らす轟音が連続した。
攻撃ヘリの対地ミサイルや機関砲だ。
人に聞かれることへの懸念よりも確実な殲滅を選んだようだ。
神谷真理は銃撃を繰り返す。
不規則さを織り交ぜたサイドステップで敵の照準を安定させることなくやり過ごす。
弾丸が当たらないことへの苛立ちが顔に現れ始め、敵の怒号が響いた。
だがその声を発した者から順に頭を撃ち抜かれていく。
『作戦会議の時に見た写真の奴らが混ざってる。間違いなく「奇跡の使徒」だね。よくもまあここまで回りくどい作戦をしたものだ』
『白い悪魔』の無線。
確かに彼女の言う様にイタリア市街での立ち回りをした上でここまで離れた場所でメインの活動を行うというのはあまりにも回りくどい。
陽動というにしても手間ばかりかかっていると言っていいだろう。
だが、実際神谷真理の推察がなければここは発見できていない。
結果的に見れば馬鹿げた行動かもしれないがシンプルさこそが難解度を上げているのかもしれない。
もしここにいたのが別の誰かだったのならリチャードを撃破した時点で作戦終了と判断した事だろう。
本作戦に神谷真理を登用したミッチェルの采配は正しかったのだろう。
だが。
「そのなんとかって中国人がいないぞ。ミッチェル!」
『探している。『暴風雨』、中国人、周・建華はいたか?』
『中国人はいない。だが、天幕の中は同じ金属のケースだらけだ。これ全部炭疽菌なのか? これは相当だな』
『巨人。周・建華はいたか?』
『いない。でも、天幕の一つに死体がたくさん積まれているのを確認。……これ、元々は本当の医師団だと思う。申請がされていなかったのは、本来は違う予定での活動だったんじゃないかな。それに、天幕周辺にジエチルエーテルらしき臭いを確認。麻酔に使ったのか、でも全員撃たれてる。それに臭いが強すぎる。天幕の外からでも感じるくらい。みんな、天幕側への考え無しの銃撃は控えてほしい。ジエチルエーテルは引火性が強い。ここまで臭いを感じる程だとしたら広範囲に散布した可能性がある』
『爆発物は』
『ない。けど地面を一度掘った形跡がある。薬剤等を撒かれているか、ジエチルエーテルなどの引火性の高い危険物が巻かれている可能性がある以上下手に掘り起こせない。防護服はさすがに持ち歩いていないよ。ごめん』
『君のせいじゃない。了解した。諸君。天幕側への銃撃は極力避けてくれ。炭疽菌を保管している可能性がある場所で火災や爆発などが起これば汚損の拡大は必至だ。それに「巨人」の言うようにジエチルエーテルのような可燃性の液体が使用されていれば気化した物質に引火する可能性がある。無暗な銃撃はやめてくれ。「巨人」は散策を継続してくれ。くれずれも注意して』
『了解』
『なんだ? あいつ無線だと流暢に話せるんだな』
『暴風雨』だ。
神谷真理はそれにすぐに反応する。
「そういうことを言うな。次から話し難くなるだろ。あいつがせっかく意見を言える場所が無線なんだから余計なこと言うな」
『はいはい。悪かったよ。な、「巨人」。気にすんなよ』
『……』
言いながらも神谷真理は戦闘を続けている。
天幕の方から少し離れるような向きに変わった。
その分敵との距離が開くがそれでも彼は確実に倒していく。
『白い悪魔』の銃撃も変わらず、位置が固定されないが神谷真理を安定的に援護している。
だが。
『もう二十人は倒した。あと五人。でも中国人はいないよ。逃げられたのかい』
彼女の声が無線に流れる。
『逃走した人間は確認出来ていない。衛星やドローンを確認してもここ数時間は誰もここを離れていない。来ていれば、いるはずだ』
ミッチェルの言葉に神谷真理は小声で「そりゃそうだろ」と言った。
皮肉を込めた言葉だったが無線を入れなかったのは彼なりの気遣いだろうか。
戦闘が続く。
『逃げられた。中国人』
『暴風雨』の無線。
銃声はなかった。
不意遭遇戦で無線を使う暇がなかったか。
神谷真理はしかし、視線を移さず、『白い悪魔』の援護も受けつつ敵の全てを撃ち切った。
全員が倒れ切ったのを確認してから天幕側を確認。
『徹甲弾』が一人の男と格闘戦に移行している所だった。
一気に踏み込んだ『徹甲弾』の右フックを逆に懐に入ることで威力が乗ることを防ぎつつ同時に『徹甲弾』の胸部に肘鉄を放つ。
咄嗟に上半身を斜めに逸らすことでカウンターの直撃を避けた『徹甲弾』は前蹴りで男を蹴飛ばし、距離を取る。
「あいつか、周」
周・建華は一瞬神谷真理を見た。
丸いサングラスをかけた皮肉っぽい顔立ち。
その顔が神谷真理を見て口角を上げた。
だが、次瞬には走り出した。
ヘリに向かっている。
神谷真理が銃を構えた。
だが。
『撃たないで!』
『巨人』の無線。
神谷真理は眼帯を外した。
「くそったれ」と漏らした神谷真理は眼帯を着け直す。
『あいつ、多分何かした。臭いが増してる。引火する可能性が高い』
『巨人』の言葉に神谷真理は舌打ちをして走り出した。
周・建華と神谷真理とではヘリとの距離に差がありすぎる。
移動しながらの戦闘でヘリから離れてしまっている。
さすがに彼の足でもここは難しいだろう。
だがそれでも走る。
「ヘリの操縦できる奴はいるか!」
『無理』
『無理』
『ヘリって何?』
『……出来る、けど』
「来い! 『巨人』!」
ヘリの一機に乗り込んだ周・建華はローターの回転数を上げる。
元々エンジンが掛かっていたヘリはすぐに離陸準備を終えて周囲の地面に砂埃を起こす。
天幕から『巨人』が飛び出し、走り出す。
だが彼の巨体ではそう早くは走れない。
神谷真理は離陸するヘリに対して出来る事は少ない。
だが、逃げられるわけにもいかない。
神谷真理は舌を打って周・建華の乗るヘリに向かって走り出す。
離陸し始めたヘリに神谷真理は体当たりするようにドアの窓ガラスを殴り付けた。
だが一撃で割れる事はない。
周・建華は一瞬驚いた顔を見せるが、ヘリの扉を拳で撃ち破るなど早々出来る事ではないしヘリは内側からロック出来る、すぐに皮肉気に笑った。
ヘリの機体が地面から離れ始めた。
神谷真理は拳銃を抜くが。、躊躇してしまう。
薬品を散布されている可能性がある以上下手な銃撃、特に火花が発生する金属への銃撃はあまりにも危険だ。
神谷真理は離陸していくヘリに銃口を向ける。
『撃たないで』
『巨人』だ。
振り返るともう一機のヘリのドアを開けている所だった。
「行けるか!?」
頷く『巨人』に頷き返しつつ後部のスライドドアを開けて搭乗する。
すぐに離陸し、周・建華を追う。
神谷真理は、背から狙撃銃を下ろした。
眼帯を外し、ヘリから身を乗り出した。
彼の左目は周・建華の乗るヘリを映し出していた。




