『復讐の虎』と『あだ名付き』達の訓練:ACT 1
神谷真理は頭を抱えていた。
目の前にいるのは上は白、下は赤の、着物を着た女性。
いわゆる巫女服だ。
彼女は不思議そうな顔で神谷真理を見ている。
「どうしたんですか?」
神谷真理は答えず、煙草を咥える。
『悪魔の巫女』。
そう名付けられた彼女は右手に無骨な鉈を持っていた。
「訓練をすると聞いてきたんですが、戦うんですか? 私は無益な殺生は好みませんが」
「殺すな。許可した時以外はな」
煙草に火を点けて神谷真理は彼女に向き直る。
「何故銃を使わない」
聞くと彼女は左手人差し指を顎に当てて左斜め上を見る。
「日本ではなかなか銃は手に入らなかったですしその発想がありませんでした。布教活動を始めてからも無くてもできたんで要らないかなって。今更使う理由もないですし」
「欧州でも活動してただろう」
「会話した人間が相手ですからね。目の前にいる人間ですし銃は不要でしょ?」
「こいつマジか」
本当に当たり前のことを言うように言う『悪魔の巫女』。
しかしそれは何にも当たり前のことはないのだ。
『悪魔の巫女』。
数年前に活動が見られた連続殺人鬼だ。
巫女服と、黒い髪が特徴の日本人。
自身の宗教観や価値観と異なる思考を持つ人間を殺して回した、という真正の狂人にして狂信者だ。
それが流れ流れてあだ名付きに来たと、記録には載っていた。
逮捕されても布教活動をしかねない程だったという。
彼女は、ミッチェルが言う所によると事件の被害者数が不明なままだという。
だから実際どれだけを殺したのかは、わからない。
不鮮明さが、彼女の狂気性の表れでもあるのかもしれない。
そんな彼女は、銃を使わない。
鉈、鋸、斧など近接武器。
というか、作業道具だ。
そんなもので推測不能なまでの殺傷数を誇った。
大量に殺した、のではなく、何人殺したのかがわからないことが恐ろしいのだろう。
『あだ名付き』は、それ以上に大勢を明確に殺したことが分かっている者もいるのだ。
神谷真理は後ろにいる人物を振り返る。
赤黒い、まさに血に乾いたような長い髪。
黒い皮のジャケットとパンツ。
その手にはデザートイーグル。
何より貼り付けたぐちゃりと歪んだ禍々しい笑顔。
赤いサングラスをかけているから余計に異質感が目立つ。
男か女かもわからない。
椅子に育ちの悪そうな感じで座っている、そんな人物の名前は『骸の上で笑う者』。
原因は不明だが戦闘に現れ、現地にいた部隊とそれを撃破しに来た部隊を次々殺していった。
殺すだけなら、まだよかった。
名前の由来となった異常性だ。
殺した死体を、何が何でも回収し、重ねていったのだ。
何十体も、だ。
そこから流れた血液で小川が出来ていた、という逸話だ。
そして彼、便宜上彼とするが、彼はその積み上げた死体の上で笑っていたというのだ。
会話はあまり解さず、簡単な単語を選ばないと伝わらないらしく、本人も伝える能力がないから会話はものすごく難しい。
戦闘力だけで買われたようなものだ、という物は記録だけで伺える。
神谷真理はため息を吐いた。
そんな二人は特別訓練だ。
まずは銃を『当たり前に』使えるようにするべく、神谷真理は射撃を多めに考えている。
まだ『骸の上で笑う者』はまだいい。
銃を使ってくれている。
くれている。
しかし、『悪魔の巫女』はそうではない。
厄介なことに、彼女は、全て手の獲物で戦う。
それも、とてもよくわからない理由で。
ただ理由もなく戦う、である方がまだましだ。
いつ何がきっかけで動くかがよくわからない、のは問題だ。
理由がない、以上に、問題だ。
厄介だ。
そんな彼女に、神谷真理は何とか銃を使わせようと悩んでいた。
戦地にて運用したい時に、近接戦しかしない、出来ないは問題だ。
銃も使えるが近接特化した技術が高く、それに依存しているとかならまだ扱いやすい。
要するに、選択肢がないことが改善したいと考えているのだ。
神谷真理は考えながら口を開く。
「銃は不要。しかし使えるとしたら使うか? 今までではなく、これからは」
「うーん」
「例えばお前が倒したい相手がいたとしよう」
「倒したいんじゃないです。間違えた人生から輪廻に戻してあげてます」
「……輪廻に戻すとき、お前も相手に恨みがあるわけではないはずだ」
「もちろん」
「なら一撃で終わらせてやるのも、救いだと思わねえか?」
「……一理、ありますが」
「頭に斧振り下ろせば殺せはするが即死ではないかもしれない。頭蓋骨で止まるかも」
「毛髪で滑るかも?」
「そうだ。だが拳銃なら、同じ距離で当てればそんなことは起こらない。ほぼ確定で即死させられる」
「ふむ」
「例えばこれを見ろ」
「見ます」
素直ではあるらしい。
神谷真理は少し移動して目の前に模擬的がある状態にする。
そこで至近距離で彼は一瞬で拳銃を抜き連続で3発、叩き込んだ。
全てが急所に入っている。
正確には胸、喉、頭だ。
あの一瞬で着弾の位置をしっかりと変えている。
相当な熟練度だ。
並みの鍛錬の仕方ではここまで速く正確な射撃は出来ない。
しかし。
「こんなので人死ぬんですか?」
『悪魔の巫女』は的に挟まった潰れた拳銃弾を抜き取り、目を細めて見ている。
木の的すら貫通できていないからか、単純に小さいからか、あるいは血が出たりする分かりやすいものがないからか、弾丸の信頼性を疑っていそうだった。
神谷真理は頷く。
「死ぬ。大丈夫。近距離で当てればなおのこと死ぬ」
「じゃああなたの頭で試していいですか?」
「IQ5くらいしかないんじゃないかお前。お前に訓練するのは俺なんだって。試したら出来なくなるだろ」
「ああ、そうか」
「あとお前聞いてるか? 今度『活動』したら俺が銃殺することになっているんだぞ?」
「まあ聞いてますけど」
「なら少しは考えろ」
「はい」
念のため安全装置をしっかりと確認してから神谷真理は拳銃を渡す。
それを受け取った『悪魔の巫女』は納得いかないといった顔でそれを下から覗きこむようにする。
何が見えているのか。
何を確かめているのか、彼女は突如銃を軽く振り始めた。
そうしながらたまたま握った所に力が入って、そこがスイッチだったのだろう。
彼女の顔面に弾倉が落ちてきた。
「んお!」
妙な声を出した『悪魔の巫女』。
鼻っ柱に当たった弾倉が地面に落下する。
それを見て彼女は拳銃を地面に叩きつけた。
「なんですかこいつ!」
「お前が悪い」
弾丸は、入ってなかったようだ。
弾倉を拾って、叩き付けられた拳銃も拾う。
拳銃を見てため息を吐いた神谷真理。
「破損している可能性も高い。今回は基礎の撃ち方だけ教える」
「う~ん。なんかないですか? 目で見ただけでわかるくらいの一撃必殺的な威力の銃は。あなたの背中の銃の強いバージョンないんですか?」
『悪魔の巫女』の言葉に彼は自身の背中を振り返る。
狙撃銃だ。
狙撃銃としてはかなりの性能を持つ。
有効射程、精度、厳寒地域での動作性。
信頼度は他の狙撃銃を優に超える。
加えて彼の怠る事のない整備によって、より信頼を増している。
そういう意味では、少なくとも神谷真理の中では最強の狙撃銃、ではあるのだろう。
しかし恐らく彼女が言っているのはそういうことではない。
「これの強化バージョンと言うと……ライフルか? ショットガンっていう手もある。ショットガンはお勧めしないが」
神谷真理は『フランスの暴風雨』のあの嫌味らしい笑顔を思い浮かべながら答える。
「大きな弾が出るのは? 強いでしょ? 大砲とか」
「お前大砲背負って戦う気か? 個人火器で、高威力か」
神谷真理が歩き出す。
『悪魔の巫女』もそれに付いていく。
少し離れた所にある天幕内に銃が置かれた机が複数ある。
それを物色する。
「ショットガンは攻撃力は高くブリーチングとしても活躍するが使用できる状況が限定的すぎるデメリットがある。その点アタッチメントによって不足分を補える小銃が初心者向けではあるぞ」
「アタッチメント?」
「例えば銃身下部にM320、これだ。これを装着できる。正確には取り付ける物はGP‐30。グレネードランチャーだ」
「ああ、えっと、『悪魔の王』? が使ってた奴ですよね? ああなるほど。 う~ん」
「他にもカスタム次第で色々な事もできる。初心者向けだし威力だって普通に高い」
「ふ~ん。……あ、これは、なんか大きいですけど」
「あ?……お前マジか」
『悪魔の巫女』が指さした物はライフル。
黒塗りの無骨。
少し短めで、軽量化が成された狙撃銃。
ブルパック式により総長が整えられた銃。
ゲパート対物ライフル、GM6 Lynx。
使用弾丸は12.7mm対物弾。
初心者が扱えるものではない。
どころか、非力で扱えるものではない。
連射はできる物だから、技術がない人間だと誤操作も起こしかねない。
神谷真理的には出来れば普通に拳銃や小銃にしてほしいと考えている。
しかし、彼は、まずは否定をせずにいようと考える。
銃を使おうと思わせることから始めようとしている。
なのでここでは彼は否定をせずに言う。
「対物ライフルだ。確かに一撃必殺だ。しかしそれは今のお前では扱えない。その方法を俺がこれから教えていく。覚えたら使わせてやる」
「え、嫌ですけど」
「なんだお前」
神谷真理は、苦労しそうだ。




