8
「なんでこんな所にいるんだよ」
パーティーを抜け出し中庭にいたミナトにレオンが声をかける。
会場のバルコニーから見えるそこは、季節ごとに花を植え替えるため、いつでも訪れた人の目を楽しませてくれる。
ソフィア以外にも数名の令嬢とダンスを踊ったレオンは、椅子に座っていたはずのミナトがいないことに気付き、探しているとバルコニーから中庭にいるミナトを見つけた。
──なぜかその後ろ姿に不安を覚え急いで後を追う。
レオンが中庭に着くと、ミナトはベンチに座り夜空を眺めていた。
いつもと変わらない横顔にホッとしたレオンは、上がった息を整える。
「レオン様、ソフィアさんとのダンス……みんな褒めてましたよ」
レオンを一瞥することもなく、空を眺めたまま話をするミナト。
「そっか」
「楽しそうに踊ってましたもんね」
「ああ」
「お二人の仲がうまくいきそうで良かったです」
「──…ああ」
二人の間に沈黙が流れ、会場の喧騒がやけに響く。
「なぁ……」
「…………レオン様、もうお別れしなきゃいけないみたいです」
──会場に戻ろう、そう伝えたかったレオンの言葉を遮ったミナトが立ち上がる。
「……えっ?」
レオンの方へ体を向けたミナトは、後ろの景色が見えるほど透けていた。
朝から自分の体に異変を感じ、もう時間がないことを理解していたミナト。
どうやって別れを告げるかずっと考えていたが、答えは出なかった。
「この一か月、レオン様の側にいれて幸せでした」
「……っ、待てよ」
突然のことにレオンは眉を寄せ、どうにか出てきた言葉はかすかに震えている。
「……幸せになってくださいね」
レオンに笑顔を向けたミナトには、それが精一杯の言葉だった。
泣きそうに笑うミナトにかける言葉が見つからず、レオンは下を向き口を噤んだ。
言いたいことがたくさんあるはずなのに言葉が出てこない。
毎日よく喋るお前がいなくなって清々する
ようやくいつもの日常に戻れるんだ
コロコロ表情が変わって……うるさいし
いつも俺のことばかり気にして…………
突然俺の前に現れて、さんざん振り回したのに……急にいなくなるのか?
──いなく……なる?
この時間が長くは続かないと分かっていたことなのに……急に目の前が暗くなる。
この世界にはない靴が、俯いていたレオンの視界に入ったので顔を上げると、いつの間にかミナトが目の前に立っている。
いつまでも見慣れないミナトの服装が、この世界の住人でないと主張している気がした。
瞳に涙の膜を張り、眉を下げ寂しそうな顔をしながら微笑んだミナトは、右手を上げレオンの頬に手を添える。
───刹那、レオンは息を呑んだ。
ミナトは踵を上げゆっくりと顔を近づけると瞼を閉じ、レオンの唇に自分の唇を重ねた。
突然のことに驚いたレオンも、自然と瞳を閉じる。
決して触れることはない──
閉じていても分かるほどの光を瞼に感じたレオンが目を開くと、ミナトが淡い光に包まれていた。
ゆっくりとレオンから距離を取ったミナトは、自分の両手を確かめると顔を上げ、まっすぐにレオンを見つめる。
──その瞳からは涙が溢れ出て頬を濡らす。
涙を拭いたくてもレオンにはそれが叶わない。
「私いつの間にかレオン様の事、推しじゃなくて本当に好きになってました」
いつの間にか憧れから、一人の男性として惹かれていた。
ずっと側にいれるなら『友達』としてこの想いを伝える気なんてなかった。
本当なら伝えないほうが良いのかもしれない。
いなくなる相手にこんなこと言われても迷惑なだけだと、頭では分かっていた。だけど今にも消えてしまいそうな自分の体を見ると、溢れ出す気持ちが抑えられなかった。
最後まで自分勝手でごめんなさい──
「──っダメだ、行くな」
そう願うレオンの想いは届かず、段々と薄れゆくミナトの体。
「……っ、さよ……なら」
「ミナトっ!」
思わず伸ばしたレオンの手は、体を通り抜け空を掴んだ。
──そしてミナトは完全に消えてしまった。