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レオンがいる世界の時は名前が『ミナト』になります。
風が治まり目を開けると、そこはレオンが通っている学校の中庭だった。
目を開けた時、ミナトはここがどこなのか分からなかったが、行き交う人たちを見ていると、みんな同じ服装をしており、その服装が小説に出てきた描写と同じだったため学校だと気が付いたのだ。
「大好きな本の世界だぁ」と感激しながらも校内を見て回っていると、中庭のベンチに座っている男性にふと目が行く。
まさかと思いながらも胸は高鳴る。
一歩一歩ゆっくりと近づくにつれ、疑念は確信に変わった。
「──レオン様だ」
夢かと思ったミナトはほっぺを抓る。
「……痛いってことは夢じゃない」
木の影に隠れ、ベンチに座り本を読んでいるレオンをコッソリと覗き見る。
柔らかそうなミルクティーアッシュの髪、凛々しい横顔に鍛えられた体。小説の通りの人物が30mほど先で実在している。
「キャー!本物のレオン様だーヤバい……」
キャーキャーと一通り興奮した後、本当に見えていなことを確認し、ゆっくりとレオンに近付いた。
レオンの正面でしゃがみ込むと、目に飛び込んできた顔があまりにもミナトの好みで興奮が抑えきれず、大きなひとり言を呟いた。
「レオン様だぁ!やばっ、マジでイケメンすぎー!この喜びを友達と共有したいー」
誰かに見聞きされていれば、絶対に言うことのない言葉と声量が出た。
自分でも少し驚いたものの「誰にも聞こえてないし」と開き直り鼻息を荒くし、穴が開きそうなほどレオンを見つめていた。
「──さっきから何なんだ……お前、一体誰だ?」
「…………えっ?」
突然視線をあげたレオンが不愉快だと言わんばかりに眉間に皺を寄せ、バンっと乱暴に本を閉じた。
「だいたい何だ?その変な言葉遣いは?何語をしゃべってるんだ?」
「…………レオン様、私が見えるの?」
両手で口元を覆い、驚きと嬉しさと恥ずかしさで、それ以上の言葉が出てこない。
「当たり前だろ、何言って……」
ミナトを見て何かがおかしいと感じたレオンは、彼女の肩に触れようと手を伸ばす。
しかしその手は肩に置かれることなく空を切った。
レオンの手が通ったミナトの体はかすかに熱を感じ、それに感動した彼女の目からは、ポロポロと涙がこぼれた。
****
人が行き交う場所だとレオンが不審者扱いされてしまうので、誰もいない場所へと移動した。
そこは生徒会室で、授業が始まったため他に人が来る心配はなかった。
「お前……一体何なんだ?」
「私、ミナトって言います。えーっと、精神体?」
「なんだそれ?」
まだ生きているので幽霊だとは言いたくなかったが、通じないため諦めて「幽霊です」と呟く。
「幽霊だと?」
奇怪そうな顔をしてミナトを見るが、触れないし自分以外が見えないのなら信じるしかなかった。
「だいたい何なんだ!足をそんなに出して……なんて格好をしてるんだ」
冷静になったレオンはミナトの服装に気が付き、狼狽えた。
学校帰りだったので当然制服で、スカートだ。しかも最近流行りの『平成レトロ』を取り入れていたため、ミニスカートにルーズソックス。ミナトの母親がその世代だったため、流行り出したときには大喜びしていた。ミナトはギャルと呼ばれるタイプではないが、可愛いと好んで着ていた。
だが女性は足を出さないのが当たり前なこの世界のレオンにとっては衝撃だった。
全体的に薄らと透けてはいるが、頭のてっぺんからつま先までしっかりと見えているのだ。
そのため膝上15cmほどのスカートをはいたミナトは、レオンからしたら破廉恥な女でしかない。
耳まで真っ赤になったレオンを見て「可愛い」と呟くと、しっかり聞こえていたようでレオンが睨んでくる。
「これ、私の世界の制服なんですよ」
「制服だと?そんな服が制服なのか?一体どこの国だ?」
「日本です」
「にほん……?聞いたことない。一体どこにある?」
「えーっと、異世界?」
「………………?」
レオンは言っている意味が分からないと腕を組み首を傾げるが、ミナトは尊いと心の中で悶えていた。
しかし説明しなければ話が進まないと、自分の身に起きたことを説明する。
ミナトが話している間、終始眉間に皺を寄せながらも黙って聞いてくれた。
「──なんで俺を知っている?」
話を終えた後も、考え込むように黙り込んでいたレオンが口を開いた。
「えっ?」
「君がいたのは別の世界なんだろう?なのに俺の名前を知っていた。何でだ?」
「…………実はこの世界は、私が読んでいた小説の世界なんです」
「……?」
おまえ頭大丈夫か?と言わんばかりの顔をされたミナトは、少しムッとした。
「あー!もう!!ここは私の好きな本の世界なの。その本の中ではこの国の第一王子とヒロインの女の子が恋に落ちるまでは描いていて、レオン様はヒロインの女の子に恋するんだけど、ヒロインは王子と結ばれるの。それにレオン様のお姉さまは第一王子のことが好きすぎてヒロイン虐めて悪役令嬢になって修道院に入れられ……ちゃう…………」
最後までネタばらしをした途端、我に返った。
(ヤバいヤバいヤバい……無神経にベラベラと喋ってしまった)
背中に嫌な汗が流れ、恐るおそるレオンの顔を伺う。
「へー……」
ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうなほどの圧を感じ、ミナトは思わず「ひぃっ」っと声が出て、気が付けば床に正座をしていた。