1
高山湊は16歳の高校2年生。
日本の中流家庭に生まれ育ち、華やかなグループとは無縁の地味な高校生活を送っていた。
友達にも恵まれ、それなりに充実した日々を過ごしている。
最近湊の周りでは、異世界系の漫画や小説が流行っていた。
中でもお気に入りは「クローバー」というタイトルの初恋の物語。
最近は悪役令嬢が逆に溺愛され、ヒロインのはずの女の子が「ざまあ」される系の話が多いなか、これは純粋にヒロインと王子様が結ばれて、悪役令嬢がざまあされる話。
湊の推しは悪役令嬢の双子の弟。
ヒロインに恋焦がれ、時々強引に迫るシーンが彼女のツボだった。
なぜ湊がレオンのいる世界にいるのか?
──それは彼女が今、死にかけているから。
学校の帰り道、工事現場の横を通った際に上から木材が落ちてきた。そして気付いた時には、病院の集中治療室で眠る自分を上から見ていたのだ。
状況が理解できずボーっと自分を眺めていると、急に白い光に包まれ気が付くと真っ白な空間だった。
「申し訳ありませんでした」
そして突如目の前に現れた神様から、いきなり謝罪された。
神様です、と言われて「そうですが」と信じる訳ではないが、ここがどこで自分がどうなっているのか、状況を知るためにはスルーするしかなかった。
「えっと、どういうことでしょうか…?」
「愚弟のせいであなたは今、生死の境を彷徨っているの」
「……………はっ?」
告げられた内容に頭が回らず、それしか言葉が出てこなかった。湊からそれ以上言葉が続かないのを見て、神様は説明を続ける。
「実は姉弟ゲンカ中に、弟が怒りに任せて八つ当たりしたら私が管理していた世界…あなたが住んでいる地球に影響が出てしまって…」
愚弟と呼ばれた神様は、姉神様に頭を押さえつけられ威厳も何もない。湊の前に現れてからずっとその状態が続いていた。
「影響って…もしかして…」
「そうなの…あなた。まだあなたは生きているけど、この先どうなるか…運命から外れてしまったから私にも分からないの」
「…そんな…」
死ぬかもしれないという現実を突きつけられ、湊は力なくその場にへたり込んだ。
「もし死んだとしても、来世にきちんと送り出すわ!それに何か希望があれば聞く!ねっ…だから元気出して」
湊の落ち込む様子に慌てた姉神様は、励まそうと矢継ぎ早に受け入れてもらえそうな条件を提案する。
「私の希望………?」
「ええ!来世に関してでも良いし、精神体だけど…見たい世界に連れて行くこともできるわ」
「見たい世界?」
「ええ!家族の元に居たいなら側にいても良いし、私たちが管理する別世界を見学することもできるわ」
「別世界…つまり異世界ですね!?」
神様の言葉に目を輝かせる。
「そうね、あなたたちの世界では『異世界』と呼ばれる世界ね」
「はい!見たいです!できるなら『クローバー』という本の世界観に近い異世界を見たいです」
「『クローバー』?」
湊の言葉に顎に手をあてて何かを考えているようだが、その瞳にはぐるぐると回っている円が浮かんでいる。まるでインターネットの検索中のようだった。
「ああ、あったわ。この本ね」
検索が終わったのか、神様はふふっと笑って湊を見た。
「この世界、あるわよ」
「………えっ!?」
予想だにしていなかった言葉に、湊の目が大きく開かれた。
「愚弟が管理している世界なんだけど、行きたい?」
「行きたいです」
神様の問いに「はい!はい!」と手を挙げ、嬉々として答える。
「お詫びに、連れて行ってあげる」
「マジですか?」
「マジマジ。この愚弟がしでかしたことだし…ねっ、良いわよね?」
姉神様は有無を言わさない圧のある笑顔で弟神様を見ると、彼はブンブンと縦に首を振った。
「ただし、行けるのは精神体よ?あなたたちで言う『幽霊』に似た状態。誰にも見えないし、声も聞こえないわ」
「構いません!むしろその方がレオン様を間近で拝めますから」
「「……」」
鼻息を荒くし喜ぶ湊の姿に神様二人は、何とも言えない表情で顔を合わせる。
「おい姉さん、こいつ送って大丈夫か?ストー…痛っ」
何か言いかけた弟神様の頭をグーで殴りつける姉神様。
「あまり変なことはしないようにね」
「しませんよ!推しは眺めるだけで満足ですから」
「……………」
満面の笑みで答える湊に、姉神様は苦笑いを返した。
姉神様に殴られた頭を擦りながら「じゃぁ、送るぞ?」と弟神様が杖をかざすと、湊は再び白い光に包まれる。
強い風に吹かれると飛ばされる感覚が体を襲い、その風に思わず目を瞑った。




