はじめてのデートの行方 上
いつもありがとうございます。
久しぶりに、日間ランキング入りしたお礼番外として、追加させていただきます。
「ああああああああああああああああ」
頭を抱え込んで奇声を上げたわたしの部屋の扉がこじ開けられるまで、およそ、2秒。どういうことだ。お兄様の魔法ももちろんなくなっているはずなのに、この速さは一体何なんだ。
まさか、部屋の前でずっと張っていたとか……?? ________大変だ、大いにあり得る。
「どうした! 理子!」
「ちょっと! お兄様、勝手に開けないでっていってるでしょう!」
飛び込んできた見慣れた美形に意義を申し立てるが、どこまでもマイペースな我が兄は、わたしの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、それとも、そもそも聞く気がないのか、ずかずかと入り込んでくると、散乱した衣類に表情を厳しくしたかと思えば、窓の施錠を確認して、そしてカーテンを閉め、ベッドの下を覗いた。
「ちょっと!!」
「……ふう、俺のかわいい理子のもとにあの害虫がやってきたのかと思った。というか、それ、どうしたの? ________まさか、下着ドロ!?」
「大丈夫、わたしの下着を狙うのなんて、どっかの頭のおかしいお兄様だけだから。あと、お兄様のものになった覚えはない」
床中に散乱する衣服に眉をひそめたお兄様がワンピースをひとつ摘み上げて、素早く背中に隠した。ちょっとちょっと、なに堂々と窃盗してるの、このあほお兄様は。
それをひったくってからたちあがり、お兄様の背中を押す。
「なんでも、ないからっ、気にしないでっ」
「なんでもないわけないだろ、理子。お兄様が聞いてやるから、話してごらん? 力になれると思うんだ」
まったくもって説得力のない言葉をつらつら並べて食い下がるお兄様を、どうにか部屋の外に追いやった。力になってくれるわけがない。お兄様に話なんかしたら、絶対に邪魔される。というか邪魔しかされない。そして下手したら、奴がねじ切られる(物理的に)。
「大丈夫だから! お兄様、明日もお仕事でしょう? 早く休まなきゃ! 心配してくれてありがとう、おやすみ」
後ろ手で扉を閉めながら笑顔でそういうと、みるみるお兄様の漆黒の瞳がうるんでいく。……なんかお兄様、日に日に悪化してる気がするんだけど、気のせいかな。というか、お兄様に聞こえないよう、声も潜めていたのに、なんでお兄様は乗り込んできたのか。
…………まあいいか、お兄様がわなわな震える唇を開かないうちに、わたしも自室に引っ込んだ。
今は、お兄様に構っている暇がないのだ。
目の前に広がる服の山を見つめてため息をつく。それどころではないのだ。
なぜなら、明日。___そう明日は、わたしの、こ、こ、恋人である三雲との初デートなのだ。
…………なのに、だというのに、着ていく服が決まらない。
熱くなった顔を抑えてずるずるとへたり込む。三雲と私服で出かけたことはおろか、そもそも二人で出かけたことすらない。制服か、礼服か、そして、うちに彼がやってきたときにきている部屋着か、という極端なラインナップ。
三雲の私服は見たことがあるのに、その逆はない。ここにあるわたしの部屋着はすべからく母の趣味によってふりふりとリボンが付きまくった少女趣味のようなものばかりで、まともなのがない気がする。
白樺三雲はああいう女の子まっしぐら、みたいな服装をどう思うだろうか。引かないだろうか、か、かかわいいと、思ってくれるだろうか……。
悩んだ末に、お母様にこっそり相談して、選んでくれたのは、例にもれずコスプレ一歩手前くらいの、17歳にもなろうわたしが着ていいのか? と思われるそれだったので、やんわりお断りした。……うん、お母様の趣味はもう、分かったから。
次に、わたしの唯一の友人、柊麗華に聞いたところ、彼女はこう、即答した。
「一番リボンが多い奴がいいよ(半笑)」
というわけで、聞かなかったことにしようと思う。
ああああ、こんなことになるなら、ひとつくらい無難なやつ、買ってもらうんだった! 土下座してでも!
…………待てよ、無難な奴って、なんだ? あれ。じゃ、じゃあ、三雲に好みを聞いとくとか…………。
「ねえ、三雲はどんな女の子が好き?」
__________いや、無理だ。そんなこと聞けない! なんだその恐ろしい質問は! 結局ダメじゃん!
音が出ないように、がんがんとクッションに頭をぶつけていたところで、コンコンコンと控えめなノック音がする。_______しまった、またお兄様を召喚してしまったのだろうか、というか、こんな物音でやってくるってどんな聴力? 怖いわ。というか、ダメだから、正攻法で攻めてきても、ダメだから!
「……理子様、草間です。すこしお話が」
がるるる、と扉に威嚇をしていたところで聞こえた予想外の人物の声に立ち上がる。
少しだけ扉を開けて様子をうかがう。___どうやらお兄様はいないっぽい。
「理子様? 何をそんなに警戒して……」
「しっ、草間、お兄様の回し者じゃない?」
「はい? 理人様の? いったい何のことです?」
「……なら、よし、入って」
廊下をきょろきょろと見渡して、草間を引き入れる。彼女は首を傾けて、それから苦笑した。
「ああ! 明日のデ」
「しーーーっ!! お兄様にもしばれたら、殺される!」
________主に、白樺三雲が。
「大丈夫ですよ、もう魔法はないんですし、この屋敷がそんなに壁が薄いとも思えませんし…」
それでも、なぜか、お兄様にはバレそうで怖いんだよ、というと草間は「わからないこともないですが」と笑った。というかなんで、草間がデートのことを知っているのか、ということではあるが、どうやらお母様が理子が悩んでる、と話したらしい。
草間はわたしの姉のような存在だ。草間はわたしがこの少女趣味の過ぎる服が嫌なことも知っているし、お母様が心配して相談してくれたのだろう。
「理子様、理子様がこのなかで一番好きなものでいいんですよ」
「え、でも……」
「大丈夫。白樺様は理子様の服が好きなのではないのですから。貴方様自身を愛してくださっているのです。どんな格好であろうと、ほめてくださいますよ」
わたしはこのなかで一番自分が好きな水色のワンピースを引っ張り出した。奇跡的にリボンが皆無でフリルも控えめなそれは珍しくシンプルで、しかし見ようによっては地味である。
ワンピースを抱きしめたわたしに草間が微笑みながら頷く。
「では、理子様は白樺様がダルダルのTシャツにだぼだぼの品性のかけらもないようなパンツを履かれていたら、引きますか?」
そういわれて、想像してみる。意外、かもしれないが、引きはしない。それどころか、あの金髪の美麗な男はたとえそれが変なキャラクターTシャツとかであろうとも、嫌味なほどに着こなしてしまうのだろう。
三雲の自信たっぷりな笑顔を思い出したところで、顔がまたも真っ赤になっただろうわたしに草間は言った。
「ね? ですから、いつもの理子様で。お気になさらず、楽しんできてくださいね」
赤い顔をうつむけたまま、わたしは頷き、草間は少しして、部屋を出て行った。
時刻はすでに零時に差し掛かろうとしている。早く寝ないと肌トラブルが怖い。草間には明日、きちんとお礼をして、それから、お土産を買って帰ろう。それから、お母様と、麗華と…………しょうがないから、お兄様にも。
いつもありがとうございます。
“はじめてのデートの行方 下”は来週更新の予定です。
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