物語B 途中退席
「そのウサギはどうなっちゃったの?」
ひと段落着いたらしく、話すのをやめた風奈姉ちゃんに聞いてみた。
「それはわからないけど・・・。チョコを捜していたんじゃないの」
適当な答えが返ってきた。
「チョコはもういないのに?」
「あんた私の話聞いてた? そのウサギはチョコが死んだことに気付いていなかったんだって」
「それは聞いてたよ。でも、何年も捜しているのに見つからないんだよ? 普通諦めそうじゃない?」
僕がそう言うと、風奈姉ちゃんは「ふっ」と小さく笑った。
「あんたは何もわかってないねえ」
にやにやと笑みを浮かべながらそんなことを言われた。
僕が何をわかっていないっていうんだ。少なくとも、馬鹿にされたことはわかる。
「ウサギは他にやることがないのよ。できることもない。未練に縛られた死者の選択肢は、未練を消し去るために動くこと、その一つだけなの」
「へえ、そうなんだ」
「もっと興味があるような返事はできないの?」
「風奈姉ちゃんは、興味がなさそうにしている僕にそんな話をして面白いわけ?」
「あんたみたいに暇そうにしているガキには、ちょうどいい話だと思ったのよ」
「僕は聞きたいなんて言ってないけど」
勝手に風奈姉ちゃんが話し始めたんだ。
「あっそ。じゃあこの話はこれでおしまいね」
それは、と僕は言う。
「それはいくら何でもひどいよ。さっきの話はまだ続きがあるんでしょ?」
「はあ? どっちなのよ。聞きたいの? 聞きたくないの?」
「風奈姉ちゃんが話し始めたんだから、ちゃんと最後まで話さないと」
「義務だよ」と、最近聞いた言葉を使ってみた。確か「やらないといけないこと」みたいな意味だったはずだ。
風奈姉ちゃんは、僕にもよく聞こえるくらいの大きなため息をついた。
「本当にあんたってかわいくないよね」
「そんなの、僕に言われても困るよ」
そうか困るか、と言った風奈姉ちゃんは、思い出したように言った。
「そういえば、あんた今日学校は? 休みなの?」
「・・・学校なんて行っても面白くないよ。大人になって役に立つかもわからないことを教えられてさ」
風奈姉ちゃんから目を逸らしてそう言った。
「小学校なんて、適当に話聞いとけば時間なんてすぐに過ぎるだろうに」
「その話がつまらないんだよ。まだ風奈姉ちゃんの話のほうが面白い」
「まだって何よ・・・」
呆れたように笑いながらそう言った。
だってそうじゃないか。わざわざ学校まで行って退屈な時間を過ごすくらいなら、他のことをしたほうがいいはずだ。
僕がそう言うと、風奈姉ちゃんはピースサインをするように人差し指と中指を立て、こう言った。
「いい? 人生には『やらないといけないこと』と『やったほうがいいこと』の二つがあるの。ご飯を食べることはやらないといけないこと。勉強はやったほうがいいこと」
「じゃあ、やらなくてもいいの?」
「やったほうがいいの」
頭の中がごちゃごちゃしてしまう。風奈姉ちゃんは、たまによくわからないことを言う。いや、たまにじゃない。会うたびに変なことを言っている気がする。
「それじゃあ、風奈姉ちゃんの話を聞くことは? やらないといけないこと?」
「違う」
「やったほうがいいこと?」
「それも違う」
「じゃあ何なの?」
「やらなくてもいいこと」
よくわからなかったから、話を変えることにした。
「そんなことより。僕に偉そうにお説教している風奈姉ちゃんは、学校に行かなくていいの?」
それを聞いた風奈姉ちゃんは、勝ち誇ったように笑ってみせた。
「私のところは、昨日授業参観だったから。今日は休みなのよ」
「中学校でも授業参観ってあるんだ」
「そりゃあね」
そう言ったあとに、ちらりと腕時計を見ると、
「あー・・・。もうこんな時間だ。んじゃ、私もう帰るね」
手を振りながら走り出してしまった。僕はあわてて言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 話の続きは!?」
「あんたがちゃんと学校に行ったら、聞かせてあげるよ!」
そう言うと、角を曲がって見えなくなってしまった。
勝手に条件を決めてしまうなんて、ひどい。そんなことを考えながら、とりあえず明日は学校に行くことを決めた。




