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「あなたは、私を望んだと先程言いましたが」
「……ああ、それが間違いだったとしても、僕は君がこちらに来ることを望んでいた」
「では、オリヴィエさんは誰に呼ばれて、何の為にここに来たと考えてますか?」
彼の目的も、Eurocorpsのことも分かった。それでも、オリヴィエ本人のことが分からないのだ。
彼の役目は戦力を拡充することなのか、それとも、北門派を潰すことなのか。それらを目的としていることは分かるのだが、それはあくまで彼がこちらに来て、様々な情報を集約した結果の目的のはずだ。
そもそもこちらの世界に来た理由。チームメンバー限定とはいえ、狙った個人をこちらの世界に呼ぶことができる彼自身が、誰に呼ばれたのか分からない。
「……分からないんだ、それが」
オリヴィエは話しだす。
それは私と同じものだ。
理由が分からないから、自身の目的を探し、見つけた。戦争を終わらせるという私の目的も、それ自身はこちらに来た私の感情でしかない。元来の私は、そんな殊勝な性格ではなかったはずだ。
「わからないんだ。僕がいま指揮官を待って戦力を拡充したり、武器を分散させて北門からの警戒を解いたりしてることに、はたして意味があるかは分からない。けれど、僕が成していることが成功したなら、それが僕の呼ばれた理由だと、僕はそう思っている。失敗したなら、僕は違う理由で呼ばれたことになる」
つまりこれも、私とオリヴィエの共通点。同じ雰囲気をオトカワが感じ取ったのも、最初に会った時の違和感も、全てはそれに集約される。
相澤のように、この世界において自分の生き方を見つけられるような性格はしていなかった、私達の共通点。自身で考え、自身で動く。そうして大局を動かせる人間を世界が求めているのだとしたら、該当者はあまり多くはないだろう。それに該当したのが私やオリヴィエなのだとしたら、それは正解だったのだろうか。
「とはいえ、実は見当がついていないわけではない。Eurocorpsのリーダーであり、ゲームの外では、僕の上司でもある男。バルロ―大尉の可能性は、こちらに来てからすぐに思い当たったことだ」
「その、大尉は今――」
「……死んだよ。北門派を先導しているのは僕の上司、バルロー大尉なんだ。今は息子が跡を継いでいるが、彼の意思が死んだわけではない。けれど僕は最初、彼の部下になる為に呼ばれたのかもしれないんだ。彼も間違いなく、こちらの世界に人員を連れてくる術を持っていた。結局は主張の違いでこんなことになってしまったが……」
「あなたが、殺したんですね」
「……そうだ。彼は先祖還りではない、ただの人間だ。彼を殺せば全てが終わると勘違いしていた僕は、大量の犠牲を出しながらも、彼を殺すことに成功した。けれどそれは、悪夢の始まりだったんだ。彼が死ねば次の世代は、こちらの世界と掛け合わされた先祖還り、――異常な身体能力を持ち、銃を手にした兵隊達だった。彼は、そこまで計算して殺されたのかもしれないと、今は思えるよ。自分が死ねば世代は代わる。この世界に置いて最強の部隊が生まれることを、彼自身、予想していなかったはずがないだろう」
この世界の先祖還りが、銃を手にしたらどうなるか。
その例は、三度見た。今行動を共にしているロレンソが、銃を手にした三回。
拳銃で狙撃をし、機関銃を回避する。そんな行動ができるのは、銃という存在を知った、この世界の先祖還りだけだ。
そんな人間に対応する手段は、この世界の人間にも、あちらの世界の人間にも存在しない。真っ向から挑めば全ての弾丸を回避され、返しの一発で殺されるのがオチだ。
それを思い、恐怖した。ロレンソというカードを手元に置いておく恐怖。彼に銃の知識を与えてしまった恐怖。それを量産することは誤りではなかったのかという危惧。どれもロレンソを見て、はっきりと意識してしまうものだった。
「北門の先祖還りは、どのくらい銃を持っているんでしょう」
「ほとんどないだろう。なにせ、バルロー大尉が死んでもう7年だ。僕の情報網に、北門派についた異世界人の情報は入ってきていない。それに、僕が拡散した銃や弾丸を回収する素振りもない。きっと、新たな銃や弾に必要性を感じていないのだろう」
オリヴィエの言葉に、ロレンソの一言が思い出される。
「向いてないみたいです」、ロレンソはオトカワに銃を教わり、その結果発した言葉だ。
初めて触れた銃で狙撃をし、その後に教わった結果、彼は銃を手にすることを否定した。彼ほどの先祖還りになってしまえば、銃よりナイフと弓の組み合わせの方が強いという理解できない理屈によって、彼は銃を置いたのだ。
北門派の先祖還りも、ロレンソと同じなのだとしたら。
銃について必要なのは銃本体や弾丸ではなく、ひとえに知識だけであると確信したのなら。
知らないことは脅威であるが、知ってさえいれば対応できると自負したなら。
北門派が銃を回収しない理由はロレンソと同じであると、言えるのではないだろうか。
「私と行動を共にしている一人に、先祖還りがいます」
「……ケニーを殺したのは、“彼”ということか」
性別の話などしていない。それでも、4人組のうち2人は銃を持ち、1人はどう見ても非戦闘員の女子ともなれば、残るのはロレンソだけだ。
オリヴィエが“彼”と決めつけたのも、そういうことだろう。
「ええ。正当防衛であると、私は考えています。彼に銃を教えましたが、彼は銃を使わないことを選びました。北門派の人達も、つまり同じなのでしょう」
「そう……だろうな。ある程度濃さのある先祖還りになると、銃を持たなくともそれより強くなれる。あちらの世界の基準で考えれば理解のできないことだが、仕方ないだろう」
「ですね。それで、あなたは――」
相手は、ロレンソに近いか、それ以上の実力の兵隊、北門派。
それらを相手に戦う指揮をしろと、オリヴィエは私に求めているのだ。ロレンソを何人、何十人も相手にしないといけないという状況に、こちらの戦力は銃を使える人間がおよそ50人と、先祖還りであるロレンソが1人。
絶望的なんてものではない。どう考えても個々の実力が自分達より上の相手と戦うことを求められ、私は一体どんな指揮をすれば――
ああ。
そうか、そういうことか。
「だから、私を求めたと」
「そういうことだよ」
実力に劣る集団を指揮し、五角以上に戦う技術。使えるものは全て使い、最終的な勝利だけをもぎ取る技術。
それは私がゲーム、“DesoLatioN”で散々考え、作り出し、編み上げた戦術だ。
オリヴィエは、私にそれを求めている。ゲームと同じように、格上相手に戦う技術を、私に求めているのだ。
「それを成せる指揮官を、僕は君しか知らなかった。他の誰でも駄目だ、君だけが、それを成せたのだから」
「私に、考えろと言ってるんですね。銃について知っている先祖還りを、倒す方法を」
「……ああ。私ではどうしても見つけられなかったそれを、君だけは見つけられると信じていた。どうか、考えてほしい。君に前線で戦えとは言わない。僕らがそれを行おう。君は、考えてくれれば良いんだ。最強の兵隊を倒す方法を、それを、ただ銃を持っただけの僕らだけで、成し遂げる方法を。考えて、頂きたい」
オリヴィエは、そう言うと深く頭を下げる。
結局彼は、手詰まりだったのだ。自分が虎を起こしてしまったと知った時、人では虎に勝てないと、認めてしまったのだ。
だから、外部に知識を求めた。格上を相手に戦う手段を、指揮官に求めた。
甘い。
甘すぎる。
先程のように怒りが湧き上がるわけではないが、それでも、彼への憤りは嘘ではない。
怒っても話が進まないのは分かっている。だから今は、情報が必要だ。
「北門派があるということは、この国にはそれ以外の勢力もあるんですよね」
まだ、勝てない。銃を持った人間で、ロレンソに近い実力の集団を倒すことなど、まだできない。
だから必要なのは情報、そして、状況だ。
「ああ。東西南北それぞれに部隊というより、組織のようなものがある。元は同じ国の兵隊であるはずだが、数十、数百年の時を経て、体制派と反体制派に分かれている。西門と北門が体制派、南門が反体制派。東門だけが中立で、親衛隊のような王族の直轄部隊は全てが東門の中立派だ」
「……北門は、体制派なんですね」
国の民を売るなど反体制派にも程があると思えるが、それでも彼らは体制派。つまり、現政権に対して反抗を行っていない勢力ということだ。
そう考えると、先祖還りを売る行為は国益に背いていないと見ることもできる。隠れてやっているだけという可能性もあるが、表立って体制派という地位がある以上、大規模な行動はできないはずだ。
「ああ。それに親衛隊を有する東門派が中立というのは難しい。命令ならば背かないが、主張として現体制、王政を支持しているわけではないということだろうが、正直、王政ではない国の人間としては理解ができないな」
フランス人のお前んとこ元々は王国だろと突っ込みたくなったが、ステイ。
今はその話は関係ない。
「反体制派の南門は、どういう主張なんでしょう」
“敵の敵は味方”。それは、強大な敵を落とす時の常套手段だ。
目的が同じならば共同することは不可能ではない。だがその予想は、オリヴィエの言葉によって打ち消される。
「左派といえば良いんだろうか。南門は反体制派とはいえ、王政を否定しているわけではないんだ。主張としては王国の富の分配、富裕層の排除、貧民層の支援といったところか。国の成立に携わった重鎮の子孫が今でも権力を握っている、言葉に力はあるが、戦力はほとんどない集団だ。なにせ、王国南に面しているのはほとんどが中立国。国が攻め入られても自分達に関係はないからこそ、言葉だけの主張ができるのだろう」
ハァと、思わずため息が漏れる。一番わかりやすい対立組織が、しかし味方になる気配はない。
なったところで戦力外だ。言葉だけの集団など、味方に引き入れる価値などない。共産主義の集団など、捨ててしまえば良いのだ。もし国を取ったら、まず最初に解体するのは北門ではなく南門だと心に誓う。
「……直球で聞きます。北門以外の3勢力のうち、一番取り込みやすいのはどこでしょう」
まだ情報が足らない。一度も行ったことがない王都の知識が欠けているというのはあるが、この男は7年間ここで戦力を蓄えてきたのだ。このくらい、調べてないはずがない。考えていないはずがない。
それを行っていないのだから、取り込むには大きな壁があったことは分かる。だがそれでも、その情報は私にはないものなのだ。
「それなら間違いなく、東門だ」
オリヴィエは、迷うことなく、中立派である東門の名前を出す。
「元から東門と北門は仲が悪い。どちらも戦場で矢面に立つことが多い武闘派の勢力だが、体制側である北門派は、王政を支持していないのに親衛隊を有している東門のことをよく思っていないんだ。東門が北門を敵視しているわけではなく、北門が一方的に東門を敵視している形だな。戦場でいつ同士討ちが起こってもおかしくない状態だが、歴代の東門代表は中々に曲者で、全面衝突を上手く避けて、親衛隊を手放すつもりもないようだ」
「……その理由は?」
「理由?」
「ええ、親衛隊を有している組織が、王政支持者ではない理由です。何かご存じですか?」
「それは……」
私の質問に対し、オリヴィエは即答できず思案に入る。
何故、何故なのか。即答できなかったということは考えていなかったか、見落としていたのか、必要ない情報と切り捨てていたからか、そのどれでもないか。
「憶測でしかないのだが」
しばらくすると、オリヴィエは口を開いた。
「私が調べた限り、少なくとも100年ほど前の時点では左派である南門以外全てが体制派であり、現王政に賛成していたはずだ。だが現在は、東門派は王政に対して中立の立場を取っている。親衛隊は元から東門派が有していたからそこが変わっていないようだが、何かがあったと見て間違いないだろう」
「……その間に、内紛のような記録はありましたか?」
「少なくとも私の調べた限りでは、ない」
私の疑問に対し、オリヴィエは即答する。
つまり彼も、何かがあった可能性だけは考えていたのだ。だから調べており、理由が分からないという一応の結論を出した。
体制派が中立になるなど、後継者争いなり内紛なり起きないと考えられないことだ。それでも、歴史上にその出来事は記されていない。ならば、それを調べる手段を取るだけのこと。
「物資の流れや物価、発明でも開拓でもただのニュースでも何でもいいです。体制派だった頃から今に至る、軍需産業“以外の”情報が記された本か何かが、どこにあるか分かりますか?」
100年後の歴史には残っていない、しかし確実に何かがあった痕跡を調べるには、国の手がかからない分野から調べるのが鉄則だ。血の流れた出来事を隠したいのならば、武器の流通記録などは真っ先に記録から消される。規模が大きければ大きいほど、作為的な情報統制は難しくなる。
例えば食品の流通。流入が普段より多ければ、そこに多くの“人”が居た痕跡となる。
例えば馬、例えば馬車、例えば発明、例えば病気。そんなもの、何でもいいのだ。
歴史から全てを消すことなどできない。1000年前ならともかく、たった100年前なのだ。仮に平均寿命が60歳程度だとしても、二代遡れば100年前だ。当時の情報は消されたとしても、その後に記された何かなら残ってる可能性もある。
そこから痕跡を見つけ出せばいい。一つでも違和を見つければ、その分野から辿っていく。そうしれば必ず答えが見つけられるはずだ。
「あまり大きくはないが、この町にも図書館のような施設がある」
「分かりました。まずそこを案内して下さい」
彼が知らないなら、自分で探すしかない。自分で、調べるしかない。
調べることは嫌いではない。自分の理論で答えが見つけられた時の快感は、決して忘れられるものではないのだ。
久しく得ていなかった知識を蓄える喜びを、ここでもまた味わおう。




