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「ここね、チーズケーキが美味しいのよ。まだ、残ってるかしら?」
占い師の女性、マドルの行きつけだという喫茶店は、占い師としての彼女の店の3軒隣だという。
あたりも暗くなってきたので、少女は帰らせてある。喫茶店は、そのついでに立ち寄ったようなものなのだが。
休憩にはよく立ち寄るようで、怪しい格好をした女性を見ても、店主の反応は慣れたものだった。
「ええマドルさん、人数分残ってますよ」
店主はお茶を淹れながらそう返事をする。
チーズケーキとは、懐かしい響きだ。甘いものが苦手なわけではないが、実はこちらの世界に来てから、ほとんど口にしていない。ナディアが食後によく頼んでいるので様々な店に置いてあるのは知っているが、私はメインで満腹を迎えてしまい、デザートまで手が回らないタイプだ。自分の胃袋のキャパシティを上手く理解できていない典型例。
「お願いするわぁ。それで、何を聞きたいのかしら?」
「……それは、分からないんですか?」
「ええ、なんにも分からないわよ? 私の“これ”は、あなたが思ってるような読心術ではないのよ。まぁ、大体予想はつくのだけれども、そんな予想で話すより、あなたから直接聞いた方が早いし正確、よねぇ?」
「それもそうですね。――では、質問です。マドルさんは、私の銃と自分の“それ”を、同じようなものとして扱いました。つまり、あなたのそれは元から持っていた技術ではない、というより、他の世界から来た人、ということで、間違いないのでしょうか」
ナディアとロレンソには席を外してもらっている。頼んだわけでもないのに離れたテーブルに座ったのは、彼女らなりの配慮なのだろう。
お陰で隠すことなく質問することができる。彼女が絶対に理解できないような、説明もできないような質問を。
「ええ、間違いないわ。ただ、あなたの世界とは少し……いえ、大分、違うようなのだけれども」
複雑そうな表情で、マドルはそう言う。
彼女は、私の記憶を読み取った。その中に、様々な情報があったのだろう。
そこから下した、彼女の判断が、それだ。
「あなた、下條理科さんね。扉のネームプレートに名前が書いてあったから、それがあなたの名前って分かったの。ただね、私はその文字を知らない。文字を読んだあなたの記憶を、私が読んだだけなのよ。文字を知らないのと同じように、日本って国にも、覚えがないのよねぇ」
日本を知らないだけ、という可能性は0ではない。海外に住んでいればそういう人も居るかもしれないし、世界中の人が日本を知っていると思うほど、影響力のある国と思っているわけではない。
ただ、彼女が今読んだ私の記憶は、何も病室の中でゲームをする姿だけではないはずだ。生活、文化、言語、世俗。私の記憶にあるそれら全てがマドルの居た世界と違うとなると、それは異なる世界と判断しても間違いではない。
「マドルさんの居たところは、どんな世界だったんですか?」
「そうねぇ、少なくとも、あなたの居た日本ほど、平和ではなかったわ。女一人で生活するには、こちらの世界の方が大分楽なくらいよぉ? 女だけでは何もできないような世界だったからこそ、あんな“おまじない”が流行ったんでしょうねぇ」
「おまじない、ですか」
おまじないといえば、何だろう。この場合は占いなどではなく、こっくりさんとか、そういった類の物だろうか。
「ええ、今の私の“これ”は、当時流行ったおまじないの延長線上にあるものなの。というより、完成形とでも呼べば良いのかしら? 年頃の女の子が集まって、誰の未来がどうなるとか、誰は昔何をしたとか占って、過去ならそれが当たっていても、未来なら将来当たったとしても絶対に口外しないのがルール。皆が内に秘めるだけ秘めて、占った本人すら知らない“アタリ”が一定数を迎えると、次に言うのが本当の未来になる。呪術的な意味もほとんどない、ただの、つまらない占いだったのよね」
「今のマドルさんの占いとは、随分違うように思えるんですが……」
「そうね。私もそう思うわ。けれど――」
「けれど?」
彼女は窓の外を見、静かになる。
ベールに覆われて目が見えないので表情は分からない。それでも、昔を、懐かしんでるように思える。
「けれど、こちらに来たばかりの時は、こんなじゃなかったのよ?こちらに来たのは、60年以上前かしら。それでも、占い師なんて仕事を始めたの、60を過ぎてからだったわ。旦那に先立たれてね、独り身の老婆が集まって暇を潰していたら突然、昔やった占いを思い出したの。ふと、試してみたらねぇ? 成功したの。勿論、正解しても黙ってないといけないなんてルールを伝えてなかったもんだから、全員が占い師候補っておまじないが、私一人を占い師として置くおまじないに変わったわけ。何回かその占いをしてるとね? いつしか、占いの手順すら踏まずに、その人の未来と過去が見えるようになってたの。元の占いで言うと、“アタリ”が一定数溜まった状態なのかしら? そこから見えるのは全て正確な過去か未来。つまり、“アタリ”が一定数溜まるという条件は常に満たし続けてて、私に見えるのは全て正確な過去と未来と成る、そんなとこかしらねぇ」
彼女が以前の世界でやっていたおまじないは、過去を、未来を見るものではなく、あくまで“当てる”ものだった。それが昇華した結果、“当たる”占いになった、ということだろうか。
記憶に残る過去ならともかく、未来が見える理由はさっぱり分からない。それも、元の“おまじない”に関連しているのかもしれないが、それを私が知る術はない。
「だから今の“これ”は、占いなんてもんじゃないの。一応占い師なんて仕事してるけど、私はその人の記憶を無作為に抽出して見てるだけ。目線が本人なもんだから、過去か未来かは分からないのよ」
「どうして、未来が見えるんでしょう。記憶を読んでるだけなら、見えるとも思えないんですが」
「そうねぇ、記憶というものに、時間という概念は存在しない、ってとこかしら? ほぅら、昔にあったことを覚えていても、それがいつのことだったかまで思い出せないみたいなこと、経験あるでしょう? とはいえ、私と同じような人が居ない以上、私にも分からないわねぇ」
時間の概念。ならば、彼女は何を見ているのだろう。本当にそれは過去なのか、未来なのか。
占いというのは、本人がそうなるように行動するからこそ当たるという話を聞いたことがある。過去は、上手く記憶を改竄してしまえばいいことだ。
彼女は、私の未来も見たのだろうか。病院生活をしていた過去だけではなく、これから先の、未来も。
「同じ世界から来た人と、会ったことはないんですか?」
「ないかもしれないし、あるかもしれないわねぇ。記憶を読む以外で見分ける手段はないわけだし? 私の場合、私の知る世界が極端に狭かったのもあってねぇ……同じ世界でも、他の国で暮らしていたのなら、過去を見ても分からないかもしれないわ。もっともあなた、理科さんの場合は、すぐに分かったのだけれども」
「私の世界は、そんなに分かりやすかったんでしょうか」
「分かりやすいも何も、一目瞭然、ねぇ。何せ、平和すぎるの。何人か、理科さんと同じ世界の人を見たのは覚えているのよ? 平和すぎる国の人間が、こちらでは何かを成すために銃を握っている。それだけで、特徴としては充分すぎるものねぇ」
平和さ。日本は海外に比べてとんでもなく平和な国だ。
数十年戦争はしていないし、軍拡もしていない。平和だからか架空の戦争が流行り、どんなゲームジャンルでも、他人と競うのが当然になった。
他人と競う、最も血の流れない方法が、ゲームなのだから。
それでも、彼女の弁からすると、日本ではなく“世界”が、平和なのだろう。
他の世界から比べると、私の知っている世界は平和という。正直、そこはよくわからないところだ。各地で戦争は起きてるし、テロや疫病が蔓延している国もある。それらを含めても、他と比べて平和なのだとすると。
それも、過去を読める彼女が、一目見ただけでわかるほどに、平和なのだとすると。
日本は、どれだけ平和な国なのだろう。自身の世界が狭いと言った、女一人では生きていけない、“おまじない”にすがるしかなかった、マドルの世界と比べると。
「平和、なんですね」
「そうよ? なのにアナタ達は揃いも揃って、危険地帯に足を踏み入れようとする。どうしてかしらねぇ。命が惜しくは、ないのかしら?」
「なくはないはずなんですが、きっと、戻りたくないからだと思います」
戻りたくない。ただ単純な、思考回路。
他の人は分からない。それでも、私が危ない橋を渡ろうとしているのは、きっと、自分の道を歩きたいからだ。
自分で決めた自分の道。それがどれだけ茨の道だろうと、前の世界に戻るよりかは、千倍マシだ。他の人も、そう思っているのかもしれない。
「戻りたくはない、かぁ。私も昔は、そんなこと考えてたような気もするわねぇ。今は、骨を埋める覚悟しかしてないけれど」
「……この世界の平均寿命って」
「私、とっくに超えてるわよぉ?リオ――孫には言わないで欲しいけれど、実は、もう長くはないからねぇ」
リオというのは、あの少女のことだろう。
彼女の血を引く少女。たとえ1/4だろうと、異世界人の血を引く少女。
私の異常を見抜いた、不思議な目をした、あの少女。
「自分の未来も、分かるんですか?」
「いいえ、あくまでこれは“他人に向けたおまじない”だからねぇ、鏡を見たところで、私がどうなるかは全く分からないの。けれどねぇ、それでも、私の未来を知る方法はあるのよ?」
他人の未来、過去を占うおまじない。それによって、自身の未来を見る方法。
簡単なことだ。
「他人越しに、ですか」
「正解よぉ。リオの記憶を辿るとね、あの子、15になった頃には私の店を継いでるの。けれどね、その視界に、私はずっと映らない。一年経っても、二年経っても、私はずっと映らない。まぁ、それ、どう考えても、私死んでるわよねぇ?」
他人の未来越しに自分の未来を見た時、彼女はどう思ったのだろう。
見た目は若くとも、実際は78歳の彼女だ。いや、今でもそこはあまり信じられないが。
その年ならば、もう死期は近いのだと察することもできるかもしれない。
それでも。
それでも、やはり。
「リオが店を開くとこまで、ちゃんと見たかったわねぇ」
彼女のその呟きは小さく、微かに耳に届く程度の声量だ。
それでも、はっきりと聞こえた。
当然だ。自分の血を引く孫が、跡を継ぐことまで分かっていて、それを見ることが叶わない。
いくらなんでも、寂しすぎる。ただ死ぬのとは大違い。それはまさに、未練として残ってしまう。化けて出てもおかしくないほどの、大きな未練だ。他人の未来を知ることができる彼女だけではない、子を持つ親が考えて当然の、大きな未練。
「私の話はもう良いわよぉ。あなたは、自分の未来を見て欲しいとか、思わないのかしら? ううん、もう見てるかもしれないけれど、あなたはそれを知りたいとは、思わないの?」
「そうですね……」
問われると、少しだけ悩む。彼女に未来を見てもらった場合のリスクとリターンを考え、そして、簡単に結論を出す。
「別に、良いですかね」
「そう?おまじないと違って、百発百中の自信があるのだけれども、断る子は、珍しいわよ?」
「だって、マドルさんに見える未来は、もう確定した未来なんですよね」
「そうねぇ」
「なら、聞いても聞かなくても、聞いてからそれに向けて行動しても、聞かずに思うように行動しても、結果は同じになると思うんです」
不確定な未来が見えているならともかく、マドルに見えているのは確定された未来だ。
確定しているのなら、何かをする必要はない。むしろ結末を知った方が、濁ってしまう可能性まである。
ここで聞いたとしても、ここで聞かなかったとしても、結果は同じことなのだ。ならば、思うようにやったほうが、心の負担は少ないはずだ。
彼女の告げる未来とは、私の嫌っていた“道”そのものになる可能性まであるのだから。
「それもそうねぇ。ごめんなさいねぇ?」
「いえ。あと、少し気になることがあって、お孫さん――リオさんのことなんですが」
「うん? あの子が、どうしたのかしら?」
「マドルさんと、同じような目をしていました。私を見る時だけなんですが……」
「え?これかしら?」
そう言うと隠すこともなくベールをはらりと上げて目を見せてくる。回転しているのか踊っているのか分からない幾何学模様。
あんまり見てると酔いそうだ。正直、見ていて気持のよいものではない。
この目を通して世界を見る彼女には、世界がどのように見えているのだろう。
「そんなに怖がらないでよぉ。で、この目があの子にも?」
「マドルさんの目と比べると大分緩やかではあるんですが、確かに、変な“うねり”が見えました。それって、遺伝するもの、なんですか?」
「そうねぇ、子供4人には遺伝してなかったし、孫11人もしてなかったのよぉ。けれど、リオだけに遺伝したみたいねぇ。こういうの、この世界では『先祖還り』って言うのよ?」
「先祖還り、ですか?」
その言葉はアラタにも聞いた。そして、この町でも調べた。
ロレンソの身体能力が常人を遥かに上回っていること、その理由については、何かしらの先祖の影響を受けている、ということまでしか分からなかった。
それとマドル、リオの瞳が同じものならば、言葉通りではないのかもしれない。
「えぇ、先祖還り。まぁこの世界には私なんかよりよっぽど昔から先祖還りしてる人達が居るのだけれど……あなたも、ご存じよねぇ?」
彼女は、私を通してその人物を見ているのだろうか。
それとも、直接会っているのか。前者ならば未来の可能性もあるが、彼女の断言から思えば、間違いなく後者のはずだ。
考えられるのは三人。ナディアとロレンソと、そして私自身。一番可能性の高い人物と言えば、日本から来た私などではない。物知りだがあくまで一般人の域を超えないナディアでもない。
「ロレンソ、ですね」
「そうそう。彼ね、先祖還りよ?あなたも、彼がおかしいと感じること、あったでしょう?」
おかしいこと。それは明確なことだ。
彼の運動能力は、至近距離で放たれた拳銃弾を回避することが出来、700m離れた動体を見ることができる視力があり、そして何より、その対象に弓を射ることができる。
この世界の、全ての人間がそのようなスペックを持っているのかと考えれば、それは間違いなくノーだ。
野党はタウルスジャッジの散弾を回避することができなかったし、ほとんどの人間は、ロレンソの弓を回避することができない。皆それができるのなら、彼の命中率がそこまで高くなるはずがない。
ただし、それはロレンソだけが持っている身体能力ではない。相澤の遭遇した、至近距離から放たれたサブマシンガンを全弾回避できる人間も居るのだ。
ならば簡単な話で、この世界には、極端に戦闘能力に秀でた人間が、稀に存在する。
肉体のリミッターが常人と違うだけかもしれないが、それは明らかな異常だ。
「はい。……ロレンソは、誰の、いえ――“何の”、先祖還りなんですか?」
「そうねぇ。私が見えるのはあくまで当人の未来と過去だけだから、彼が“何の”生まれ変わりかまでは分からないわぁ。けれど、そんなもの、この世界の歴史を紐解けば簡単なこと。彼、神様の先祖還りよぉ?」
神。日本で神と言えば八百万の神と言われ、大事にされてきた物品にすら宿るほど身近なものだ。もう少し遡れば、アマテラスとかスサノオとか、そういう個体が出てくる。
しかし、この世界で言う“神”は、それらとは異なるものだ。
「神様、ですか。この国の成り立ちはまだあまり調べてはないんですが……神と人とのハーフである兄弟と、その侍女から始まったとか、そういう話でしたよね」
「そうそう、神様。この世界の原住民とは違う、海の向こうから来た”何か”ね。それが人なのか人じゃないのかは分からないけれど、今子孫が人を成してるのなら、それはきっと人の形をしていたんでしょうねぇ? 一応、歴史上は王家だけが神の血を引いてることになってるけれど、1300年もあれば、もっと混ざるに決まってるわよねぇ?」
彼女の意見は最もだ。数代ならともかく、数十代も代を重ねている。それらの子孫を国で囲われる程度の数で済ますには、日本の天皇制度のようなシステムが必要になる。
そんなものがこの国にあるのだろうか。あちらの世界において、国のトップが1000年単位で血を繋いでいるのは日本くらいのものだったはずだ。200弱ある国において、それを成しているのは日本だけ。
そんな偶然を、この世界のミラン王国が成しているとは考えづらい。
「ロレンソは、いえ、この世界には遠縁で神の血を引いてる人達が居る、ってことになるんですね。それ、一体どのくらいの割合なんでしょう」
「さぁねぇ……彼みたいに偶然兵士にでもならないと分からないし、仮に神様の血を継いでても、私の子供みたいに、100%遺伝するわけでもないみたいなのよねぇ。私だけでそれを調べるには、私が何十人も子供産まないといけないことになっちゃうわぁ……流石にもう無理ね……生理止まって30年は経ってるわよ、私……」
こうしてたまに年齢ネタを振られると反応に困る。
彼女が異常に若づくりできている理由。もしかしたら、彼女の世界においてはそれが普通なのかもしれない。いや、外見が20代から変わらないまま70を超えるとか全く理解できないが。
「あぁ、それ? アンチエイジングって言ったけれど、実際のところは全然違うのよねぇ」
「……」
また心を読まれたのか。いつどのタイミングで読まれているのかが分からないと、こうして会話に先回りされてしまう。
厳密には心を読んだのではなく、未来や過去における私の思考を読んでいるだけのようだが、それをリアルタイムでやられると、心を読まれているのと何も変わらない。
「私の居た世界ねぇ、女の平均寿命、25だったのよ?」
「……え?」
「男は28ね。生後3年未満の死はカウントしないことになってたから、実際の平均はもっと若いんでしょうけどねぇ……」
「あなたの、今の外見は、えっと……」
彼女の見た目。声。肉体。垂れてもない豊満な胸部。
若作りどころではないその体は、25歳と言われれば信じてしまえそうな、その体は。
「そ、あちらの世界で理想的な生活を送れた場合の、平均寿命ね。外見だけ老化してないのに気付いたのは30過ぎてからだったから、一体いくつから止まってるのかは分からないけれど、きっと25から全く成長してなかったんだと思うわぁ。なんかねぇ、当時は私ずっと若いままで嬉しい! とか考えてたのよぉ? 40も過ぎたら流石に同年代から浮いてきちゃったし、今となっては、恐怖すら感じるわよねぇ。老人会に行くと私だけお手伝いさんみたいになっちゃうし」
自身の外見年齢が変わらない恐怖。それは一体、どのようなものなのだろう。
彼女と同じなら、私も日本の平均寿命のあたりで外見年齢が変わらなくなるはずだが、日本の平均寿命は85歳。完全に、この国の平均寿命を上回っている。そんな歳まで生きられるとも思ってないし、85になってそこからは外見年齢が変わらなかったからといって、何だと言うのだ。
彼女だけに起きている現象なのか、異世界人全員に起きている現象なのかは分からない。
しかし、彼女のように、よほど平均寿命の若い世界から来ない限りは、気にしなくても良い情報なのだろうか。
「そうねぇ、そんなには生きられないと思うけど……。ああごめんなさいね、話を戻すわぁ。神様の先祖還りね、私が占い師に目覚めてから“見”た感じだと、1000人どころか、1万人に1人居るか居ないかってとこかしらねぇ。過去から未来、その人が死ぬまでを見ても、常人を超えた能力に目覚めてる人はほとんど居ない。神様の子孫がそれだけ少ないのか、目覚める人がそれだけ少ないのかは分からないけれどねぇ……」
さらっと心を読まれて、85までは生きられないと暗に言われるのは中々辛いものがある。ただまぁ、肉体の限界を遥かに超えて生きるせいで精神が摩耗し、まともに物事を考えられなくなるまで生きるくらいなら、ボケる前に死にたいという気持ちはあったが。
1年も持たずに死ぬ可能性もある、ということは考えないでおいた。
「先祖還りの条件を見つけるには、例が少なすぎるんですね」
「そうそう、私自身が子供産みまくってたり、あなたみたいな異邦人に出会った時に片っ端から未来を見たりしても、遺伝してる例が少なすぎるのよ? そもそも、あなたの持ってきたものは物理的な存在をしている“銃”だから、遺伝も何もないのだけれども」
「私、というより、日本人以外で異世界から来てる人も、見てるんですよね」
「えぇ、沢山見てるわよぉ? あなたと同じ世界で違う国の人も、あなたと違う世界の人も。私とか、この世界における神様みたいに、先祖還りの余地がある物を持ち込んでる人はほとんど居ないから、また例が少なくなる理由ねぇ」
彼女のような超人が沢山居るのだったら、それはそれで対策を考えるべきだとは思ったが、少ないようなら大丈夫だ。
彼女達、異世界からの来訪者のうち、先祖還りを起こす“何か”を得た者は、そこまで目立ってはいない。
むしろ、母数から考えれば、ロレンソのようにこの国特有の先祖還りである、異常な身体能力を持っている者のほうが多いはずだ。銃弾を避ける身体能力に比べたら、他人の過去から未来までを見ることができる彼女が霞むのも当然のこと。
しかし、ここまで思考が進むと、思い当たる節がある。
神様の存在そのものだ。海の向こうに住まうとされている、この国で祀られている神様というのは、つまり。
「この国の神は、私達と同じ存在ってことに、なりませんか?」
「そうねぇ。当然、この世界の神様は、私達より1300年前に来ただけって発想に、なるわよねぇ。歴史を辿ると、当時は一方的な流れじゃなくて、明らかに神様の世界の住人と交流があったみたいだし? 言葉が通じるとかその世界特有の“何か”を持ってくるってのは、その流れかしら? こういうの、こっちでは『神託』って言うらしいわよ?」
「神託、ですか。神の言葉って意味ですよね」
「この世界ではねぇ、人が神様の声を聞くんことを言うんじゃなくて、神様が人の声を聞く、って言えばいいのかしら? この地の人々が求めたものを、神様が与えるって流れを、神託って言うみたいなの。神様が居る間は与えるのは物だけで良かったけれど、神様が居なくなってからは、与えられるのは意識をもった人となった、ってとこかしら? つまり、それが私達ね」
当時願いを聞き入れる時、その回答は神本人がすればよかった。
けれど神が死に、交流が途絶えても、それでも神は人々の願いを聞き入れ続けたのだとすれば。
意識をもった人ならば、人々の目的に沿った行動をしてくれるはず、という願望によって、異世界から人が呼ばれているのだとしたら。
「私達は、求められてここに来たってことですか?」
「さぁ、それは分からないわぁ。あくまで、歴史と私達の共通点を無理矢理結びつけるとそうなるってだけで、そこからどう考えるかはあなた次第。もう先も長くない私じゃあ答えは見つけられなかったから、それはあなたの役目ね。はい、押し付けたぁ」
押し付けられてしまった。この国の、この世界の真相解明。神様の存在。異世界との交流。
その他諸々を、だ。
私の未来が読めている彼女ならば、これを聞いてから私がどういう行動をするかも分かっているのだろう。それでも、彼女は私に言ったのだ。
つまり回避の余地はない。そう考えるところまでが彼女の策略だとしても、未来が読める人間の裏をかくなど不可能だ。可能性の未来ではなく、確定された未来と確立された過去だけが見える彼女の発言の強制力について、彼女自身は理解しているのだろうか。
私は未来を知りたいとは言わなかったが、彼女は私の行動を理解して発言しているのだから。それは、未来を言われたのに等しい。
現状の私の目的は戦争を終わらせることだったはずなのに、随分と大役を押しつけられたものだ。
世界の解明など、私に期待しないで欲しい。未来が見えているマドルが、私に不可能な出来事を押し付けるわけもないのだから。




