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まるで、この質問に対して答えを持っている人間かのような、そんな早さで、彼は口を開く。
「下條さん、まだ一ヶ月くらいしかこの世界に居ないみたいだけど、この世界の兵隊とか傭兵とかそういう、戦闘員が戦ったとこ、見たことあるかな?」
そう問われ、少し悩む。
ロレンソは兵隊だ。それでも戦った姿を見たことがあるかと問われればノーで、馬に乗ってる姿や、小間使いをしている姿しか知らない。弓が上手いと聞いてはいても、自分で見たわけではない。
野盗はどうだろうか。彼らは戦う人間と言えるのだろうか。
ただ、これもノーだろう。仮に戦う人間だとしても、彼らは“ハッタリ”に破れただけ。私が何をしたか分からなかったから撤退したのであって、初めから銃の知識があれば違っただろう。あれば戦闘などではなく、私が騙したに過ぎないから。
「ないです、ね」
「そっか。えっとね、この世界の人間、兵隊のスペックは、あちらの世界に比べてあまりに高すぎるんだよ。端的に言えば強すぎる。達人とかそんな問題じゃなくてね。なんて言えば良いんだろう。“戦う”ということに関してだけは、上限値の桁が違うって言えば良いのかな。非戦闘員のスペックはほとんど同じなのに、戦闘員だけ明らかに高すぎる」
「……それは、銃があるのに剣や槍や弓で戦争をしてることと、関係があるんですか?」
「あるんだよ。大有りだ。信じられないかもしれないけど、僕のウージー、弾切れになったって言ったよね。あれ、全部避けられたんだよ。当たらなかったんじゃなくてね。避けられたんだ」
避けられた。それは、当たらなかったという現象は同じでも、自身の技術の問題ではない。言葉通りなら、当たるはずの弾丸を、回避されたということだ。
彼に当てる技術がなかったという想像もできるが、きっと違う。そういうことではない。
それならば、銃弾より速く動き、それを回避できる人間が居る、ということになる。そんなまさか、映画でもあるまいし――
「5mも離れてない距離でね、マガジン4つ分の200発が1発も当たらなかった。それを避けた当人は当然のように「何をしてるんだ?」という目で見てくるし、僕が射撃して殺そうとした、ということすら理解できていなかったんだよ。子供に石を投げられたから避けたみたいな、そんな態度だった」
ウージーの連射速度は、凡そ1秒に10発。サブマシンガンとしては特別速いわけではないが、マガジン1つに50発入っているなら、5秒で撃ち切れる速度だ。
マガジン交換には時間がかかる。だが、200発もあれば偶然当たらない量ではない。それに、5メートルだ。その距離なら、私ですら当てることができた。ただし撃ったのは戦闘員とは言いがたい野盗であり、彼らは最後まで何をされたのか理解できていなかった。
一部始終を見ていたナディアすら、私が言うまで銃とは思っていなかったのだ。撃たれた側が、理解できているはずがない。
「向こうに僕を殺す気がなかったから何もされなかったんだけどね。それでも僕は、ああこの世界で僕が銃を持ってても無駄なんだなって思って、それからすぐに手放したんだ。信じられないよね。僕の射撃が下手だったってほうが、まだ信憑性があるのは分かってる。けどね、これからも銃を使うつもりがあるなら、覚えておいた方が良いよ。絶対に、銃には当たらない人が居るってことを」
彼にとっては、苦い思い出なのだろう。ハーブティに手をつけることもなく、下を向いている。
ただ、私の疑問はまだ解消されていない。彼には、まだ問わないといけないことがある。
「それは、分かりました。それと雷管が生まれないのに、どういう関係があるんですか?」
そう問うと彼は大きく目を開き「ごめん」と呟き、話しだす。
「ごめん、言ってなかったね。えっと、下條さん。雷管が何で生まれたか知ってるかな?」
彼は真っ直ぐこちらを見て、そう問うてくる。
雷管の生まれ、ゲーム上ではほとんど触れることがなければ勉強もしないそのような情報は、チャットでチームメイトが話しているのを聞いたり、インターネットで少し調べた程度の知識しかない。
正直、ないにも等しい程度の知識だ。
「火縄銃が火打ち石に変わって、そこから雷管が生まれるのには相当時間が空いた、とだけは覚えてます」
「うん。火縄、つまりマッチロック式から、火打ち石を使ったフリントロック式に変わるのに200年。湿気に強くなった分、不発が多くなったんだけど、そこから雷管が生まれるのに、さらに200年かかったんだ。今では考えられないくらい技術の進歩が遅いんだけど、それはまあ当時の情勢かな。で、雷管が生まれた理由ね、これは、“湿気に強く”かつ“不発のない”発射方法を生み出そうとした結果なんだよね」
そこまでは理解できる。火打ち石は火縄が石に変わっただけ、つまり着火方法が違っただけだが、雷管はそうではない。
雷管は、衝撃によって自身を起爆剤とするのだ。火薬を内包した金属のパーツは湿気に強く、また、石とは違い、着火の確実性も上がる。
「だけど、この世界は違う。この世界の人間は、初速が音速を超える火縄銃の弾丸を平気で回避することができるんだよね。だから銃は人殺しの道具として発達しなかったんだ。銃弾を避けることができない僕達相手なら撃つことさえできれば良いのに、この世界の住人を相手にするなら、確実に撃てるだけでは駄目なんだ。ここまでは、分かるかな?」
「確実に撃つための雷管ではなく、確実に当てる為の何かが発達するべきだった、ということですか?」
それが何かは分からない。私達に銃弾を避けることなどできないからだ。
現にこの世界にその“何か”は求められなかった。だからこの世界は銃を発達させず剣や槍や弓で戦っており、原始的なその行為は、しかし銃の入る隙間を与えない。
「そう。僕は試してないけど、散弾やグレネード、そういうものなら、この世界の住人にも当てることができるかもしれない。彼らは避けられると言うだけで、銃弾よりも速く動いてるわけではないんだ。避けられない密度の射撃ならば、きっと有効なんだよね」
「この世界で自然に銃が発達するとしたら、そういった方向の進化になる、ってことですね」
「うん、そういうことだね」
雷管が自然に生まれない理由。それは、人間に当てることができる銃が作れてから、確実に撃つということを考えればいい、ということ。
真っ直ぐに飛べば当たったから、確実に撃てる方に重点が置かれたあちらの世界とは違うのだ。
しかし、この国の銃は単発式の火縄銃から進化していない。人間に当てることのできる銃が、そもそも求められていない。
それはつまりどういうことか。考えれば、1つの結論に辿り着く。
「そうなると、この世界でも雷管が生まれたのは、事故のようなものだと思います。ただ――この世界で銃を量産して良いのか、分からなくなりました」
そう呟き、考える。
有効か有効でないかの問題ではない。
この世界に、銃は有効ではないと判断されたのだ。その理由がこの世界の人間のスペックだとしても、他の理由があるとしても、それでも、この世界に銃の発達は必要がなかったということに、代わりはない。
戦えなくなった人間の補助に、銃猟の為に必要となっただけだ。その程度ならば連発できる銃は必要ないし、単発式の火縄銃があれば足りる。
それなのに、私はそれを作って良いのか。この世界に不要と判断されたものを、私個人の目的のために作っても良いものなのか。
世界に与える悪影響、そして、私に与える悪影響。それはまだ分からない。だが、考えることはできる。
世界に求められなかった銃が、発達してしまう。そのことによって起きる弊害を。
「目的が分からない以上、それに意見をするのは難しいね。ただ、下條さんの目的には銃が必要なんだよね、じゃあ、何に悩むのかな?」
彼の意見はもっともだ。必要だから作る、それならば、今後どうなろうが知ったことではない。
だが、私はそれではいけない。即応性に掛ける思考展開を用いる私は、起きてから思考して行動してはいけないのだ。
全てのパターンをあらかじめ検討しておき、その時々に応じた行動をする。それが私の思考展開であり、行動規則。
銃が世界にどのような影響を与えるのか考えず銃を作ることはできない。死ぬ時に悪影響に気付いたのでは遅いのだ。無責任に銃を作った私は、後悔を残して無惨に死んでしまう。
それでは、駄目なのだ。
「時代を変革させるべきか、時代を停滞させるべきか、判断基準が分からないんです。現にこの世界に、あちらの世界と同じ銃は必要とされなかった。避けることができる人が居るからといえばそうなんですが、じゃあ、避けることができない銃を作れば良いんです」
当たらなかったら意味はない。相澤の言うとおりこの世界の人間が1秒に10発放たれる銃弾を避けることができるなら、100発撃てば良い。1000発撃てば良い。
私が作るのは、当たる銃だ。訓練していない農民でも使えて、歴戦の兵士に当てることができる武器、それが銃。私は、それを作らなければならない。
この世界の人間のスペックなど関係ない。どんな人間でも殺すことのできる銃を作るには、どうすればいいか。それを考えれば良いのだ。
だから銃の構造は今考えることではない。むしろ考えるのは、そもそもその銃をこの世界で作っていいものなのか、それに尽きる。
この国の兵隊をも撃ち殺せる銃が完成したとしよう。その銃はいくら厳正に扱ったとしても、情報が漏れる可能性をゼロにすることはできない。自分一人で作ることができないのだから当然だ。関係者が増えれば増えるほど情報を隠すのは難しくなり、最悪、実銃を見るだけでも構造を理解できる者も現れるかもしれない。
私だけが隠しても無駄だ。私や相澤と同じようにあちらの世界から来た人間が同じことを考え、銃を量産してしまっては話にならない。
「私達の持っている銃は、明らかに強力です。この世界にはそれを避けることができる人が居るとしても、私達の優位性は、銃の存在だけではありません」
「……まあ、そうだね。この世界の人間にとって、僕の持っていたウージーは正直最悪の相性だった。だけど、僕はこの世界になかった知識を使って、今ここで商売をしてる。そういうことだよね?」
「はい。私達の持っているのは銃、それに、あちらの世界の知識です」
銃には散弾もあり、狙撃もでき、条件さえ満たせば、この世界の人間に有効な武器と成り得る。
条件。それは、私達だけがその知識を持っている、ということだ。
相澤のような薬学の知識も、本質的には変わらない。私達がこの世界でまだ優位に立てるのは、知識を広めていないから。
あちらの世界の人間しか持っていなかった知識を用いれば、まだ、私達は優位に立てるのだ。
「弓が使われているようなんですが、どうして、弓は使われるんでしょう。銃弾を避けることができるなら、矢も避けれそうなものなのに」
「あー……そうだね。そういえば弓を使ってる人は沢山居るね。銃を避けられる人間に弓が有効ということは、彼らはあくまで出る弾を、引き金を引く指を、銃口の向きを見て避けている、ってことになるね? 遠いところから放たれた矢が避けられないのは、そういうことだと思う。それが、どうしたんだい?」
「……つまり、狙撃はできるんですよね」
銃の方向性。仮定を考えずに現物を持っている私達だけに許された思考。
確実に撃てることでも確実に当てることでもなく、銃を、弾を、意識していない人間を標的とするならば、当てることはできるはずだ。
存在を知らなかった野盗は回避することができなかった。それは散弾の密度だけではなく、彼らには知識がなかったからだ。トーラスジャッジという散弾を放つ拳銃についての知識が、彼らには全くなかった。
だから、彼らは何が起きたか分からなかった。避けることができなかった。知識があり正常な思考ができるなら、彼らにも避けることはできていたかもしれない。
「まあ、そうなるね。二発目は当たらないかもしれないけど、一発目は当たる。確実に一発で仕留められる狙撃手が居るなら、銃の優位性は変わらない、ってことになるね」
「そうなんですよね。狙撃が有効だとすると、狙撃銃が、現代と同程度に当てれるようになったのはいつからか、ご存知ですか?」
「うーん……、有名どころだと、シモヘイヘのモシンナガンが1891年、下條さんの持ってる7.62ロシアンが使われてるね。無煙火薬が生まれたのがその10年位前だから、命中精度が現代と並んでるのは大体そのあたりと見て間違いないと思うよ。それが、どうしたんだい?」
銃の命中精度は、1891年には現代と同程度まで完成している。
狙撃を用いるならば、この世界における技術の進化はそこまでで充分ということになる。
「金属薬莢が出回ったのは、M1855の1855年以降なんですよね。それって、いつなんでしょう」
雷管、金属薬莢、ボルトアクション、無煙火薬。1891年までにこの流れを経て、銃の精度は現代と並ぶ。以後は連射であったり飛距離であったり軽量化や消音性を求めて進化していく。
この世界で銃を作るにあたって、影響を与えないラインはどこなのか。どこを隠せば、銃が脅威と思われないのか。
「実用化されたのはM1855よりも前だけど、その頃は特許の関係でスミス&ウェッソン以外のメーカーはそれを使えてなかったとか、そういうのがあったと思うよ。それでも、スミス&ウェッソンのモデル1が1857年だったかな? 大体そのくらいと見て間違いないと思うね」
「……ありがとうございます、参考にします」
冷めてしまったハーブティを口に含み、思考する。
この世界では、既に雷管が存在している。ならば、それがいつ始まったかを知る必要はない。誰が作ったかも、だ。
それでも、金属薬莢は2年前にはまだ生まれてはいないはずだ。今もないかは分からないが、それを知る手段が今はまだない。
金属薬莢が生まれたのが1857年として、7.62mm×54R弾は1891年には狙撃銃として使用できるほどの精度を持っている。金属薬莢が生まれてから現代と同程度まで銃の精度が上がるのにかかった年数は、たったの34年。
これは、当時の人間が試行錯誤をした結果にすぎない。現物がこの場にあるのなら、その進化の速度は数倍、数十倍にもなることだろう。
現に、アルフレドはPKMを見て、私の知識を彼に与えただけで、理解をしていたし作るつもりでいた。つまり技術的な問題は今既にカバーできており、後足りないのは知識だけ、ということになる。
私達、あちらの世界の住人だけが持っている知識、そして、銃の現物。
これがあるうちは、誰が時代を進めてしまうかは分からない。行動に、最早一刻の猶予もない。
既に時代が金属薬莢まで進んでしまっているのなら、銃を隠さず作れ隠さず使える。ただしその代わり、私達あちらの世界の人間だけが持つ、銃のアドバンテージはなくなる。
まだ時代が雷管までで停滞しているのならば、私達はまだアドバンテージを持っている。この世界の住人が銃を危険視する前に行動ができるという、優位性だ。
行動目標は決まった。まずはこの世界における銃を調べ、それに応じた行動をすること。
「大体、決まりました。ありがとうございます」
そう口にし、立ち上がる。
まだ聞きたいことはある。彼がこの世界でどうやって生きてきたかのような世間話をしたい気持ちも、確かにある。
それでも、それは彼の人生だ。私が口を挟むことではないし、他人の人生をエンターテイメントとして消費するつもりもない。それに、彼のように生きるわけでもない。
だからもう充分だ。私にはない銃の知識を彼に貰えた。この町に来て、正解だったのだ。
後は、私自身が調べ、考えることだから。
「……そっか。僕みたいなミリオタの知識が役に立つなら、幸いだよ。最後に一つ聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「はい。何でしょう?」
「答えにくいことかもしれないから、無理に答えないでも良いんだけどね。あちらの世界の君は、世界に、満足していたかい? 何不自由なく、人生を満喫できていたのかな?」
彼の言葉に、ズキリと感じるものがある。
図星といえばいいのだろうか。
この世界に来てから、自分のできることを考えている今、私は、とても充実を感じていることに。それは、あちらの世界で感じることのなかった多幸感だ。
今何かを成したわけではない。それでも、何かを成そうと考え行動を起こそうとしていることこそが、私が求めていたことのように思える。
「いえ、半身不随で、病院生活でした」
彼にはそれだけを伝える。一瞬驚いた表情が見えた気がしたが、気のせいだったかもしれない。
「お世話になりました。また何かあったら話を聞きにくるかもしれませんので、その時はお願いします」
「うん。こちらこそ、久し振りに日本人と会えて嬉しかったよ。元気でね」
彼に深く頭を下げ、店を後にする。ハーブティの礼を言うのを忘れたことに気付いたのは、店を出た後だった。




