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幸せの定義

「舞夏ちゃんがいなくなったあの日から、僕は再び真面目に仕事を探した。ハローワークに毎日通い、書いた履歴書だって百や二百じゃない。本気で心を入れ替えてもう一度頑張ろうとしたんだ」


 だが、そんな合田に世間は優しくなかった。


「いくつもの会社にエントリーしても無視をされ、やっとのことで面接まで辿り着いても、前の会社を辞めてこれまで何をしてきたかの理由を話した途端、面接官の僕の見る目が変るんだ。ヒモ同然の生活をしていた僕を、まるでゴミを見るかのように蔑んだ目で見るんだ」


 合田は悔しげに床を何度も叩きながら喚き散らす。


「そんなの……あんたの勝手な妄想だろ」

「だが、送られてくる不採用通知が何よりの証拠だ。それが二十も三十も続けば、相手の言いたい事がわかってくる。一度道を外れた人間が、真っ当な社会復帰を望めるはずがないってね」


 それでも諦めずに職を探し続けたが、僅かな貯蓄はやがて底を尽き、合田は住む家すら失ってしまう。

 全てを失い、街を彷徨う生活を余儀なくされた合田は、その日食べる食事すら儘ならない生活に耐え切れなくなり、とある店で万引きをするが、すぐに捕まってしまう。

 だが、捕まり、連れて行かれた先で、合田は思いがけない勧誘を受ける事になる。

 暗く狭い部屋に連れ込まれ、黒い服を着た男達に囲まれて縮こまる合田に、突然現れた男から「生活に困っているならば仕事を紹介してやろう」と言われたのだ。

 その言葉に、一にも二もなく合田は頷いた。

 そうして紹介されたのが、人攫いという仕事だった。


「正直、最初は人攫いなんて嫌だった。だけど、渡された報酬を見た途端考えが変わった。たった一人攫うだけで並の人間の一年分は稼げるんだ。そして、これがあれば僕はやり直せる。また、舞夏ちゃんと暮らせると思ったんだ!」


 地面に頭を擦りつけ、むせび泣き続ける合田を見て、進は表情を曇らせる。


「……そこまで舞夏さんを思っているなら、何で彼女を攫ったりしたんだ」

「仕方ないだろ! 僕が普通の方法で会いにいったところで舞夏ちゃんは絶対に僕に振り向いてくれない。だから、彼女が僕を頼らざるを得ない状況にするしかなかったんだ」


 そして、打ってつけの仕事が舞い降りる。


「チャンスだと思った。今回の仕事は今までの仕事よりずっと報酬いいし、納品した品が教団によって使用済みとなると、廃棄されると知っていたからね。そこを僕が回収すれば……」

「……痛っ」


 合田が嬉々として自分の計画を話している途中だったが、進は突然の痛みに驚いて横を見やる。

 そこには、俯いた舞夏が怒りで震えていた。

 痛みの原因は、舞夏が繋いでいた進の手を、思いっきり握り潰していたからだった。

 もうこれ以上は、聞くに堪えられなかった。

 進は話に夢中になっている合田に、一方的に告げる。


「もういい。あんたがどれだけ舞夏さんを思っているかはわからないけど、これだけはハッキリ言える。あんたには舞夏さんは絶対に任せられない」

「な、何だと! 僕の気持ちもわからないガキが何を偉そうに……」

「わかるさ!」


 合田の言葉を、進は大声で遮る。


「なん……だと?」

「全部じゃないけど、あんたの気持ち……少しはわかるんだよ」


 驚きで目を見開いている合田に、進は静かに口を開く。


「俺だって金も家も全部失って、更に妹まで失いそうになった時、妹を救う為に盗みをしようと思った。自分の目的が果たせるならば、何を犠牲にしてもいいと思っていた」


 その時の様子を思い出し、進は深く嘆息する。


「結果として盗みは直前で止められたけど、もし、そこで止められなかったら、俺はそこから先、何度でも同じ過ちを犯しただろう。あんたと同じ様に、自分に都合のいい言い訳を用意してな」

「進……」


 進の独白を聞いて、俯いていた舞夏が顔を上げる。


「俺が馬鹿な道に進みそうになったのを止めてくれた人が教えてくれたよ。自分が犯した過ちの報いは、必ず返ってくる。しかもそれは、自分だけじゃなく、周りの人も不幸にするってね。あんたは考えなかったのか? あんたの計画が全て上手くいって、舞夏さんと一緒に暮らせたとしても、人攫いという仕事を続けている限り、いつか、被害者の関係者から報復を受けるかもしれないという事を。それで、舞夏さんが傷付くかもしれないという可能性を」

「それは……」


 思いたる節でもあるのか、合田は気まずげに顔を伏せる。


「今が良ければ、自分さえ良ければなんて考えで行動している内は気付かないだろうけど、それで得た幸せなんてものは所詮まやかしだよ。そして、本当の幸せが一体何かに気付いた時には、何もかも失っていて、一生後悔する羽目になるだろうさ」


 幸せの定義は人それぞれかもしれないが、一つだけ確かな事はある。

 それは、他人を不幸にして得た幸せは長続きしない。むしろその代償は、何十倍にもなって自分へと、大切な人へと返って来るということだ。

 それに、疚しい気持ちを持ったままで普通の生活が営めるとは到底思えない。疚しい事をした数だけ心が廃れていき、やがて、人としての優しさを失っていくのだろう。

 きっと、合田も既に心が壊れかけているのだろう。だからこそ、舞夏とやり直すという目的の為に、彼女を壊すなんていう本末転倒な計画を思い至ったのかもしれない。


「僕では……僕のやり方では舞夏ちゃんを幸せに出来なかったと言うのか?」

「ああ、その事に気付かない限り、舞夏さんはあんたに絶対に振り向かないだろうし、今の最底辺の生活から這い上がることだって出来ないぜ」

「そんな……僕のやってきた事はなんだったんだ……」


 進の言葉に合田は天を仰ぐと、両手で目を覆って泣き始めた。


 まるで幼子のように泣く合田を見て、進はほっと胸を撫で下ろす。

 この様子なら、合田も心変わりして人攫いの仕事も辞めるだろう。

 後はこのまま教祖の部屋から退出するだけなのだが、進は三度合田に向き直る。


「そうだ。最後に俺から一つアドバイスをあげるよ」

「……え?」


 進の言葉に、合田が手を上げて顔を覗かせる。


「これは恐らくだけど、あんた、自分の部屋の掃除を殆どしていないだろう?」

「な、なんだよ突然……」

「いいから。前に部屋の掃除をしたのはいつだ?」

「……わからない。掃除なんてここ数年したことない」

「なるほど。これで合点がいった」


 何故そんな話をするのかわからないといった合田に、進は何度も頷く。

 舞夏は進が何を言わんとしようとするのか理解したようで、呆れたように肩を竦める。

 そんな舞夏を見て、進はバツが悪そうな顔を一瞬するが、すぐに気を取り直し、顔を取り繕って合田に向かって語りかける。


「いいか? あんたが今まで失敗続きだった理由、それは部屋の掃除をしてこなかったからだ」

「な、なん……だって?」

「ああ、皆まで言わなくていいよ」


 訝しげな顔をする合田を進が先に手で制す。


「言いたい事はわかるから。でも、騙されたと思って一年、毎日部屋の掃除をしながら頑張ってみな」

「……それだけでいいのか?」

「ああ、それで結果が出なかったら、その時は盛大に文句を聞いてやるよ」


 それだけ言うと、進は唖然と佇む合田を置いて振り返り、舞夏と歩に優しく笑いかける。


「帰ろう……皆が待ってる」

「そうね。帰りましょ」

「うん。おうちに帰ろう」


 二人は笑顔で頷くと、怪我をしている進を支えるようにして歩き始めた。

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