シーソー
「はあ……はあ……どうにか用意できました」
流れる汗を拭いながら、進は自分の成果を眺めた。
進が用意したのは、大きなドラム缶と、それなりに長さのある鉄板を数枚。そして、ゴミの山をバラし、芸術的なバランスで作られた、高さだけは充分なもう一つのゴミの山だった。
飛び交う銃弾の中を掻い潜って荷物を運ぶのは、ハッキリ言って至難の業だった。
武器を持っていない進が直接狙われる事はなかったが、それでも流れ弾や跳弾が体の近くを掠め、その度に肝を冷やした。
たった五分足らずでこれだけの物を準備できた自分を、進は誇らしく思った。
「うん、よく頑張ったね」
城戸も進の仕事振りに満足いったようだった。
「それで、これで一体何をするのですか?」
これから何が起こるのかは、想像だに出来ない。
「その前に、進君は体重何キロ?」
「え? 何です。突然……」
「いいから!」
一瞬何の冗談だと思ったが、城戸は何処までも真顔だった。
その態度に、進は怪訝に思いながらも自分の体重を告げる。
「え……と、確か五十八キロだったと思いますが……」
「なるほど……大体、目測どおりだね」
城戸はブツブツ言いながら、地面に倒したドラム缶を足で転がす。
「カオルちゃんの体重が百二十キロだから……」
「失礼ね! 私の体重は百十八キロよ!」
「だとすれば、これだけの長さがあればいいか」
白鳥の抗議を無視して、城戸は鉄板の中から自分の身長より長い鉄板を一枚選び、倒したドラム缶と合わせると、即席のシーソーのような物を作った。
最期に城戸は上を見上げると鉄板の微調整を行った。
「よし、こんなものかな?」
「まさか……」
ここまで来ると、流石の進でも、城戸が一体何をしようとしているのか理解できた。
下にはシーソー、上を見上げれば最終目的地と思われる教祖の部屋。そして、進と白鳥の体重を確認したとなれば、答えはもう出たも同然だった。
このシーソーの片側に、積み上げられたゴミの山から勢いをつけて誰かが飛び降りて、反対側に乗った人物を飛ばして一気に教祖の部屋へと突撃しようということだろう。
そして、その対象となる人物は、先程体重と聞かれた二人、進と白鳥で、そのうち体重が軽い進が飛ぶ方に回るのは、必定と言えるだろう。
確かに、これを使えば一気に教祖の部屋へと突入出来るかもしれない。
だが、一歩間違えば壁に叩きつけられ、地面へ落下して死んでしまう。
「大丈夫だよ」
シーソーを見て顔を真っ青にしている進に、城戸が思わず苦笑する。
「こっちに乗るのはカオルちゃんだから。進君には、あっちから飛び降りてもらうよ」
「え? で、でも、体重が軽い俺がこっちに乗った方が……」
進が正直な感想を述べると、城戸は神妙な顔をしてかぶりを振る。
「進君。これは遊びじゃないんだ。一番大事なのは、舞夏ちゃんたちを確実に救出すること。その為に必要なのは最善の手を尽くすことなんだ」
「そう……ですよね」
その言葉に、進は安堵の息を洩らすと共に、人知れず落胆した。
それは、危険な目に遭わずに済むと同時に、進がこの場では役立たずだという事を告げられたようなものだからだ。
「じゃあ、僕はカオルちゃんと優貴さんに作戦を説明してくるから」
城戸は杖代わりの棒を手に、優貴の下へと歩いていった。
「……はい」
そんな城戸の背中を見つめながら、進は呆然と立ち尽くしていた。
舞夏と歩を助けに来たのに、ここまで何の役にも立っていない。
このままでいいのか? という思いが進の中にどんどん膨れ上がってくる。
自分はここに何をしに来たんだ。
二人を助けるのは、自分しかいないと誓ったんじゃないのか。
役に立たないと言われたからって大人しく従うだけでいいのか。
進は教祖の部屋を睨むと、血が滲むほど拳をきつく握る。
「そうだ……」
「このままで言い訳がないとか言って、勝手なことはしないでね」
進が結論を出す前に、城戸から釘をさす言葉が投げかけられる。
「進君がそれなりの覚悟を持ってここに立っているのは、僕も充分理解しているよ。だけど、だからと言って、作戦の輪を乱すのだけはやめてくれないかな」
「でも……」
「でもじゃない。これは人の命がかかっているんだよ? 進君の勝手な行動が原因で誰かが死んだ時、君はその責任を取れるのかい?」
「そ、それは……」
城戸からの言及に、進は言葉を詰まらせた。
それだけ城戸の言葉は重かったのだ。
進にとって、自身の行動の結果、自分自身が傷つくのは構わない。それで命を失うことがあっても仕方がないとさえ思っている。だが、それが原因で、自分ではない誰かが傷付く、最悪死んでしまうという事態には到底耐えられそうに無かった。
進が何も言えないでいると、城戸は指示を待つ白鳥へと声をかける。
「おまたせ。それじゃあ、カオルちゃん」
「ここに立てばいいのね?」
白鳥は進に「よろしくね」と言ってウインクすると、シーソーの上に立った。
それを確認した城戸は、改めて進に向き直る。
「進君。大丈夫かい?」
「……大丈夫です」
「そんなに気を落とさないでよ。大丈夫、進君の出番はすぐやって来るから」
城戸は優しく、慰めるように進の肩を叩くと、ゴミの山へ登るように指示した。
「はい、わかりました」
進は城戸の指示に従い、ゴミの山を登り始める。
その足取りは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
まだ納得出来ないことはあるが、今から行う行為は、白鳥の命がかかっているのだ。
もし、中途半端な事をして、白鳥に何かあっては後悔しても仕切れない。
だから進は、与えられた役割に全力で当たることにした。
それに、城戸が言っていた「すぐに出番が来る」という言葉もある。
ここでしっかりしなければ、それこそ役立たずの烙印を押され、次の出番すらなくなるだろうから。




