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城戸裕也という男

「少しは満足したかい?」

「はい、その……本っ当に申し訳ありませんでした」


 もう何度目になるかわからない謝罪の言葉を口にする進に、ドリンクバーで作った乳白色のよくわからない飲み物を飲んでいる城戸は、苦笑しながら口を開く。


「いや、もういいって。それより、そんなにお腹空かしているなんて、ご飯はちゃんと食べてるの?」

「え? あ、はい。それはモチロン。今朝はちゃんと食べましたよ」

「今朝はって!? じゃあ、お昼はどうしたのさ?」


 驚きに目を見張る城戸に、進は照れたように告げる。


「その……高校は給食がないので……」

「まさか、食べてないの?」

「え……と、その……はい」


 城戸の問いに、進は恥ずかしげに頷いた。

 進の通う公立高校には、購買こそあるものの学食はない。

 学食ならリーズナブルな値段でそれなりの食事にありつけるが、購買で売っている物は、そこらのコンビニで売っているパンやおにぎりと値段や量が変わらない。

 自宅から弁当を作って行くというのも手だが、給食がある歩や、学食があるという舞夏に悪いと思い、進は二人に購買で買って食べるから心配しなくていいと嘘をついて、節約の為に昼食は食べないでいた。

 その所為で、仕事の最中に空腹で倒れそうになることが度々あったが、今はそれ以上に貯蓄を作っておきたかった。

 進からの説明に、城戸は手にしていたグラスを置いてかぶりを振る。


「進君、ハッキリ言うけど、その考えは間違っているよ」

「わかってます。でも今は少しでも蓄えて……」

「いや、わかってない。進君は何もわかっていないよ」


 胸の内を吐露する進の言葉を遮って、城戸が真摯な声で語る。


「お金が無い状況で、そうやって無理をしたくなる気持ちはわかる。でも、そんな生活をしていると、自分でも気付かないうちに体を壊し、結果として皆に迷惑をかけることになるんだよ」


 城戸は、マドラーでグラスの中身を攪拌させながら、物憂げな表情で口を開く。


「僕の家はね、知っての通り普通の中流家庭なんだけど、少し事情が違うんだ」

「事情……ですか?」

「うん、実は僕の下に妹が五人いるんだ」

「五人!? そんなにですか?」

「驚いただろ? 二つ下と、四つ下、更にその下に八つ違う三つ子の妹がいるんだ」


 驚きで言葉を失っている進を見て、城戸は苦笑を浮かべる。


「流石に両親も最後の三つ子までは想定してなかったみたいでね。僕たちの前では平気な顔をしているけど、家計はそんなに余裕はないと思うんだよ。でも親からしてみたら、出来れば全員ちゃんと大学行かせてやりたいじゃん」

「それは……そうですね」


 進も、歩を大学に行かせたいと思っているので、その気持ちは充分理解できる。


「でも、いまの大学って凄い金がかかるんだよ。その為に誰でも取れる奨学金制度があるんだけど、これが結構酷い精度でね。簡単に説明すると、大学に入る為に八百万近い借金を背負わされるものなんだよ」


 奨学金である以上、当然ながらそのお金はきちっと返済しなければならない。ちゃんと学業を修め、無事に就職が決まれば容易ではないものの、奨学金を返済するのは可能だろう。

 だが、言うまでも無く今は不況の真っ只中で、大学生の就職は混迷を極める時代だ。

 一応、卒業後も何年かは奨学金の返済を待ってはくれるが、その間に就職出来なかったと考えると、その先の人生を想像するのは、正直憚れる。

 現実を知った城戸は、そのような後ろ向き名気持ちを、妹たちに味合って欲しくないと考えた。その為には、自分が金を稼ぎ、自分の分だけじゃなく、妹たちの分の学費を稼ぐしかないとも……


「だから、お金持ちの女性に自分を売るような真似を始めたんですか?」


 その言葉に、城戸は頬を赤らめ、どこか照れくさそうにかぶりを振る。


「まさか、僕も最初は普通に働いたさ。ただ、何処かに焦りがあったんだろうね。可能な限りバイトを掛け持ちして、昼夜問わず働き、食事や睡眠を限界まで我慢したものさ」


 しかし、そんな生活が当然長続きするはずもなく、


「半年もしないうちに体を壊して、長期間入院する羽目になってしまったんだ。それで、両親に黙ってバイトを何個も掛け持ちしてたのがバレたんだけど……」


 溶けて氷が溶けて水だけになったコップの中身を攪拌しながら、城戸は悲しげに顔を伏せる。


「その時に見た、母親の泣き顔が今でも忘れられないんだよね。少しでも両親の負担を減らす為に、妹たちに僕と同じ思いをして欲しくないと思って始めた仕事なのに、結果として、両親に余計な心配をさせ、母親を泣かせてしまったんだ」

「そう……ですか」


 今にも泣き出しそうな表情の城戸に、進はかける言葉が見つからなかった。


「それから色々あって、今の生活を得てから僕は決めたんだ。もう二度と無理はしないってね。だから進君、お願いだから君も無理だけはやめて欲しいんだ。君のためじゃなく、舞夏ちゃんや歩ちゃんのために、ね?」

「はい……わかりました」


 項垂れて首肯する進を見て、城戸の顔にようやく笑顔が戻る。


「話が少し脱線しちゃったね。そろそろ本題に入ろうか?」

「あっ……は、はい」

「おいおい、しっかりしてくれよ。どうして、舞夏ちゃんがすぐ見つかるから心配しなくていいって話の途中だったろ?」

「そ、そうでした」


 その一言で今の置かれている状況を思い出した進は、両頬を叩いて気を入れ直す。冷えた水を一気に飲み干し、空になった食器を脇へどけて城戸の話を聞く姿勢を取った。

 進の態度に、城戸は満足気に頷くと、両手を組んで机に肘を突いて顎を乗せる。


「今まで進君に言ってこなかったんだけど……」

「は、はい」

「実は、僕は……いや、僕たちはね?」

「…………ゴクッ」


 深刻な空気を察した進は、固唾を呑んで城戸の次の言葉を待つ。


「この街の汚れを落とす、掃除屋なんだ」


「………………………………………………………………はい?」


 全く予想だにして無かった城戸の言葉に、進は思わず机からずり落ちそうになった。

 そんな事を今更言われなくても、十二分に理解している。


「き、城戸さん? 一体何を言って……」

「僕は街の掃除屋だと言ったんだよ?」

「こ、こんな時にふざけないで下さい!!」


 進は怒りの形相を露わにし、今にも飛び掛りそうな勢いで怒鳴るが、城戸は余裕の笑みを崩さない。


「ふざけてなんかいなさ。僕たちが街の掃除屋であるからこそ、舞夏ちゃんが何処の誰に連れ去られようとも、見つけられるのさ」

「え?」

「この街の人は、汚れに非常に敏感でね……っと、噂をすれば」


 すると、城戸のスマートフォンから軽快な音楽が鳴り出す。

 素早く操作をし、画面に表示されたものを見た城戸は、スマートフォンをしまうと同時に立ち上がり、進に手を伸ばす。


「それじゃあ進君、行こうか」

「い、行くって何処にですか?」

「そんなの決まっているじゃないか」


 普段は温厚で、物腰が柔らかい城戸にしては珍しく、整った顔を嗜虐的に歪めて笑いながら告げる。


「汚れを落としに行くんだよ」

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