ミートドリア
ディナータイムが過ぎたファミレスは、家族連れに変わる新たな来客、仕事帰りのサラリーマンや、一人暮らしの若者で賑わっていた。
流行曲をアレンジしてオフボーカルにした軽快な音楽と、楽しげに談笑する声に、ここを訪れる者が例え家族ではなくとも、それと変わらない暖かで優しい雰囲気に包んでくれる事が伺える。
そんな中、禁煙席の一番奥に座る二人だけは、少しだけ他と様子が違っていた。
「こんなところで、のんびりしている暇なんてないんです!」
進はテーブルを強く叩いて立ち上がり、目の前に座る城戸に抗議の声をあげた。
突然の大声に、何事かと思った他の客からの視線が進に集中するが、進は一向に気にしない。
しかしそれは、前に座る城戸も同じようで、
「それより進君。せっかくの料理が冷めちゃうよ?」
周りからの視線に気付いた様子も見せず、この店で一番安いミートドリアを租借しながら顎で進に座るように促す。
「食事ならファミレスじゃなくても、もっと早く食べれるところですませば……」
ファーストフードにでもすれば、テイクアウトも出来るし、食券で食べるような前会計の店ならば、いざという時に直ぐにでも動き出せる。だというのに、なんでわざわざファミレスなのか? 進にはそれがわからなかった。
「嫌だよ。霞さんから奢ってもらうはずだったご馳走を食べ損ねた所為で、腹が減って死にそうなんだ。それと、あてがないのにがむしゃらに動いた所で余計な体力を使うだけだ。今は体を休めて、いざという時に備えるべき。違うかい?」
「それは……」
「それに心配しなくても、二人を見つけるのは時間の問題さ」
「え?」
その言葉に、進は思わず目の前に座る城戸を見やる。
城戸の言葉には、舞夏たちが何処にいても、絶対に見つけられるという確信があった。
ここに来て城戸が行った事と言えば、スマートフォンを操作して誰かにメールを送った程度で、後はのんびりと鼻歌を歌っているだけだった。
それだけで、二人を見つける手筈が整ったという事だろうか?
「どうして、僕がこんなに落ち着いていられるのが気になるって顔してるね?」
城戸は手にしていたスプーンを置き、神妙な顔で進を見上げる。
「…………」
今までの飄々とした態度とは一転して、突然人が変わったかのような城戸の様子と、まるで心を見透かされたかのような口ぶりに驚いていた進は、どうにか頷く。
「じゃあ、教えてやるから座りなよ。奢る側としては、注文した料理に見向きもされないというのは、少し腹が立つんだよ」
「あ……そ、その……すみません」
進は謝罪の言葉を口にしながら慌てて席につくと、スプーンを手に取る。
城戸が奢ってくれると言って注文したのは、目の前の城戸が食べている物と同じ、この店で一番安いドリアだった。
目の前のドリアを食べようと意識し出した途端、進のお腹が思い出したかのように空腹を訴え出す。
「…………ゴクッ」
チーズの焦げた匂いが鼻孔を刺激し、涎があふれ出す。
咽を鳴らして唾液を飲み込む進に、城戸が苦笑を浮かべる。
「ハハッ、遠慮する必要はないさ。早く食べるといい」
「はい……いただきます」
自分がこんなにもお腹を空かしていたという事実に気付いてしまった以上、目の前の誘惑から逃れるはずもなく、進は手を合わせて挨拶をすると、スプーンでチーズの壁を壊しにかかった。
中から出て来たチキンライスと共に口の中へ放り込むと、トマトケチャップの酸味とホワイトソースの甘味、チーズの塩辛さが奏でるハーモニーに思わず溜め息が洩れる。
この店のドリアは、その値段の安さから、進も過去に何度も口にした事があるはずなのに、城戸から奢ってもらったからなのか、それともそれほどまでに空腹状態だったのか、今までに食べたドリアより、格段に美味しかった。
「やれやれ、そんなに慌てなくてもご飯は逃げないから……ね?」
「……ふぅ……あぐあぐ」
「……って全然聞いていないね」
我を忘れたかのようにドリアを食べ続ける進に、城戸は呆れたようにかぶりを振って肩を竦めた。




