眠れる座布団の幼女
不思議な表情を浮かべた優貴を見送った後、進と舞夏は並んで家の扉を抜けた。
思ったより遅い帰宅なり、歩には悪い事をしてしまった。
それでも、進の手の中には優貴から貰った新しいケーキがある。
サイズこそ最初買った物より小さくなってしまったが、それでも眺めるだけで笑みがこぼれ、口にすれば嫌な事なんて全て忘れてしまうだろう。
進は逸る気持ちを抑え、勢いよく居間への戸を開いた。
「ただいま、歩。遅くなってゴメン!」
戸を開いた進は、開口一番謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
「……って、あれ?」
しかし、この部屋に居るはずの歩から罵倒の言葉はおろか、これといった反応すら返ってこなかった。
顔を上げて部屋の中を見回してみると、テーブルの上にひっくり返って駄目になってしまったケーキと、ロウソク、マッチが乱雑に置かれ、ケーキが落ちた場所には汚れを落とそうとしたのか、ティッシュの白い山が出来ていた。
歩が精一杯綺麗にしようと思ったのだろうが、肝心の歩の姿が見えなかった。
怪訝に思いながら歩の姿を探していると、
「進、あれ」
「え?」
何かに気付いた舞夏に肩を叩かれた。
指差された方向に目をやると、
「歩?」
居間の端、来客用の座布団が積まれた一角から、小さな足が覗いているのを見つけた。
恐る恐る近付いて座布団をどけてみると、
「……寝てる」
そこには、穏やかな表情で、安らかな寝息を立てている歩がいた。
無邪気に寝ているその姿は、まるで絵本で見る、お伽の国の呪いに掛かったお姫様のようで、進と舞夏は暫し歩の寝顔に見惚れていた。
天使のような寝顔を、いつまでも見たいと思いたい進だったが、
「後片付けをして、俺達も寝ようか?」
「……そうね」
主賓である歩が寝ていては、これ以上パーティーを続ける意味はない。
ケーキの賞味期限は今日までとなっているが、冷蔵庫に入れておけば、半日くらい大丈夫だろう。
そうと決まればと、進と舞夏はなるべく音を立てずに静かに片づけをしていく。
絨毯に落ちたケーキの跡は、濡れた雑巾で拭いた後、乾拭きしていく。
時間が経ってしまった所為で少しシミになってしまったが、こればかりは仕方ない。
「う~ん、取れないな」
「仕方ないわよ。そこまでシミになっちゃったら、もう取るのはほとんど不可能よ」
無駄な努力はしない、と舞夏は絨毯の汚れには目もくれない。
対する進は、腕組をしたまま絨毯の汚れを暫く眺めていたが、
「いや、逆に考えるんだ。むしろ、これは汚れではなく記念だ、と」
「はあ?」
突然、拳を振り上げて力説を始める進に、舞夏は呆れ顔になる。
「この汚れがあったから、俺達は今までより一歩進んだ関係になれたんだ。だから、この汚れに感謝して、これは大事に取っておこう。うん、それがいい」
進は絨毯についた汚れを、まるで哀願動物を愛でるかのように優しく撫ではじめる。
自分の言葉に酔っているのか、うっとりとした表情で汚れを撫で続ける進を、後ろで見ていた舞夏は、
「……今度の休みに、新しい絨毯を買いに行こう」
見なかった事にしようと決め、まだ残っている片づけを黙々とこなした。




