家族になりなさい
舞夏は五分ほど泣いた後、ゆっくりと進から離れると、目尻を拭いながら無事を示すように笑う。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だから」
「そう。お役に立てて光栄だよ」
まだ目こそ赤いものの、見た目はいつもの舞夏に戻った事に進は安堵する。
この様子なら、話を元に戻しても大丈夫そうだった。
「さっき言ってた俺が知っておいた方がいい話ってのは……」
「あの人のことよ。もしかしたら進にも迷惑をかけることになるかもしれないから」
「迷惑? でも、家出してから一度も会ってないんでしょ?」
「ええ。でも、優貴さんの話だと、あたしが家出したその日から、ずっとあたしを捜してるみたい」
舞夏は見えない合田に怯えるように、自分の体を抱くように縮こまる。
「で、でも、一年も見つかってないんだ。きっともう大丈夫だよ」
「そう……だといいんだけどね」
進の言葉にも、舞夏は何処か納得がいっていないようだった。
恐怖の対象に追われている。
その見えない恐怖に、舞夏は心底怯えているようだった。
顔にはうっすらと汗が浮かび、自分を抱く手は小さく震え続けている。
ここまで相当無理をして自分の過去の話をしてくれた舞夏だったが、ここら辺りが限界だろう。
そう感じた進は、舞夏に家へ戻ろうと声をかけようとした。
「あの……」
「お前たち、こんなところで何をしているんだ?」
しかし、進が声をかけるより先に、いつの間に現れたのか、公園の入り口に立った優貴が、キョトンとした表情で声をかけてきた。
「夜遅くに男女二人で密会とは……まさか、お前等……」
愕然とする優貴の指摘に、二人は途端に慌て出す。
「ち、違います」
「そうです! 何であたしがこんな奴と!」
優貴の言葉に、顔を真っ赤にした舞夏が反射的に進を突き飛ばす。
「おわっ!?」
かなり強い力で突き飛ばされた進は、尻餅をつくと同時に、
「ぐふぅ……」
ブランコを支える鉄柱に、強かに後頭部を打ち付けた。
「おいおい、大丈夫か?」
後頭部を押さえながら地面を転がり回る進に、優貴が慌てて駆け寄って助け起こす。
「いっ痛ぅぅ……すみません」
「気にするな。それより打ったところを見せてみろ」
「だ、大丈夫です。たいしたことありませんから」
「そういうわけにはいかない。頭はちょっとした怪我が大惨事になる可能性がある」
優貴は進の背後に回ると、羽交い絞めにして先程打った箇所を遠慮なく触る。
「あだだだだ!」
「ふむ。幸いにも瘤になっているな。よかったな。これなら医者に行く必要はない」
診断結果に満足した優貴は、あっさりと進を解放する。
優貴は続いて居心地悪そうに佇んでいる舞夏を睨む。
「冗談のつもりで言ったんだが……そこまで過剰な反応をするとは思わなかったぞ」
「い、いや……その……」
「それと、こんな時刻にお前等がここにいて、歩ちゃんは心配しないのか?」
「「あ……」」
その一言で、進と舞夏は家で待っている歩の事を思い出した。
気が付けば、結構な時間が経ってしまっているはずだった。
こんな時刻に、小さい歩が家で一人寂しく待っていると思うと、進は居ても立ってもいられない気持ちになる。
それに、せっかく買ってきたケーキも駄目にしてしまった。
歩はきっと、終わってしまった祭りみたいに寂しい気持ちで一杯だろう。
「こうしちゃいられない。早く家に戻ろう」
「そうした方がいい」
優貴は深く頷くと、
「ただその道すがら、二人が何を話していたか聞かせてもらうがな」
「そ、それは……」
「まさか嫌、とは言うまいな? 私は隠し事をされるのが大嫌いなんだ」
話すまでは絶対に逃がさない、と優貴は目を光らせ、獰猛な犬歯をむき出しにして笑った。
この絶望ともいえる状況に、進と舞夏は特に悪い事をしていたわけでもないのに、青い顔をして互いの顔を見合わせた。
それから舞夏は公園での出来事を、優貴に包み隠さず報告した。
「そうか、話したのか……」
薄暗い住宅地、咥えたタバコの火の向こうで優貴が悲しげに微笑む。
「はい、これから暮らしていく上で、避けては通れない道だとおもいましたから」
「うむ。確かに……だが、進君。舞夏があれだけ嫌がっているのに、それを無視して火を点けるとは、男の風上にもおけん所業だな」
「うっ、あの……その……すみません」
優貴からの呆れと怒りがないまぜになったような視線に晒され、進は自分をこれ以上ないほど体を小さくしていた。
そんな感じで猛省している進を見て、優貴は小さく噴き出す。
「フッ……まあ、それだけ妹を思ってのことだろうが、これからはその目を舞夏にも向けてやってくれ」
「ちょっ、ちょっと優貴さん」
「いいじゃないか。進君のそういった一本気なところを私は買っているのだ。彼に思ってもらえれば、決して悪い思いはしないはずだぞ」
「ですが……」
「お前が他人、特に男を忌避する気持ちはわかるが、それではいつまで経っても前には進めんぞ。別に恋仲になれと言っているわけじゃない。家族として付き合ってみたらどうだと言っているんだ」
「家族……」
「そう難しく構える必要はない。ただ、お互いに言いたい事を言い、問題に直面したら助け合う。それだけだよ」
「それだけ……ですか?」
舞夏の疑問に、優貴が鷹揚に頷く。
「ああ。平たく言えば、遠慮せず好き勝手に付き合えという事だ。まあ、今日のお前等を見る限りじゃ、その心配は杞憂のようだがな」
優貴がそう話を締めくくると同時に、視界に我が家である社員寮の姿が見えてきた。
家の前まで送ってもらって進たちは、優貴に別れの挨拶をして家に戻ろうとすると、
「ああ、進君。ちょっと待て」
優貴が右手にぶら下げていたビニール袋を差し出す。
「歩ちゃんの退院祝いだ。時間が遅くてコンビにで買ったものだが、よかったら皆で食べるといい」
「あ、ありがとうございます。これは?」
「ケーキだ。もしかしたら、そっちで準備しているかと思ったが、若いのだからケーキの二つくらい余裕だろ?」
ニヤリ、と笑って差し出された袋を受け取った進は、舞夏と顔を見合わせると、
「調度ケーキが欲しかったんです。助かりました。ありがとうございます!」
「優貴さん、サイッコー! 愛してます!」
夜遅いのも構わず、二人して大声で感謝の声を上げた。
「な、何だお前たち、二人して気持ちが悪いじゃないか」
進に何度も頭を下げられ、舞夏には突然抱きつかれた優貴は、珍しく動揺していた。




