流刑地
「そなたの役目は地上へ行くことだ」
アイトス・エルピス・クリュスタロスは、地上へ送られるために生まれてきた皇子だ。
幼い頃は、それを誇りに思っていた。
「私には地上で特別な使命がある」
そう信じていた。七歳になる頃までは。
「汚染された地上に追いやるなんてかわいそうに」
「罪人が住む地上に役目があるなんて混血皇子にふさわしいな」
「高位の能力のない王族なんだから地上が御誂え向きだ」
毎日、どこからともなく囁き声が聞こえた。
本当に聞こえてくるのか、自分の頭が勝手に作り出しているのか。アイトスは自分でもわからなくなっていった。
「地上は罪人が送られる場所、流刑地だ」
地下エルピスと地上カイノスを繋ぐ最奥の境界。王城から乗り継いだ昇降機の扉がゆっくり開いた。
4人の従者に続いて、アイトスは生まれて初めて地上の土を踏んだ。
(地下エルピスと変わらないな)
「おめでとう諸君。地上カイノスは君たちを歓迎する」
呼吸器越しのくぐもった声が静かな洞窟に反響する。
王族の一団と知らぬのか、知っての不遜な態度か。従者が身構える。
岩肌が剥き出しの四方は、見飽きた地下となんら変わりなく、「地上だ」と言われても実感がない。
頭頂から足先までぴたりと身体に密着した防護スーツは、鉱物の青い光沢を帯びている。ゴーグルと呼吸器に覆われた顔からは、この検問官が男か女かさえ判別できない。
「迎えは君だけか」
従者のアラ・ガイが冷たい声で聞く。
検問官の回答を得る前に、左奥の扉が開き、急に騒がしくなる。
老若男女の地下の民十数名と、それらとは明らかに扱いが違う、車椅子に縛り付けられた大きな袋。
アイトスが民の目につかぬよう、従者らが立ち位置を変える。
子どもを含むその一行はヒソヒソと何かを囁き、暗い洞窟の中を忙しなく見まわしている。
民の一行の後方から、先の検問官と同じ完全防備の者が前に進み出る。
「流刑第一陣13名到着しました」
報告を受けた検問官は、応えもせず記録盤を操っている。記録盤が発するほの青い光で、ゴーグルの奥の丸い瞳が明らかになった。
「あの、ウパルさん?」
民を率いて来た検問官がそう呼ぶのを聞いて、騒がしさが一層増した。
「ウパルさん?あなたが?」
流刑と言われた一行から赤子を抱いた女がウパルに近寄る。
「ウパルさん、私、、、」
その場で膝をつき、声を詰まらせる。
一行からはうめくような声と啜り泣きが聞こえてくる。
ウパルは女性の背に手を回し、眠る赤子の頭を撫でた。
「ようこそ。カイノスへ」
先ほどの威勢の良い声ではなく、落ち着いた声だ。女性が立ち上がるのを手伝い、一行に向かって再び声を上げる。
「おめでとう諸君。地上カイノスは君たちを歓迎する」
あぁと歓声が漏れ、両手を突き上げて歓喜する者もいた。
タイミングを失っていたアラがウパルに顔を寄せる。
「おい。無視するな」
「ああ!調査団の皆様。早いですね。申し訳ない」
黒灰色の防護服に顔を晒した男が、ゾロゾロと供を連れて向かってくる。
黒く見えた防護服は僅かな光を拾い、銀の煌めきを無数に巻き散らす。金髪と相まってあまりに場違いであった。
こちらの応えを待たず、男はウパルに声をかける。
「我々の客人だよ。ウパル」
「兄にいさま。承知しました」
男の態度に、アラの怒りが限界に達しそうだ。
「鉱物族、族長代理アダマス・スコペオンです。長時間の上昇、さぞお疲れでしょうが、我が屋敷までの移動、もうしばらくお付き合い頂きたい」
不遜な態度とは裏腹に、声だけは穏やかだった。従者の奥に控えるアイトスを見つけると、アダマスは紅い瞳を少し伏せ、周りには分からぬよう挨拶をした。
従者らが挨拶をしている間、アイトスは流刑人となった地下の民たちを見ていた。
鉱物製の防護服に着替え、収監先へ移送するとウパルと呼ばれた検問官が説明している。
1人の子どもが待ちきれないと言うようにウパルの声を遮った。
「今日星は、星は見れますか」
「残念ながら、今晩は雨で星は見れない」
「あ!雨ですか?!雨も見たいです」
子どもの興奮した声が反響し、大人たちも笑う。
「雨で本当に幸運だ。大蜘蛛たちは雨を嫌うからね。星空は、これからの楽しみにとっておいで」
流刑人と検問官の会話とは思えない、まるで旅行にでも来ているようだ。
(これが今から流刑される者の態度か?)
「それでは、始めようか」
団体を移動させるウパルの背に、アイトスが声をかける。
「検問官殿!我々も、君たちと共に行こう」
何を言い出したかと従者たちが一斉にこちらを見る。
「我々は調査団だ。流刑人を見届けずしてどうする」
「おっしゃる通りですね。それでは、流刑人と共にご同行頂こう」
いつの間にかゴーグルと呼吸器を装着したアダマスは、付き人に指示を出し自分はどこかへ立ち去った。
(いよいよ、死地へ踏み入れるのか)
アイトスは奥歯を噛み締めていた。
渡されたサファイアの欠片に触れる。
次の瞬間、身につけていた衣服が青い防護服へと変わった。
手のひらには、代わりに小さな種が残されている。その種をアラに投げ渡した。
「投げることないでしょう」
アラは腰に下げた袋から輝く小箱を取り出し、小さな種をしまった。大柄な身体に似合わず細かい作業も器用にこなす。
「鉱物とは思えない軽やかさですね」
従者のヴェルデ・ロータスは、眼鏡の上に重ねたゴーグルを曇らせながら、しきりに何かを呟いている。
しばらく徒歩で移動する。洞窟を抜けたはずだが、そこには洞窟以上の暗闇があるだけだった。
掲げたランタンが狭い範囲を照らし出す。上部から何かが絶え間なく落ちては地面を打ちつけていた。
(この音は)
地下には、太陽光を取り込むための天窓がある。地上に開くことのない厚い窓だが、雨が降れば、そのガラスを打つ音だけが届く。
地下の人間にとって雨は音だけの現象だった。
アイトスは、そこにあるという天を仰いだ。
パラパラパラパラ
ゴーグルに打ちつけた無数の水滴が、互いに結びついて、流れ落ちる。
鉱物繊維の防護服では雨の温度も、肌にあたる感覚も鈍い。
それでも、絶え間なく打ちつける小さな粒にアイトスは打ち震えた。
「雨も見たいです」先ほどの子どもを思い出し、声を上げて笑う。
突然笑い出した主人に従者らがギョッとして振り返る。
「私も雨が好きです」
流刑人たちの段取りを済ませたウパルが姿を現した。
「移動の邪魔がいないので」




