プロローグ 改造人間、ダンジョンに立つ。
「――ちょっ!? く、来んな! 来んなってー!!」
前方の空間から、女性の悲鳴が響く。
それと、何か柔らかいものを叩くような音も。
「ギャッ!」「ギギギギ!!」「ギャウウ!!」
風に乗って届く生臭い体臭と、重なり合った声。
かなりの数の『何か』に囲まれているようだ。
「ふっ!」
息を吐き、足を強く踏み込む。
足元のアスファルトが砕け、景色が加速する。
瞬く間に声のする場所――だだっ広い駐車場の一角にたどり着いた。
「こんのぉッ!」「ギャビ!?」
そこでは、動きやすそうな格好の上にプロテクターとヘルメットを着込んだ女性が鈍器……金属製の棍棒を振るって緑色のヒトガタと戦っていた。
身長140㎝程度の小人……『ゴブリン』だ。
棍棒が半分以上頭にめり込んだゴブリンは、血を吐いて倒れる。
強い、女性の力とは思えない。
――しかし、数が違う。
彼女の周囲は20匹以上のゴブリンに囲まれていて、すぐさま別の1匹が背後から飛び掛かった。
そのゴブリンは、手に持った粗末なナイフを彼女の肩口に振り下ろす。
「いぎッ!?」
プロテクターの隙間に刺さったナイフの痛みによって、女性は動きを止める。
それは、集団戦における絶望的な『隙』だった。
ゴブリンたちが一斉に目を輝かせ、体を折った彼女に襲い掛かる。
このままでは、ズタズタの挽肉にされるか……それとも、『もっとひどいことに』なるだろう。
だが――俺が間に合った。
「せぇえあッ!!」「ゲウッ!?!?」
走り込んだ勢いのまま、踏み切った右足。
強化ブーツに包まれた足裏が、ゴブリンの首をへし折って千切り飛ばす。
「――ッハァ!!」「ギャバ!?」「ッガ!?」
その場で着地し、女性に群がっているゴブリン2匹を殴って剥がす。
「え!? えぇ!? だ、誰ェ!?」
「通りすがりだ――下がっていろ!!」
こちらを見る女性は……思っていたよりも若かった。
170中盤くらいで背が高いから同年代かと思ったが、もっと下だな。
ひょっとしたら学生かもしれん……滅茶苦茶だなこの世界は。
「ギャア!」「グオルル!」「ギギギギ!!」
仲間が合計4匹死んだというのに、ゴブリン共は戦意が旺盛だ。
距離を取ってこちらにじりじりと迫ってくる。
それに……
「や、やっばぁ……チャンピオンじゃん……!」
背後の女性が言うように、ゴブリン共の背後に2メートル前後の緑色の巨体。
ゴブリンの上位種、『ゴブリン・チャンピオン』だ。
歪な金属製の大剣を持ち、俺を睨んでいる。
運が悪いな、『この階層』にはほとんど出現しないのに。
「お、オニーサン! 助けてもらったのはアリガトウだけど……逃げた方がいいし! 素手じゃ無理だよォ!!」
切羽詰まった声。
ここまで来て、退けるもんじゃない……が、このままでは楽に勝てんな。
彼女は怪我をしているし、あの肩の様子では戦闘も無理だろう。
悠長にしている時間が、ない。
――やるか。
「――っふ!」
左手を握り、そして手の甲を下にして引き……空手の型のように腰の横に当てる。
精神を統一しつつ右手を開き、カギ爪のようにして勢いよく前に出す。
「こぉおぉお……!」
強く息を吐きながら、虚空に右手を躍らせる。
抉るように空間に大きく描く――『α』の文字を!
「――着甲ッ!!」
――どくん、と心臓が脈打つ。
激しい血流の音が、耳に響いた。
一瞬、体の周囲が光り輝き――ゴブリン共の目をくらませる。
それと同時に、俺の体が瞬時に『変わり』始めた。
着込んだロングコートの内側、シャツとズボンの周囲に――虚空から出現するに微小な装甲板。
時間にして1秒以下で――それらは俺の体に張り付き、包み込んだ。
「は!? へ!? な、なんっ!?」
背後から驚愕の声を聞きながら――最後に、顔を装甲板が覆い隠した。
一瞬の暗闇の後、先程よりも何倍も視野が広くなる。
『そこにいろ!』
叫び、飛ぶ。
3メートルほどの距離を一気に詰めて、ゴブリンの眼前へ。
『――はぁあッ!』
踏み込みつつの右正拳。
それは俺の突進に目を見開いたゴブリンの顔面を、豆腐のように貫いた。
肉片と頭蓋骨が吹き飛び、後方のゴブリン共に散弾となって襲い掛かる。
『おぉおッ!!』
右ミドルキック。
まだ状況を理解できていない横のゴブリンの胴体にめり込んだそれは、内臓と撒き散らしながら上半身を吹き飛ばす。
『ぬぅうッ!!』
新しいゴブリンの首を掴み、振り回す。
当たるを幸いと他の個体をなぎ倒し、ゴブリン共の体を破壊していく。
『おうりゃあッ!!』
ゴブリン同士の衝突でボロボロになったそいつを放り投げ、さらに数匹をボーリングめいて倒す。
「ゴウラァアアアアアッ!!」
部下か、それとも肉壁が減るのが嫌だったのか……チャンピオンが大きく吠えながらこちらへ走り出す。
慌てふためくゴブリン共は、その突進に巻き込まれて交通事故くらいの勢いで吹き飛ばされている。
肉壁を自分で減らしている……怒りで前が見えてないな。
こいつは、やりやすい!
『来るか――はぁッ!!』
前に踏み込みつつ、両足に意識を集中する。
踏み切りの衝撃で、地面が割れた。
重力を無視したような軌道で、前方に飛ぶ。
俺の速度に驚いたチャンピオンが慌てて大剣を振り上げるが――もう、遅いッ!!
『ハイ・ヴォルト――!』
握り込んだ右拳が振動し、周囲に小さな稲妻が出現する。
『――ナックルッ!!』
間合いに飛び込みながら突き出した右拳が、チャンピオンの胸板にめり込む。
強靭な肋骨をへし折り、さらに内部へ!
「――ギャバオァアア!?!?」
緑色の血液を噴出させたチャンピオンは、なんとか反撃しようとして――悲鳴を上げた。
俺の拳を起点として全身に叩きこまれた、超高圧の電撃によって。
『――エレクトロッ!』
電撃を放つ拳を引き抜いた勢いで、痙攣するチャンピオンに向かって――腰を回す。
加速した左足が、血を噴き出し続けている胴体に、横からめり込む。
めり込む数瞬前に、ブーツから鋭い電極が飛び出した。
『――コレダーッ!!』
ばづづづ、と轟音が響く。
「ゲウゥウ!?!?!?!?」
鋭い電極から体内に高圧電流を叩きこまれ、チャンピオンの痙攣はさらに激しくなる。
『オォオオオオオオッ!!』
追加でさらに放電すると、チャンピオンの穴という穴から稲妻が飛び出す。
体内を電流で蹂躙され、焦げ臭い臭いを漂わせたまま……チャンピオンは白目を剥いて後ろ向きに倒れた。
「ゲギャガヤ!」「ヴォーッ! ヴォーッ!!」「ギャギャギャ!!」
残った数少ないゴブリン共は、武器さえ放り出して走り去っていく。
視界から消えるまでそれを見つめて……振り返った。
『キミ、大丈夫か?』
へたり込んだ女性に声をかけると……彼女は、何度か瞬きを繰り返した。
そして……目をキラキラさせて口を開いた。
「か……かっけ~! ヤッバ! エッグぅ!!」
……大丈夫、そうだな?
こちらを見つめる彼女の瞳に、俺の姿が映る。
ヘルメット状の頭部に長い触角と、大きな赤い目を光らせ。
全身のスリットが淡く発光する……『改造人間』の、俺が。




