子供編「ぼく、ルシェ?」
直接的ではありませんが、虐待を受けてるっぽい表現があります。(腕を引っ張る描写あり)
その子を見た時、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
真っ黒な髪と紅玉色の大きな瞳。
俯き、不安そうにキョロキョロと落ち着かない姿が小動物のように可愛らしい。
「君の息子は……その子かい?」
戸惑うように言う父の声に思わず隣を見上げる。
「いいえっ、あっ……はぁ、そうですわ」
自分の子を否定する言葉に信じられない思いで継母になる予定の女性を見上げる。
困惑という空気が漂う中、少年の瞳には涙が盛り上がり、こぼすまいとギュッと瞼を閉じる。
その姿があまりに不憫でできるだけ明るい声を出す。
「はじめまして、セドリックと申します。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「まあ、なんて礼儀正しいのでしょう。私はクロディアよ。こちらこそ、よろしくお願いするわね」
クロディアとの会話をそこそこに、少年に声掛ける。
「俺はセドリック、君の名前を教えてくれる?」
腰を曲げ、目線を合わせて問いかける。
もじもじとする姿も可愛らしい。
「ルシェ、ちゃんと挨拶しなさいっ!」
怒鳴られてルシェと呼ばれた少年はビクッと体を震わせる。
俺はクロディアに笑顔を向けると──
「大丈夫です。初めて来たお家に緊張しているのでしょう、ね?」
と、宥め、こちらに任せるようにと父に視線を送る。
「彼のことはセドリックに任せよう。クロディア、君はこちらに」
意図を読み、クロディアを奥へと案内していく。
振り返り、ルシェを睨む目は母親とは思えないもので、それを身に受けたルシェは身を縮め唇を噛んでいた。
「ルシェって呼んでもいいか?」
声をかけると弾かれたようにこちらを見て、視線を彷徨わせると首を傾げる。
ん? とこちらも疑問に思い、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「ぼく、ルシェ?」
「違うの?」
「……たぶん、そう」
多分? どういうことかちゃんと聞いてみないといけないな、と思案しルシェに手を差し出した。
「お部屋で甘いものでも食べよう」
「あまいもの?」
「そう、甘くて美味しいもの。おいで」
おずおずと取った手は小さい。
全体的に小さいのに頭だけが不釣り合いな気がする。
これは、ちゃんと調べないと!
気を引き締めて、小さな手をしっかりと握った。
連れ子がいるというので用意していた部屋には、お菓子や飲み物が準備されていた。
「ここが、ルシェの部屋だよ」
ぽかん、と口を開けたまま室内を見回す。
「ぼくの……へや?」
「そう。弟が出来るって聞いて、嬉しくて俺が選んだんだ。どう? 気に入った?」
ルシェがブンブン首を横に振った。
気に入らなかったと思い、肩を落とす。
「そっか……じゃあ、変えなきゃ」
「ち、ちが……う」
「ん?」
「すごいへやだと……おもう」
「うん」
「でも、ぼくじゃ……」
そこまで言って黙り込み、ギュッとズボンを強く握る。
よく見るとズボンのサイズが大きくて、体に合っていない。
「もしかして……勿体無いって思ってる?」
コクンと頷く。
「この部屋は、嫌い?」
首を横に振る。
「じゃあ、好き?」
少し迷って、コクンと頷く。
「そう、よかった!」
くしゃくしゃと頭を撫でると、驚いたようにまんまるの目で見上げ、ボサボサになった頭を手で押さえた。
「あ! 甘いもの。食べよう」
手を繋いでテーブルに向かう。
椅子に座らせて、果実水を注ぐ。(ルシェが落ち着くまでメイドは離れているように指示した)
ルシェは色とりどりのお菓子を珍しそうに見つめている。
「好きなのを取って食べて」
「すきなの……」
ルシェはしゅんと俯き、固まってしまう。
「どうしたの? 好きなの食べていいんだよ」
ルシェはどうしたらいいか分からない、と困ったように目尻を下げて見上げてくる。
「どれも、たべたことない。すきなの、わからない」
どれでも好きに食べて良いよ、と言う意味で言ったのだが──ここに並んだお菓子は料理人の手作りのもので、手の込んだものではない。どこの貴族家でも出される一般的なものだ。
元は伯爵家と聞いていたが、どれも食べたことがないというのは、相当困窮しているか、与えられていないかだ。
うるっと涙が盛り上がり、口を尖らせるルシェ。
胸が痛い。こんな小さな子が、お菓子を食べたことがないなんて。
それでも困って見上げてくる顔が、潤んだ瞳が、どうしようもなく可愛くて、胸がきゅんと鳴る。
ルシェの涙が決壊しそうになり、我に返った。
「じゃあ、俺のおすすめを選ぶね」
んー、とざっと見ていくつかを皿に載せる。
「どうぞ」
いいの? と目線で聞いてくるからもう一度すすめる。すると、おずおずと一つを摘んで口に入れた。
衝撃を受けたのが見てとれるほど大きく目を見開いている。
一つ食べた後は次々と口に入れて、お皿の上のお菓子が、全てなくなるとこちらを見上げてくる。とても可愛い。
「ここにあるのはどれでも食べていいんだよ、自分で取って食べてごらん」
ルシェは最初に食べたお菓子を選んで食べ、次に食べたことのないお菓子を食べる。
お腹が空いていたのか、次々と手を伸ばしていたが、食べながら涙が落ちていく。ズッと鼻を啜りながらも、お菓子を口に運ぶ手は止まらない。
セドリックは驚いて、ルシェを止めた。
「ルシェ、そんなに急がなくてもお菓子は逃げていかないよ」
「でも、つぎない……かも」
「次もあるよ。ご飯だって……」
そこまで言ってある可能性に思い至った。
ルシェは普段きちんと食事をもらっているだろうか。
ちょっとごめんね、と声かけて袖を捲り上げる。
子供の腕とは思えない肉の薄い細い腕。その二の腕には青あざがある。
「これ、どうしたのか言える?」
ルシェは怯えた瞳で首を横に振る。
無理には聞きだそうとはせずにお菓子をすすめた。
メモに用件を書くとそれをメイドに渡す。
お腹いっぱいになり、ソファで寝落ちるまでセドリックはルシェのそばを離れなかった。
夜、父親の執務室にセドリックはいた。
「メモを読んだ。ルシェが虐待を受けているかもしれないというのは本当なのか」
父の言葉に頷く。
「はい。二の腕に青あざがありましたし、寝入った後に確認しましたが、体にも痣と、古い傷跡も多数ありました」
「クロディアがそれを行っていると?」
「いえ、そこまでは。ただ日常的に受けているのは確かです。それに、食事に関しても満足に与えられていないかもしれません」
はぁ、と父は深いため息を吐く。
「私もルシェを見た時、違和感があったんだ。聞いていた歳の割に小さいし幼い」
「ルシェはいくつなんですか?」
「七歳だそうだ」
どう見ても五歳程度にしか見えない。
「俺と三つしか違わないということですか……」
「お前は十歳にしては大人びすぎているがな。……分かった、私の方で対処する」
「ありがとうございます」
「ルシェはどうする?」
父の言葉にセドリックは自分の希望を伝えた。
翌日朝、メイドがセドリックの部屋へと焦った様子でやって来た。
「ルシェ様のお姿が見当たりません。屋敷からは出ていないと報告を受けております。クロディア様にもすでに報告して一緒に探しておりますが、まだ見つかっておりません」
「分かった。すぐ行く」
クロディアがいたら出てくるものも出て来ないかもしれないなと杞憂しながらルシェの部屋へと向かう。
「ルシェっ! どこにいるの、今すぐ出て来なさい」
廊下の端まで届く金切り声にセドリックは眉を顰めた。
「朝から大きな声を出すのはやめて頂けませんか? 見苦しくて仕方ない」
「なんですっ……て……これは、セドリック様、朝からお騒がせしてしまって申し訳ありません」
謝るクロディアを無視して部屋の中央に立つ。
一周見渡すと、優しく声を掛ける。
「ルシェ、どこにいる? かくれんぼかい? 遊ぶならご飯の後にしよう。部屋の中でやるより庭でやった方がかくれんぼは楽しいぞ」
耳を澄ませると、カサリと音がする。
音がしたベッドの方へ近づくとベッドの下を覗く。壁際に小さくうずくまるルシェがこちらを見ている。
まるで猫みたいで自然と笑みが浮かんだ。
「ルシェ見つけた。遊ぶのは後にして一緒に朝ごはんを食べに行こう?」
そう声掛けるともそもそと中から這い出てくる。
出て来たルシェを抱き止めようとしたが、その前にルシェの腕を無理やりクロディアが強く引っ張った。
「埃まみれでセドリック様に触れることは許しませんよっ! こちらに来なさい!」
「やめろ。ルシェを離せ」
セドリックの強い言葉に二人とも動きを止める。
「ルシェを、離して下さい」
クロディアがパッと手を離すと、ルシェがその場に倒れ込んだ。
「ルシェ!」
ガタガタ震えたルシェが手を伸ばし、掴んだのはセドリックだった。身を丸くしてしがみつく。
「貴女には失望しました。ルシェの母に相応しくない」
「わ、私は貴方の母になるのですよ?」
「さあ、それはどうでしょうね? 父上」
クロディアが後ろを振り返り侯爵の姿を見ると身を寄せ言い訳を始めた。
「こ、これは違うのです。私は侯爵家の皆様にご迷惑を掛けたルシェを躾として叱ろうとしただけで、母というのは叱るものでしょう? あ、愛情です。これは愛情で……」
父は言い募るクロディアを剣呑な目で見る。
「ルシェの体には無数の傷跡があると報告を受けている。あれは、先ほどのような行動によってついたものと容易に想像出来るな。他にも色々とあるようだが」
鋭い眼光で睨まれてクロディアが竦んでいる。
「さて、君との婚約だが無かったことにする」
「え? まさかこんなことで?」
「こんなことで? いよいよ私の女性を見る目が信用できなくなったな。君は侯爵家の妻に相応しくない。すぐにこの屋敷から出ていくように」
「そんな、嘘でしょ……侯爵様。嘘ですよね?」
ドン、と執事によってクロディアの荷物が置かれた。
「お出口までご案内します」
「……のせいよ」
クロディアはルシェを睨んで叫ぶ。
「ルシェ、お前のせいで! お前さえいなければ!」
怯え、ガタガタ震えるルシェを安心させるようにギュッと抱きしめる。
「ルシェは責任を持って侯爵家で預かりますので、お一人でお帰りください。二度とルシェの名を呼ばないように」
ああああと喚き散らすクロディアを警備の騎士が連れて行く。
扉を閉め、耳障りな声を遮断する。
「ルシェ、顔を見せて。わあ、ぐしゅぐしゅだねぇ」
涙や鼻水だらけになったルシェを膝に乗せる。
温かい濡れタオルで、顔を拭き綺麗にする。
「着替えたら朝ごはんを食べよう。ご飯を食べたら一緒に庭で遊ぼうか。案内してあげるよ」
「……いいの?」
「ん?」
「ぼく、でていかなくてもいいの?」
「うん、ずっと一緒にいられるよ」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
また涙がこぼれ落ちるが、口角はほんの少し上がっている。恐らく笑顔なのだろう。不器用な笑顔だ。
お昼過ぎ、ルシェの部屋にいた。
ルシェはしがみついたまま、眠っている。
両手はしっかりと洋服を掴み、離れるとすぐ起きて泣いてしまうので離れられない。
持って来てもらった本を読んでいると父が部屋にやって来た。
「安心したように眠って……よく懐いているな」
「はい。よく食べて、よく遊んで、よく眠る。これからは子供らしく過ごしてほしいものです」
父が片眉をくいっとあげる。まるで、お前はそんなことしていないのに?とでも言いたそうだ。
「なぜ、ルシェはこの様な目に遭っていたのでしょうか。伯爵家が貧しいわけでもないでしょうに」
「ああ、それは恐らく髪色のせいだろう」
「髪色?」
手入れをされていないのだろう、あちこちはねて荒れた黒髪を見る。
「黒は忌み色というからな」
「……裏庭に、毎年尾長鳥が来るのはご存知ですか?」
「ん? ああ、知っている」
「あの鳥の美しいところは黒く長い尾羽です。空を飛んでいる姿は、青に漆黒が映えてとても美しいと言われていますよね」
「そうだな」
「では、なぜ人間だと忌み色になるのでしょうか? こんなにも美しいのに」
「……ほんとにな」
苦笑した父はルシェの黒髪をそっと撫でる。
「セドリック」
「はい」
「よくやった」
ガシガシと頭を撫でられる。
「恐縮です」
「お前はもっと子供らしくあってもいいと思うがな。頼もしいものだ」
そう言って、部屋から出て行った。
夢の中で何か食べているのかむにゃむにゃと口を動かすルシェの手は、まだセドリックの服をしっかりと掴んでいた。
子供達には教えていないクロディアの伯爵家のその後。
父は公正な人なのでちゃんと調べます。虐待は伯爵家が行っていたので然るべき方法で罰を受けさせます。二度とルシェに会うことはありません。尚、教えられてはいないけれど、セドリックは知ってる気がします。
こちらは全年齢版です。全年齢投稿終了後、R18版をムーンライトノベルズで投稿予定です。成人済みの方はそちらもお楽しみください。
※主人公達は大人になります。




