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哭島列車と五骸童子 ―童歌どおりに人が死ぬ―  作者: アコンプリスの人


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第十一章 犯人は五人を悼んでいない

 白井透子は逃げなかった。

 旧換気壕の前で、黒い資料ファイルを抱えたまま立っていた。

「私は心春を怪談から出したかった」

「逆です」

 二階堂が言った。

 声は穏やかだった。だからこそ、逃げ道がなかった。

「あなたは心春さんの事故を、もう一度五人の怪談へ隠した」

 白井は、父の死後に見つけた録音を聞いていた。

 倉庫の壁を叩く音。息を吸えず、何度も咳き込む子どもの声。非常停止を求める乗務員。式典の到着時刻を優先し、列車を止めるなと命じる久我山。

 そして、父・誠司が非常停止索を切ったことを認める声。

「父は、心春を殺すつもりではなかった」

「今の被害者も、あなたのお父さんを殺すつもりはなかったかもしれない」

 真壁が言った。

「それでも、した行為と結果は残る」

 白井の指が、資料ファイルの角へ食い込んだ。

「久我山たちは、心春を忘れた。汐崎は記事を訂正しなかった。牧野は無線を聞いたのに黙った。深町は診たのに、記録を薄めた。久我山は、式典を止めなかった」

「忘れたんじゃない」

 二階堂が言った。

「自分が悪くない形に、覚え直したんです」

 白井は笑わなかった。

「だから、同じ形で思い出させた」

 真壁が問い返す。

「五人の怪談にして?」

 白井は初めて視線を落とした。

「心春一人の事故として出しても、また消されると思った。五骸童子なら、誰も無視できない。四人が死ねば、警察も、報道も、町も、十七年前を開く」

「そのために、山岸遼も、小野寺岳も、高瀬未央も、藤村亮介も使った」

 宗像恵の声だった。

「心春ちゃんを怪談から出すために、別の四人をまた怪談の部品にした」

 白井は反論できなかった。

 父がやったことと、同じだった。

 個別の原因を一つの物語へまとめる。主語を消す。誰が何をしたかを、強い物語の中へ沈める。

 白井は父を告発するために、父の方法を継いでいた。

 九条が平らに言った。

「死体の一部を切り取っても、記憶にはならない」

 白井は九条を見る。

「あなたなら、死体が語ることを分かると思った」

「死体は、犯人の文章を読まない」

 九条は言った。

「切られた舌は、嘘を告白しない。耳は聞かなかった理由を説明しない。手は誰を押したか言わない。損壊は所見じゃない。あなたが足した文章だ」

 白井の呼吸が、一度だけ乱れた。

 真壁は四件を順に確認した。告白を取るためではない。すでに積み上がった証拠と、本人の言葉を混ぜないためだった。

 汐崎は、二本目の水で動きを鈍らされ、展示車両の信号索実演装置で絞頸された。死後に舌を切除され、小窓から白布の包みが海へ落とされた。

 牧野は迎賓館側で殺され、配膳リフトと旧索道で灯台へ運ばれた。照明の切替は死亡時刻を遅く見せ、灯台まで歩いたように見せるためのものだった。

 深町は地下槽へ落とされ、排水路と浮き弁によって入り江へ運ばれた。崖上の血文字は、死体の移動経路ではなく、発見者の移動経路を作る札だった。

 久我山には島入り前から薬物が仕込まれていた。九条にも別の鎮静薬を飲ませ、二人の部屋の間に点検通路を見せることで、「九条が殺して自室へ戻った」という順番を作ろうとした。

「量は測った」

 白井が言った。

「九条先生を殺す量にはしていない」

 九条の目が冷えた。

「人の身体は、あなたの計算表じゃない」

 それ以上は言わなかった。

 弱い回線が一度だけ戻った時点で、真壁は県警本部の当直指揮へ現場状況と白井に集まる証拠を送っていた。県警側からは、到着まで現場を維持し、これ以上の危害を防ぐため必要なら身柄を確保して引き継ぐよう連絡が返っていた。

 真壁は白井の前へ立った。

「白井透子。汐崎千広、牧野奏子、深町静真、久我山峻介に対する殺人等の容疑で、身柄を確保する。県警到着後に引き継ぐ」

 白井は、抵抗しなかった。

 だが二階堂は、その名前を事件の結論にはしなかった。

 犯人の本名が分かっても、五つの過去が一つに戻ってしまえば何も変わらない。

 必要なのは、五人を同じ大きさで並べ直すことではない。

 五件を、別々の証拠と因果へ戻すことだった。


読んでくださってありがとうございます。

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