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異世界の聖女を母に持つ私は、亡国の姫として生き延びる  作者: 雪沢 凛
策謀の交差点

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(27) 共犯関係

サイラス(カイン) は静かにエレを見つめた。

琥珀色の瞳は深く、どこまでも底が見えない。


——彼女の反応は、思った以上に冷静だ。


驚きもしない、拒絶もしない。

疑うそぶりすら見せず、むしろこちらの意図を探ろうとしている。


——面白い。


サイラスはわずかに首を傾げ、エレが握りしめたピアスに一瞬視線を落とした。

だが、すぐに興味を失ったかのように目を逸らし、腰の刀の柄を指先で軽く弾く。


——彼女を帝都へ連れて行くべきか?


本来、そのつもりはなかった。


エレの存在は、あまりにも不確定な要素が多すぎる。

彼女の動向一つで、帝都の誰かの目を引く可能性がある。

今の自分にとって、それは望ましい展開ではなかった。


だが——


このままブレストに留め置いても、彼女はきっとまた動くだろう。

商人、冒険者……誰かに接触し、また別の危険を招く可能性が高い。

最悪の場合、取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。


それならば——いっそ自分が連れて行った方がいい。


自分の目の届く範囲に置けば、余計な混乱を防げる。

帝都で彼女が何を見て、何を知るのかも、直接確かめることができる。

そして、もし彼女が**「求めていたもの」**に失望するなら……


その時こそ、本当に彼女を掌の中に収める機会となる。


エレを帝都へ連れて行く——

それは、決して悪い取引ではない。


サイラスはほんの一瞬、心の中で天秤をかけると、ふっと笑い、気だるげな口調で言った。


「行きたいんだろ?」


エレは彼をじっと見つめる。

その青い瞳がわずかに揺れたが、彼女はすぐに平静を取り戻し、慎重に問いかけた。


「……つまり、連れて行ってくれるってこと?」


サイラスはゆっくりと視線を向け、気まぐれな猫のように口元を緩めた。


「『連れて行く』かどうかは一つの問題だ。」

「だが、『辿り着けるか』はまた別の話だな。」


エレは眉をひそめる。


「どういう意味?」


「俺が連れて行ったとして、お前はその後の覚悟があるのか?」

サイラスは気怠げな調子のまま続ける。


「帝都はお前が想像しているような場所じゃない。そこに行けば、お前の立場は今よりずっと厄介なものになる。……ただの使者として『手紙を届けるだけ』なら話は簡単だが、それ以上の目的があるなら、俺にも保障はできないぞ。お前が無事に戻れるかどうかはな。」


エレは掌にある琥珀のピアスを見下ろし、ほんの僅かに指先を強く握る。


彼女が目指していたのは、まさにこの機会だった。

エドリックに助けを求めるためには、どうしても帝都へ行く必要がある。

それはずっと前から決めていたこと——


だが、まさかこんな形でその機会を迎えるとは思っていなかった。


エレはゆっくりと息を吸い込み、決意を固めるようにピアスを握りしめる。

そして、真っ直ぐサイラスを見据えた。


「……覚悟はできてる。」


「だから、私を帝都へ連れて行って。」


サイラスは何も言わずに彼女をじっと見つめる。


その唇に浮かんでいた余裕の笑みが、わずかに薄れる。

何かを考えるように、あるいは意外に思うように——


この女、最初からこの条件を出されるとわかっていたのか?


その迷いもなく、揺るがない瞳には、どこかしら……興味を引かれるものがあった。


「ご希望どおりに。」


サイラスは淡々とそう告げる。

相変わらず気まぐれな余裕を漂わせながら。


エレはふっと小さく息を吐く。

だが、警戒を解くことはなかった。


——彼がただの「善意」で動くはずがない。


彼女はそう理解していたし、彼との交渉にも応じる覚悟はできていた。


しかし、彼女はまだ知らなかった。


この旅が、彼にとっても決して小さくない賭けであることを。


エレは自分がすべてを賭ける立場だと思っている。

だが実際のところ——


サイラスが彼女を帝都へ連れて行くこと、それは彼自身にとっても一つの「賭け」だった。


彼には、正式な「身分」がない。

彼はただの**「カイン・ブレスト」**、ブレスト侯爵の養子として生きてきた。


だが——


帝都には、彼の本当の名前を知る者たちがいる。


「サイラス・ノヴァルディア」。


十年前、本来なら王太子であるエドリックが送られるはずだった人質として、彼はエスティリアへと向かった。

数年前、帝国軍事学院を首席で卒業しながらも、彼が選んだ道は戦場ではなく、ブレストの地で「気ままな日々を過ごす」ことだった。


そして今——


もし彼が帝都に足を踏み入れれば、過去に彼を知るすべての者たちの視線が、再び彼へと注がれる。


皇帝。王太子。そして帝都の貴族たち。


策略と権力闘争が渦巻く都。


彼は今まで、「無害な放蕩貴族」として生きることで、争いの外にいることを選んできた。

だが——


「カイン・ブレスト」という名は、帝都ではどこまで通用するのか?


彼が最初から帝都へ行くつもりがなかったとすれば——

今、エレを連れて向かうことで、彼はその境界線を超えたことになる。


もう、傍観者ではいられない。


この旅において、彼が背負うリスクは——


エレと、まったく同じだった。


サイラスはふっと小さく息を吐き、視線を落とした。

彼女の指先——ぎゅっと琥珀のピアスを握りしめた手を、静かに見つめる。


「……どうかした?」

エレは彼の沈黙に気づき、怪訝そうに問いかけた。


サイラスはゆるく微笑み、思考を振り払うように肩をすくめる。


「いや……ただ、今さら後悔すべきか考えていただけだ。」

どこか軽やかな声音で、そんなことを言う。


エレは眉をひそめ、迷いなく言い返した。


「もう遅いわ。」


彼の選択はすでに決まっている。

今さら撤回なんて、許さない。


サイラスはその言葉にくすりと笑い、静かに首を振る。


「言ったことは守る。俺はそういう人間だ。」


それはまるで、揺るぎない事実であるかのような響きだった。

茶化すでもなく、後悔の色もない。

まるで最初から、彼の選ぶ道は決まっていたかのように。


エレはじっと彼を見つめ、思わず目を細めた。


——この男は、すべてを遊びのように語る。

何事にも執着せず、まるで世のすべてが戯れに過ぎないかのような態度。


しかし、今の彼の声と瞳には、確かな決意が滲んでいた。


彼は、決して後悔しない。

だからこそ——彼女も疑う必要はない。


「……わかった。」


エレはそっと琥珀のピアスを握り直し、小さく頷いた。

その青い瞳の奥には、彼に劣らぬ覚悟が宿る。


サイラスはそんな彼女を一瞥し、口元に薄く笑みを浮かべる。


「後悔しないといいな。」


「そちらこそ。」


エレは迷いなく即答した。


彼は微笑む。

彼女もまた、静かに息を吐く。


この瞬間、二人の間の駆け引きは、ひとまず幕を下ろした。

代わりに——彼らはひとつの決断を共有することになる。


それは、単なる取引ではない。


互いを巻き込む"共犯関係きょうはんかんけい"。


この先、どんな未来が待っているのかは分からない。

だが、この瞬間を境に——


サイラスとエレは、同じ運命の軌道を歩み始めた。


--第一章 (完)--

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