第一話 すきま風と大きな手がかり(三)
不意にスマートフォンが鳴った。ロック画面に哲哉の頭文字が表示されている。
沙樹は頭を軽くふって気持ちを切り替えた。
『お疲れ。どうだい状況は。今日は移動で精一杯だったろ』
「もうくたくたよ。明日からのことを考える余裕もないの」
沙樹は座椅子に座り、背もたれに体を預けた。
『そうじゃないかと思って、古い手帳やカレンダーアプリの記録を数年分読み返したんだ。そしたら偶然、おもしろいメモをみつけたぜ』
「おもしろいメモって?」
期待に沙樹の心が弾む。ワタルに関することなら、どんな小さな手掛かりでもいい。
『結論から言うと、ライブハウスに行け、だな』
「ライブハウスって……ど、どういう意味なの?」
さっき観たばかりのハヤトたちのライブをを連想し、胸に小さな痛みが走った。
『ワタルはデビュー直前に、知り合いのライブハウスでゲスト出演してるぜ。大きなところじゃなくて小さめの——そうそう、生演奏をBGMにしているジャスティ規模の店っぽいな。
自分のことを知らない人たちの前で演奏して、実力を試したかったらしい。評判よくて、オーナーにサインを頼まれたって喜んでたのを思い出したんだ。
ただし残念なことに、店の名前まではメモってなかったよ』
「つまり、ライブハウスをまわって、サインを探せばいいのね」
『その通り。飛び込みで演奏させてもらえるくらい親しいのなら、オーナーかスタッフのだれかが、お袋さんの連絡先を知ってるかもしれない。
上手くしたら、そこからたどりつけるぜ』
地方都市でもあるし、ジャスティ規模のライブハウスなら、そんなに多くないだろう。わざわざ来て正解だった。
「ありがとう、得能くん」
手を伸ばせば届く距離に、ワタルがいるかもしれない。
今の沙樹にとって、そのことが何よりも一番希望となる。
『曲作りの合間に見直してたから、時間がかかってすまなかったよ。手がかりが見つかったのは、半分は西田さんの執念——いや、怨念かな』
「怨念って、あのね……」
あたしは貞子か、と沙樹がぼやくと、哲哉の笑い声が聞こえた。
『ごめんごめん。でもくれぐれも言っておくけど、ワタルの実家を見つけても無駄に終わる可能性もあるんだぜ。そこにいるって保証はないんだからさ』
期待した結果が得られなかったとき、沙樹が落胆しないよう気を配ってくれる。哲哉なりの思いやりだ。
『それともうひとつ。目立った行動は慎めよ。芸能レポーターにまちがわれると、何も教えてもらえないだけじゃなく、追い返されるかもしれないぜ』
「ご心配なく。得能くんのアドバイスは、しっかりと心に刻みつけてるから」
『まあ、最悪見つけられなくても気にすんなよ。一月もしないうちにワタルは帰ってくるって。雲隠れしたまま仕事を放り出すなんて、あいつは絶対にしないからな』
時間が解決することは沙樹も解っている。
それでも行動に移したのは、待っている時間を少しでも短くしたかったからだ。