第一話 すきま風と大きな手がかり(一)
第一話「すきま風と大きな手がかり」
ハヤトに紹介してもらった旅館に宿泊することになった沙樹。そこに哲哉から朗報が届きます。
沙樹が今いる場所は、哲哉に教えられた地方都市だ。
出たとこ勝負の行動はスタートで躓きかけたが、ライブハウスで偶然に出会ったハヤトに助けられて事なきを得た。
こうして沙樹は、ハヤトの家が経営する旅館に宿泊することになった。
市街地を抜けると、五分ほどで観光ホテル街についた。小さな街で高い建物がない分だけ空が広い。
ワタルは今どこでどうしているだろう。
「……さん、ねえ、沙樹さんってば」
「あ、ごめん。なあに?」
「ったく。急に黙り込んだかと思うと物思いにふけってさ。何度声をかけても、返事してくれないんだもん」
心配しているとも不機嫌ともとれるような、ハヤトの声だ。
沙樹は頭を軽くふり、過去から現在へ気持ちを切り替えた。
ライブハウスで演奏していたハヤトたちを考えると、職業柄いろいろと気になることがある。
ぶしつけとは思いながらも興味は抑えられなかった。
「さっき『レギュラーになるのが第一目標』って言ってたでしょ。てことは、第二、第三の目標があって、将来はプロを目指してるの?」
「うーん、どうかな。そんな先のことまでみんなで話したことないや」
運転席のハヤトは前を見据えたままサラッと流すように答えた。
だがプロという言葉を耳にしたとき目が一瞬輝いたのを、沙樹は見逃さなかった。
バンド活動をしていれば誰もが一度は考える世界だ。ハヤトたちは、プロに必要な実力も伴っているダイヤの原石に思える。
特にハヤトの声と演奏は、今まで見てきたアマチュアバンドと比べても、頭ひとつ抜けている。
素直に認めない理由が、沙樹には解らない。
「でも人気のバンドなんでしょ。たくさん歓声が飛んでいたじゃない」
「田舎のライブハウスだよ。喜んでくれてるのは常連のお客さん、いわば身内だね。人気バンドだなんて言うのは身の程知らずだって」
「そんなに謙遜することないのに。ハヤトくんの声は……きゃっ」
いきなりブレーキを踏まれ、車が急停止した。信号が赤に変わっている。
荒い運転をする子だとふりむくと、ハヤトは正面の信号を見つめたまま答える。
「沙樹さんってさ、ぼくらのことスカウトしたいの?」
「まさか。FM局の社員は、そんなことしないよ」
「そうなんだ。よかった。沙樹さんに仕事の対象に見られなくて」
口元に笑みを浮かべていても、ハヤトの目はずっと信号を見ままで、まったく笑っていない。
質問の内容を考えれば勘違いされても仕方がないと、沙樹は過ぎた好奇心を反省した。
「ここに来た理由って、本当は仕事絡みでしょ?」
「純粋に観光旅行よ」
「だったら、仕事のことは忘れなきゃ」
だが、沙樹には忘れてはならない大きな目的がある。ワタルを捜し、真相について語ってもらうことだ。
すべて無駄になるかもしれない。無謀な行動が成功する保証はどこにもない。
「仕事、仕事って言ったから、何か嫌なことでも思い出した?」
急に口を閉じた沙樹に、ハヤトが心配そうに話しかける。返答に窮していると、
「わかった。彼氏にフラれた傷心旅行しでしょ」
「ちょ、そ、そんなんじゃないって!」
触れられたくない部分にいきなり切り込まれ、沙樹はそっぽを向いた。
「えっ、あ、あの……ごめんなさい、冗談です。機嫌なおしてくださいっ!」
沙樹の態度が明らかに変化したので、ハヤトの声が上ずってきた。うろたえを無視して窓の外を見続けていると、
「沙樹お姉さま、お願い。反省してますっ。ごめんなさいっ」
焦っているにしては明るい声の謝罪が続く。急ブレーキのときに見せた妙な拒絶感は、どこにも残っていない。
不思議な感覚だった。
不安だらけの中で始めた旅なのに、ハヤトと話していると、忘れていた穏やかな気持ちにつつまれる。それは学生時代、オーバー・ザ・レインボウの仲間と過ごした時間に似ていた。
「ほら、あの交差点曲がってすぐの建物だよ」
宿に着いたらハヤトと別行動をとらなければならない。沙樹はそんな小さなことが少し残念に思えてきた。
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