第二話 見つからない足跡と果てしない不安(六)
ワタルの熱愛報道を知った日以来、沙樹はあまり眠れず、食事もほとんどのどを通らなかった。
仕事のことを考えたら、食べられない眠れないではいけないと思い、夕べは無理やりパスタを流し込んだまではよかった。
が、五分ほどで気分が悪くなってトイレに駆け込み、胃薬を飲んで落ち着く。
まさに最悪の夜だった。そしてろくに眠れないまま朝を迎えた。
体のだるさは、睡眠不足と食欲不振が原因ではなかった。自分のメンタルがこんなにも弱いと気づいた今、さらに気分が沈む。
ベッドの中で熱にうなされながらそんなことを考えていると、番組を終えた和泉がようすを見にきた。
「小川から聞いたぞ。風邪だってな。ここ二、三日で急に寒くなったからなあ」
和泉は解熱剤と水を渡してくれた。
「ときにおまえさん、少し前から不摂生してないか?」
「そんなことは……」
ありませんと胸を張れず、沙樹は言葉を濁す。
「心配事を抱えてるだろ?」
否定すると、和泉は口元に小さな笑みを浮かべた。
「隠すなよ。これでも部下が今どんな状態かくらいは解るさ」
沙樹はうなずく代わりに、窓越しに曇り空を見上げた。
「やっぱりな。そうじゃないかと思っていたんだ」
和泉は一呼吸おいて続ける。
「どうだ。療養という名目でしばらく休みでも取るか。さっき確認したんだが、有給をほとんど使ってないようだな」
「……はい」
仕事がおもしろいのと体力自慢というふたつの理由で、ほとんど消化していない。
「こんなときくらい遠慮せずに使えよ」
「でも……」
「心配するな。おまえさんの帰る場所と仕事は残しておくさ。そのかわり問題は解決しろよ」
和泉はそう言い残すと、沙樹の返事も聞かないで医務室を出ていった。
半ば押しつけられる形で、沙樹は二週間の休みを取ることになった。上司の粋な計らいに、沙樹は心の中で手を合わせた。
「問題を解決する、か」
そのためにはひとりで悩んでいても仕方がない。ワタルが出てこないなら自分から動く。それしか解決の道はない。
だが何をするにしても、ある程度の見込みは必要だ。闇雲に動くだけでは、いくら時間があっても足りない。
沙樹はベッドの中で、ワタルの行きそうなところを考えた。
このときになって、沙樹は意外なことに気がついた。
ワタルがひとりで行きそうな場所が、何ひとつ浮かんでこない。
もちろん今のワタルは理解している。
だが出会う前のことはあまり知らない。
中学生のころからモテていたと小耳に挟んだことがあるため、昔話を聞いているうちに、知りたくないことまで知るのが怖かった。
そんな些細な拘りが仇になった。
もう少しワタルのことを知っていれば、潜伏場所のヒントが見えたかもしれない。
だが幸いにして、沙樹には頼りになる仲間がいる。
このあとの行動についてベッドの中で考えているうちに、薬が効いたのか、沙樹は眠りについた。
それはここ数日訪れることのなかった深い眠りだった。
以上で第一章第二話「見つからない足跡と果てしない不安」は終わりです。
次回より第一章第三話「差し込んできた光」に入ります。
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お話はまだ続きますので、ぜひお読みくださいね。




