9.老夫婦
二人は森を進んでいく。
シバはエルが姿を具現化した以降ずっとそのままにしてある。
ディオに見えているなら話もしやすい。
王都にいけばあまり相手できないこと、エルのディオへの好奇心を満たすためでもある。
そこでふとディオは違和感を口にする。
「お前さん、ちんちくりんと話すときは年相応にみえるんだが。」
「ちんちくりんじゃないよ。エルだよ。
そうだよね?シバ。合ってるよね?」
「ああ、合ってるよ。ディオ。」
「ああ、わりぃ。エルだな。で?」
「そうだな。無意識だった。
里では当主としての立場から言葉を使っていたからな。
そうか。里はもうないし必要もないのか。」
ディオはシバ自身の話を聞いて以降シバを見る目が変わった。
会話からシバが自分の感情を表に出すのが下手なだけで感情がないわけではないことが分かったためだ。
むしろ人を気遣える情の深さも感じる。
あいかわらず無口だが。
彼はできることがあれば助けてやろうと思う程度にはシバのことを気に入ってきた。
「提案なんだが感情が戻ってきてるんだろ。
ここで心機一転普通に振舞っちゃどうだ?
もしかすると言葉遣いだけでも感情の戻りが早くなるんじゃないか?」
「一理あるな。わかった。
やってみることにしよう。するよ。」
やがて二人は森を抜けた。
シバはエルを消し、二人は街道にでる。
王都まではあと少しである。
暫くして街道を進むと道の左の脇に大きな木が立っていた。
その木陰にいる人影に気づいたディオは言う。
「ん?あの爺さん婆さん何かあったのか?」
その言葉にディオの一歩後ろを歩いていたシバは少し驚いたように背中を見つめた後、足を止めたディオを追い越して言う。
「依頼だ。」
ディオの表情が厳しいものになる。
二人の旅のはじめての依頼である。その後シバを追った。
大木に着くと老人達はディオを見て驚いているように見える。
「ああ、驚かせて済まないな。
俺は傭兵やってたディオってもんだ。
これからこいつと王都へ行く途中だ。
爺さん達の姿を見かけてなんか困ってんじゃないかと思っただけだ。
迷惑だったのならすぐ立ち去るが?」
それを聞いた二人は顔を見合わせた後、言葉を返す。
「いやいや、こちらこそ不躾な反応してしまい申し訳ない。」
聞くところによるとこの二人は夫婦だった。
王都へ行く途中だったのだが、体調が悪くなったので木陰で休んでいたらしい。
そんな二人にディオはついでだからと王都まで送っていこうかと提案した。
老夫婦は何度も頭を下げてディオの提案を受け入れた。
「運よく行商人の馬車でも通るといいんだがな。」
一行は街道を進む。
ときおりディオは声をかけながら歩いている。
シバは平常運転だ。
暫くして一台の馬車が通りかかる。
「わりい、ちょっといいか?
連れが具合悪くしてな。
この馬車王都にはいかねえのか?
少し持ち合わせがある。
それで送っちゃくれねえか?」
「そいつは大変だな。
わかった。荷台がだいぶ空いてるし構わねえよ。」
「すまねえ。恩に着る。」
一行は馬車に乗り込んだ。
「どこが大分空いてるだ。ギリギリじゃねーか。」
ディオは大柄な体をシバの方になるべく詰めてなんとか全員が座れた。
その後馬車が王都へと走り出す。
車中でディオは退屈しのぎに老夫婦と話をすることにした。
「運よく馬車が捕まってよかったな。
で、爺さんたちは王都行ったらどうすんだ?」
「実は今日孫の試験の日なんじゃ。
孫は見習い神官での。
合格すれば神官になるんじゃ。」
「私らはその孫の晴れの姿を一目見ようと王都へ向かってるんです。
お陰様でなんとか間に合いそうです。
よかったですね。あなた。」
「ほんとにありがたいことじゃ。
ありがとうございます。傭兵さん。」
「なあ、ついでに俺らも見に行っていいか?」
「おお。ぜひそうしてくだされ。
儂らの自慢の孫じゃ。
恩人であるあなた方にも見ていただきたい。」
楽しそうに話をする3人をシバは黙って見つめていた。
その日の昼を少しまわった頃、馬車は王都の門をくぐった。