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1年間の内で家を出るのは数えるほどだ。
そのほとんどの要件が、アニメに関するもので、基本コミケだった。
それ以外で家を出るのは・・・・いつ振りか。
執事の運転する車に揺られながら、外を見る。
外に出ると、辛いことしかないと思い込んでいて、外は不幸になるだけに歩くと思っていた。
こんな見た目の奴が、好意を向けられることは、まずない。
でも、彼女なら間違いなくこう言うだろう「容姿を気にするなら、容姿を変えればいい」と。ある意味正論なわけだ。
苦笑をしていると、彼女の家についた。
門から入って見える庭は、なかなか素晴らしかった。
そういえば、自分の家の庭とかどうなっていたっけ。
そんなことを考えていると、車は玄関の前で止まった。執事がドアを開けてくれて、降りる。
大公家の執事とメイドが出迎えてくれて、美しい礼を取ってくれた。
思わず引き返したくなった。そんなことされるような人間じゃありませんと言いたくなった。
「若様」
じぃが耳打ちをした。
「目を泳がせたり貧乏ゆすりしたり、体を揺らすと、ただの変態にしか見えませんから、お気をつけください」
・・・まぁ、アドバイスと言われればそうなんだが、なんかちょっと違う気がするのは気のせいだろうか。
小さく頷くと、案内役のメイドに連れられて彼女の居る部屋へと向かう。
彼女の部屋に入ると、彼女が立ち上がって綺麗な礼をしてくれた。でも、心なしか、笑顔が暗い。ような、気がする。
彼女を目の前にしたら、正直緊張しすぎて、既に頭が真っ白になった。用意していた言葉がどっかに吹っ飛んで行った。
「えっと・・・あっと・・・」
執事に持っていくよう言われた箱に力が入って、ぐしゃっとなった。
「あわわわわ」
もうだめだ。俺ってダメ人間。ホントダメだ。
パニックになっていると、彼女が近づいてきて、箱を見た。
「わたくしにですの?」
うまく声がでないので、首をぶんぶんと縦に振る。彼女は、ありがとうございますと微笑んで、箱を受け取った。それから促されて、席に着く。
いつもは彼女が話題を振ってくれるのだが、今回は何とも言えない間が空いた。
やばい。何も出てこない。頭が真っ白だ。どうしたらいいんだ。いや、とりあえず謝る。これだろ。
「「あ、あの」」
顔を上げて声を出すのが同時だった。
「公女から、どうぞ」
「いえ、閣下からどうぞ」
お互い譲りあって、また間が空いてしまった。
おい、俺ぇぇ。何のためにここに来たんじゃぁ!と心の中に活を入れた。
「あ、あのですね・・・その・・・公女には、大変、その・・・失礼なことを言ってしまって・・・その・・・すいません」
「閣下が謝ることなどありませんわ。わたくしが、至らなかったのです」
「い、いぇ、そんな」
「閣下も、わたくしと殿下の事はご存じでしょう?」
苦笑するする公女に、俺は目を泳がせた。
「わたくし自身が、キツイ性格であることは、理解しております。殿下もそんなところがお嫌だったようで、他の方に心変わりをされてしまったのですわ。ですから、やさしい人であろうと思っていたのですけど・・・元の性格というものは、中々変わらないものですわね」
目を伏せて話す彼女が、とても小さく見えた。
彼女はいつだって、輝いていて、堂々としていて、前を向いているとばかり思っていた。だから、そんな彼女を見て、衝撃を受けた。
俺は、彼女を「人間」の枠で見ていなかったのだ。完璧になんでもできる神みたいな存在と認識していたのだ。
でも、そうじゃない。彼女は自分と年の変わらない、同じ人間なのだ。
そう思ったら、なんか心にストンと来るものがあった。
「自分は、この容姿が嫌いです。暗いです。友達もいません。でも、公女に『変わればいい』と言われて、それが正論で、そんなこと自分に言う人も今までいなくて、自分に何度も話しかけてくれる人もいなくて、公女が来てくれることが嬉しい半分怖くて、その・・・支離滅裂ですいません・・・」
「閣下は、変わりたいとお思いですか?」
そう問われて、俺は考えた。
誰とも会話しない生活。自分の好きなことだけする生活。それができる環境。俺だけの世界。いいじゃないか、それで。外は危険が一杯だ。だから、これまでのようにしていたら、それでいいじゃないか。
・・・だけど、なんでだろう。今のままじゃ、ダメ、なんじゃないか、とも思う俺がいる。
「その、よくわからない、です。だけど、もし、変われるのなら。変わることができるのなら・・・変わりたい、です」
すると彼女は俺の前に来て、手を取った。
女性から触れられたことなんてなかったから、一気に心臓が跳ね上がった。
「人は、変わりたいと思った瞬間から、今までの自分とは違う自分になっているのですわ。大丈夫。閣下はもう前とは違う閣下ですわ」
そう言って、ふわっと笑った彼女に、俺の中で何か弾けた。
どんよりと重かった世界が、一瞬にして色鮮やかになったように見えた。
それから、俺は夢心地で家に帰ってきた。
帰りの車で執事が何か言っていたが、まったく耳に入ってこなかった。
そういえば、誰かが言っていたな。
恋をしたとき、赤い実がはじけるのだと。俺の中の赤い実は、きっとこの時盛大に弾けたのだと思う。
自分の両手を見る。
彼女が触れた。とても、柔らかい手だった。暖かかった。白かった。
きっと肌をなでたらすべすべで・・・手だけじゃなくてきっとどこもかしこも・・・(自重)。
とにかく、俺は変わる決心をした。
まずは体型だろうか。執事を呼んで、ダイエットをする旨を伝えると、驚愕の表情を浮かべ、なんか泣いていた。
ふっ。どうだ。もう昔の俺とは違うのだよ。ふはは。
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次のお茶会も、彼女の家に行った。
ダイエット効果で1キロ痩せていた。それだけでなんだか誇らしげに思えた。堂々とできた。不思議なものだ。
まぁ、1キロ痩せた程度なので彼女は気が付かなかったけど、俺の雰囲気が変わったと言った。見てくれる人がいるというのは、いいものだ。
彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら、たわいのない話をする。
「そうだ、公女。今度、デートへ行きませんか?」
何となく、出た言葉だった。
いつもどちらかの家だし、どこかへ行きたいなって思ったからで、アニメや漫画でよく見るデートに憧れていたとかそんなこともちょっとあったわけで、他意があったわけじゃなかったのだけれど。
だが、彼女の反応が思ってもない方向だったから、俺はかなり焦ってしまった。
目を丸くしながら、固まる彼女に、俺は慌てて言う。
「す、すいません、調子にのりました。えっと、その」
「閣下」
「は、はいっ」
「デートとは、何をすればよろしいのかしら」
「・・・はぃ?」
今度は俺が固まる番だった。
え、だって、殿下とはどうだったのさ。と言いそうになって、言っていいのかわからなくて目をきょろきょろとさせていたら、彼女が申し訳なさそうに言った。
「殿下とは基本、公務がらみで出かけることが多く、二人で出かけるというは今思い返してもなかったのですわ。いつもこのようにお茶を部屋で楽しむことが多くて・・・」
つまり、彼女にとってデートとはこうして部屋でお茶を飲むことだったのだ。まぁ、部屋でのデートもいいけど、俺としてはやっぱりおしゃれなレストランでごはん食べて夜景見てとかにあこがれる。
・・・憧れるけど、自分がそれをやるとなるとちょっとハードルが高いな。
「えっと、自分もデートはしたことがないので、あれなんですが。公園を散歩してお弁当食べて、とか、ですかね」
つい最近見たアニメでそんなシーンがあった。本当は公園じゃなくて海だったけど。公女の水着姿・・・(自重)。
「まぁ!!公園を散歩してお弁当!閣下。ぜひ行きましょう」
彼女の顔がパッと輝いた。
「わたくし、そのような経験がないから、楽しみですわ」
ほんのり頬を染めて、恥ずかしそうに言う彼女に俺は釘づけだった。
なにこれ可愛い。
これが世に言うギャップ萌かというやつなのだな。
そうして、公女とのデートの日になった。
執事とメイドがとにかく見苦しくない様にとあれこれしていて、ついでにメイド長からは失礼がないようにとかエスコートをしっかりしろとかどうとか言っていた。
それを適当にやり過ごして、彼女を迎えに行った。
そして、近くの大公家のバラ園へと足を運んだ。
車を降りてからは、2人きりだ。
なんか、無駄に緊張してしまった。
公女は、淡いクリーム色のニットにシフォンのスカートを履いていた。手には薄いレースの手袋を付け日傘を差し、大きなバスケットを持っている。まるでアニメの中から出てきたようじゃないか・・・。
ここはさりげなくバスケットを持つべきだ。だが、どのタイミングかわからない。わからない。わからないぞー!
「あ、あの、公女。に、荷物・・・持ちます」
全然まったくスマートじゃないな、おい。
しばらく歩いてから言うセリフじゃないだろと思いながらもどうにかバスケットをゲットした。やったぞ!
バラ園は見事で、バラの花の話を公女がしてくれて、和やかにデートは進んだ。途中写真撮ったりもしたぞ!
バラの中に佇む公女。やばい、絵になりすぎる。
東屋に付くと、彼女はバスケットからお弁当を出し、ランチの用意をしてくれた。もちろん、自分だって手伝った。
公女が広げたお弁当から、俺用のお皿にあれこれ取り明けて渡してくれた。
天気がいいし、バラは綺麗だし、長閑だし、なんかもう幸せすぎて俺死ぬんじゃないかと思った。俺が、リア充してる。夢だと言われても信じそうだ。
何となく頬を抓って見た。痛かった。
「どうなさいましたの?」
にこにこしながら頬を抓っている俺を見て、公女が不思議そうに聞いてきた。
「いえいえ、何でもありません。お弁当、食べましょう」
「はい、たくさん召し上がってくださいませ」
そこでふと、俺は気が付いた。公女のお皿に取り分けてある料理が、異様に変なのだ。一言でいうなら、まずそう。
お弁当箱に目を移すと、綺麗なものとちょっと変なものが混ざっている。
それに、公女が手袋を取らない。
食事中に手袋を取らないなんて、公女がそんなことするだろうか。
「公女、手をどうにかされたのですか?」
「えっと、あの、その・・・」
公女にしては珍しく非常に歯切れが悪い。
俺は持っていた皿をテーブルに置くと、彼女の隙を狙って右手の手袋を引っ張った。絹の手袋は、するするっと取れて、俺の手に収まる。
公女は慌てて手を後ろに隠したが、俺は見てしまった。指に絆創膏が巻きつけてあった。しかも、何カ所も。
公女の前に置いてある不細工な料理。これを大公家の料理人がよしとするだろうか?いや、ない。とすれば・・・
「こちらは公女がお作りになったのですか?」
「わ、わたくし、それなりに器用だと思っておりましたの。でも、お料理の才能はなかったようで、捨てようと思ったのですが、食べ物を粗末にするのはよくないですし、別の箱に入れようと思ったのに料理長が同じ重箱で詰めてしまったのですわ。だから、閣下は料理長のものをお食べになって」
顔を真っ赤にして俯きながら早口に言う公女を見て、俺は思った。
ギャップ萌!!!!
公女が手を後ろに隠しているので、俺は公女と俺の皿を交換した。公女は慌てて取り返そうとしたが、絆創膏だらけの手を見せるのが恥ずかしいらしく、あわあわとしていた。
公女作の料理を食べる。一口めで、ガリッと言った。
だけど、不思議な事に気にならなかった。
「手袋を返してくださいませ・・・」
涙目で公女が訴えてきたのがまた可愛かった。
手袋を返すと、急いで嵌めた手で俺の料理を交換しよとしたが、俺は自慢の早食いで押し込んだ。
辛かったりしょっぱかったり何だかよくわからなかったけど、胸がいっぱいだった。このまま昇天してしまうぐらい満たされた気分になった。
そこから、重箱に残っている公女作の料理を巡って少々争いになったが、ほとんど俺が勝った。
「次は、もっと腕を上げてきますわ」
「あはは、楽しみにしてます。また、デートに行きましょう」
「えぇ」
すっかり打ち解けて、俺は笑った。
誰かと笑ったの何ていつ振りだろう。
きっと、彼女となら俺は変われる。そんな気がした。
そして翌日。
「若様、胃腸薬でございます」
「うぐっ、ありがとう。うぐぐ・・・」
俺は苦しんでいた。まぁ、原因ははっきりとしているが。
後悔は無い!!
断じて無い!!!
薬を飲んで、少し落ち着いた頃、公女がやってきた。
今にも死にそうな顔をしている。
ちょ、なんで知らせたの。と、じぃを見ると顔をそらされてしまった。
「閣下・・・・申し訳ありません。わたくしのせいで・・・・」
ベットの脇に膝をついて涙を流す公女に俺は思わず手を伸ばした。
「公女・・・」
呼ぶと、潤んだ瞳が俺を見た。
「閣下・・・」
そっと、彼女の涙を拭いて・・・・などと言うことにならなかった。
ぐぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょ~
触れようとしたその時、俺の腹が盛大に動いた。
「うはぁぁぁぁっ」
俺は叫ぶと同時にベットから転がり落ちるように走って、トイレへと駆け込んだ。
そこから俺はトイレの住人と化し、トイレから出る時には、公女は帰っていた。
彼女が持ってきた胃薬を執事経由でありがたく頂戴したが、なんかよくわからない涙で涙腺が崩壊した。