第八話『M5:蒼薔薇のはぐれ星』
獣肉が焼けるいい匂いと薪が爆ぜる焚火の音で目が覚めた。
「……おや、ようやくお目覚めかい、寝坊助君」
その何処までも優しい声色の主は、自分よりも20cm近く背が低い可憐な少女から発せられたものだった。
「え~っと、君が助けてくれたんだよね、ありがとう」
その事実に戸惑いつつも「取り敢えず助けてもらったら礼は言え」というシャルルの格言に従い、焚火に煌めく桜の蕾を宿したような瞳をした少女に礼を伝えた。
「あんまり無理しない方が良い、あばら骨が二本折れてるよ」
その真偽は体に走る鋭い鈍痛がすぐに証明してくれた。
「確かに痛ぇな、ってそれより俺を助けてくれた君は何者?この森は何なんだ?あの化け物はどうなった?」
言葉を発するごとに鋭さを増す鈍痛に顔が歪んだ。
「おっと、慌てるんじゃないよ。寝転んだままでいい。私の名前はリセ・リフェイド、好きに読んでもらった構わない」
焚火に吊るしている肉の様子を伺いながらリセは続けた。
「ここはM30:雷光の魔境、さっき貴方のあばら骨を砕いた魔物は雷牙暴猪、この辺に生息する魔物の中で四番目位に強い魔物だよ」
焼きあがったのであろう肉を切り分けながらさらに続ける。
「あれで四番目なのかよ…まさに魔境だな」
スバルはあの猪より強い残りの三種を想像して、戦々恐々とした。
「さて、質問には答えた。次は私の質問に答えてもらうよ。名前と何でここに来たのかが聞きたくてね」
そう言いながら切り分けた肉の半分をスバルに寄越した。
「あぁ、ありがとう。俺の名前は睦月スバル、ここには累って呼ばれてた女の子に飛ばされて来た」
喋るたびにあばら骨が痛むので端的に答えた。
「スバルね、そうかい飛ばされて、酷いことをする人も居たもんだよ。こんな場所、そこそこ強い星導者じゃない限り生き残れる訳ないのにねえ」
「じゃあやっぱり、あの女俺を殺すために……ところで、その星導者って何なんだ?」
分かってはいたが、一応彼女…累が飛ばしてくれたおかげで今こうして生きているから、もしかして助けてくれたんじゃと思っていたスバルの淡い期待はその言葉の前で終わりを迎えた。
「おや、知らないのかい?星導者っていうのは星屑を持つ者たちの名前、いわゆる能力者って奴さね。大体十人に一人くらいの割合で居るから、そこまで珍しくもないと思うんだけどねぇ」
リセは不思議そうに首を傾げながら肉を頬張り、答えた。
「能力者の呼び名だったのか、じゃあ俺も…」
このことを言っていいものなのかと口籠ってしまったが、半分出てしまっていた言葉だ。伝わったのだろう。
「おや、スバルも星屑を持ってるのかい?」
興味を持ったのか、視線を留め投げかけてきた
「これって言っちゃいけないやつとかだったり…」
探るような視線を向けたが、彼女の言葉一つがそれを容易く一蹴する。
「しないよ、寧ろ歓迎される方が多いだろうね」
彼女から発せられる包み込まれるような声が形にしたその言葉に安堵を覚えた。
「そうか、普通は歓迎されるのか」
スバルの脳内に流れた、泥水を啜ってきた記憶。思い出すだけで気が滅入るが、もし本当は自分の能力が人の役に立つものだったら、と考えると少しだけマシになった。
「その感じだと、星屑の事もよく知らないね?星導者なら、その辺のことは知っておかないと損だよ」
図星を突かれ、眉をひそめてしまったが、断る理由はない。寧ろ願ったり叶ったりだ。
「うっ、その通りですお願いします」
すると彼女は悪戯っぽく、しかし満足げな笑みを浮かべた。
「うむ、よろしい。最初に、星屑とは感情の大きな揺れによって生み出される力や能力の総称さね。」
あまりない胸を張って得意げに喋り始めた。
「星屑の力には三段階の形があってね。
基本能力である根源。
根源の応用などで発生させる技を境央。
最後に星屑を同時に二つ以上所持し、その両方の力を引き出せないと使えない神星」
少し、知識自慢できて嬉しかったのかリセの顔がドヤ顔になっていたが、そんなことよりも聞き捨て成らない事があった。
「ちょっと待てよ!星屑を二個所持なんて事があるのかよ!?」
スバルは驚きよりも戦慄に近い感情を露わにした。
理由は明白だ。天欺が扱う能力、あの悍ましいほど潔白な能力の裏には星屑が一つではなく複数個あり可能性が出てきていたからだ。
「落ち着きな、記録にもある。歴とした事実さね」
ほくそ笑みながら淡々と続けた。
「そんな…じゃあ、星屑の対抗策とかはあるのか!?」
食い気味で質問した性か、さっきよりも鋭い鈍痛が襲う。
「言わんこっちゃない。結論から言うと、星屑には星屑でしか対抗できないと言っていい」
スバルの視線は足元の深淵に吸い込まれたように落ちていった。
「そんな…十人に一人の…星屑を持ってない残りの九人は、あの天欺の『白』に塗り潰されるのを待つだけなのか?」
悲観的だとは分かっていたが、想像せずには居られない。目の前で人形へと作り変えられた少女と、痛みや苦みを得る権利を剥奪された老人の虚無が目に焼き付いて離れなかったからだ。
「天欺?あぁ聖王の事か、私もあいつのやり方は気に入らない、けどね聖王の強さは別に星屑だけじゃない。聖王の右腕と左腕、法と巫もやっかいさね」
まるで経験したことがあるかのように語るリセは何処か遠い目をしていた。
「あ?法と巫?」
「右腕と左腕の称号というか、別名みたいなものだよ。そんなに気にしなくていい、問題はその力さね」
はあ、とため息をついたリセを目にしてなんとなく察しがついた。
「要はめっちゃ強いって事?」
「そうゆうことさね、星屑は両方一つしかないらしいけど聖王に認められる位強力な星屑を持ってるんだよ」
また何かを思い出すように彼女の眼が深い虚空を射抜いていた、その目に映った焚火の色は深い蒼を宿したように....
「まあそんな事はいいとして、この後どうするんだい?この森をスバル一人じゃ絶対に生きて出られないと思うよ」
スバルの考えを蹴散らすかのように放たれた言葉は核心を突き、スバルは黙り込むしかなかった
「安心しな、私が付いてる限りスバルをそんな事にはしないさ」
任せなさいとでも言いたげな顔で胸を叩くリセ
「ああ、頼りにしてるぜ。まだ星屑もロクに扱えなし、この辺りの知識もない。ぶっちゃけピンチだったから助かるよ」
「その星屑の扱い方、私が教えてあげるよ。自衛くらいは出来て貰わないと困るからね」
「確かにそうだな。自衛位は…」
そんなスバルの言葉を無視してリセは木の枝に手をかざした。
「少し私の星屑を見せよう、見た方がこういうのは早いからね」
彼女の瞳が満開の桜のような輝きを持ち、瞳孔は深い暗紅色から夕陽に照らされたような紅緋に変わった次の瞬間、まるでそこだけ世界が塗り潰されたような、色彩と音の欠落。
風すらもその空白を埋めることをやめる、絶対的な断絶と消失だった。
「これが私の星屑、『M9:変脈輝星』」
淡々と吐き捨てた割に、彼女には余裕と得意げな顔が乗っかていた。
「すげぇ、枝が一瞬で消えた!?ひょっとしてこれなら天欺に勝てるんじゃ」
そんな淡いスバルの考えは打ち砕かれ灰燼に帰した。
「それは無理さね、私の能力はシュレディンガーの猫だからね」
「あ?シュレディンガーの猫?なんだそりゃ?」
「簡単に言うとそこにあってそこにはないことにする能力、一時的だけどね」
彼女がもう一度手をかざすと時が再び動き出したかのように、木の枝がそこに現れた
「木の枝が戻った!」
手品でも見たかのようなスバルの無邪気な感想に返って来たのは、リセの優しく、それでいて少し冷たい蒼色の「熱」を帯びた種明かしだった。
「戻ったんじゃない、最初からそこにあったんだよ。見ていなかっただけでね」
そう語る彼女の瞳は、もはや少女のそれではない。数多の星の終わりを見届け、その全てを弔ってきたかのような慈悲を宿していた。
いつも通り、星の運行に合わせ投稿しました。
丁度今の頃、地平線からM5が昇ってきております。
前回に続いて今回も二話連続投稿となりましたが次回からは元に戻ります




