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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: くろーばー
第三章『M30:泥沼の膨張、灰桜の脈拍』
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第七話『M30:ー雷光の魔境、泥濘に舞う灰桜ー』

……あれから、どれだけの時間が過ぎた。


頬に触れる、冷たくて、粘りつくような感触。無理やりまぶたを押し上げれば、視界に入ったのは「空」ではなく、雨に濡れ、腐敗した苔がへばりつく深緑の泥濘ぬかるみだった。


「……っ、うっぷ…」

食道に溜まった泥水が生理的拒絶として吐き出される。累という少女に放逐され、辿り着いた先。

針葉樹が槍の群れのように天を突き、絶え間ない雷鳴が鼓膜を震わせる。

ここには、アマキの神都にあった「清潔な静寂」なんて、欠片もありゃしない


「ここはいったい何処なんだ?んなことより、服が泥だらけで気持ちわりいな……」


取り敢えず周囲を散策して街や村を探すことにしたスバルは、ぬかるみで足を取られそうな森の大地を踏みしめていた。

雨が降っていたため水には困らなかったが、元々あまり食事を取れていなかったため空腹だと腹が訴えてきていた頃、雷とは違う轟音にスバルは振り向き絶句した。


「うぉ、なんだあのバカでかい猪? ……いや、冗談だろ」

遠く、霧の向こう側。五メートルを優に超える巨躯が、森の重力そのものを踏み潰しながら疾走してくる。

一歩ごとに地響きが内臓を揺らし、その二本の牙は、避雷針のように空からの雷を吸い込んでは紫色の火花を撒き散らし、深緑の森に見合わぬ紫色の巨塊が、木々をなぎ倒しながら肉の弾丸となって肉薄せんとする。


「なめんなよ?こちとら聖王から逃げきったスバルさんだぞ?まあ、俺の力じゃないけど」

こんな時でもペースは崩さず軽口を叩きながら戦闘態勢に入った。


「第一層、『砂雲対流(トロポス)』!!」


今さっき習得して天欺に容易く砕かれた技だというのに、スバルは自信ありげに構えていた。

猪の突進くらい軽く受け流せると思っていたのが運の尽き。

あと50,30,20もう目の前に来ている猪に、スバルは天欺に散らされた一撃をお見舞いしてやろうと画策していたのだったが、


「おいおいおい!あのデカさであの速さかよ!あれ?無理じゃね?」

やっと気が付いたスバルは後方に守りを固めつつ駆け出していた。

猪の牙から青白い閃光、いや雷が放出され視界を白く染め上げる


「やばいやばい、デカいだけじゃなく雷まで出せんのかよ勝てるかあんなバケモン。それに白はもう神都で見飽きてんだよ」

全速力で逃げに徹し続けていたが、それもその場しのぎの連続にしかならなかったがそれも終わりを迎える。


回避の暇すらない、鼓膜を劈く放電音。次の瞬間、視界が上下逆さまになり、遅れて「メキッ」という、乾いた枝でも折るような音が自分の内側から響いた。


体を包む浮遊感。あばら二本、いや、もっと逝ったか。

『砂雲対流』の防壁に牙が触れた瞬間、ガラス細工が砕けるような情けない音がした。熱波が霧散し、一瞬で『白』に呑まれる。

宙を舞う俺の網膜に焼き付いたのは、トドメを刺そうと跳躍する、醜悪な巨猪の牙。


衝撃が来るはずの瞬間、世界が『無音』に塗り潰された。雨音すらも消失した、酸素のない真空のような静寂。その深淵から、死んだ桜のような、淡くくすんだ灰色の髪がこぼれ落ちた。


突進していた五メートルの巨躯が、まるでそこだけ切り取られたように消失する。

宙に投げ出されたスバルの体を、灰桜色の髪をなびかせた少女が、重力を無視したかのように横抱きにさらった


「……おや、意識がまだあるのかい。大したもんだ、ここが天国だと思ってたなら悪いね。泥塗れの現実(地獄)だよ。――今は寝てな。この『不細工』を片してくるさね」


少女の笑顔を最後に俺の意識は途絶えた。

第七話を読んで戴きありがとうございました。

三章の幕開けですね、星の運行に関しては六話と同じ理由です。


二章完結から間髪入れずに三章『M30:泥沼の膨張、灰桜の脈拍』に突入いたしました。

カクヨムの方では、まだ最新話更新から一週間たっておりませんが、なろうでは一週間をとうに過ぎており埋め合わせ的な意味もあって間髪入れずに投稿した所存です。

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