第六話『M20:ー月を仰ぎ、地を這う二芒星ー』
「力ずくで思い出させてあげるよ、二度と忘れないように」
ゆっくりとスバルに歩み寄るタイヨウ、それは旧友へ差し伸べる、歪んだ親愛の一歩。
だがスバルの瞳には、自分を消し去りにきた不気味な王の、冷徹な進軍としか映らなかった。
(――やられる前にやれ。それが、漢の第一歩じゃ)
脳裏に爆ぜたのは、山小屋の煙に燻されたシャルルの、不器用な教え。
それが、泥濘の底にいたスバルを突き動かす。
弱いままじゃ、生き残れない。
その前の会話と先の言葉は思い出せないが、そんな教えがあった……ハズ
こんなことなら聞き流すんじゃなかったと少しだけ後悔したが、今スバルを奮い立たせるには十分だった
生存本能に促されるまま、初めて自分の意志で星屑を使う決意を固めた。
今はただ生き残るための「最短距離」を!
その決意に呼応してか否か、ただ爛れ堕ちるだけだった「泥」が「熱」を持ち意思を得たようにスバルの拳に纏わりついてくる。
(ああ、じいちゃん今俺は七年ぶりに「生きてる」よ)
スバルは全速力で地を蹴った。
ドロドロとした不快な感触を「熱」という名の確信に変え、拳を大きく振り抜く。
天欺は掌に白い閃光を収束させ、一撃を容易く受け止め泥だけを散らした
「それが君の星屑の根源か、面白いけど練りが甘いし密度の無い質量じゃあ僕の光には遠く及ばないよ」
直後、スバルの視界が反転した。
腹部に叩き込まれた蹴り。内臓がひっくり返るような衝撃と共に、スバルは無様に石畳を転がった。
「うっぷ……っ、何しやが、る! 根源だのなんだの、知らねえよ……初めて、使ったんだから……!」
腹を抑え、脂汗を流しながら軽口を叩く。だが、内心の焦燥は「凍えるような鈍痛」となって全身を駆け巡っていた。
(泥が一瞬で、消された? こいつの星屑は、速すぎる。それどころか、フィジカルすら俺より格段に上!)
「初めて? ……そうか、なら仕方ないね。教えてあげるよ、星屑の使い方を」
タイヨウの指先から、音もなく白き光が放たれスバルの脇腹を、概念ごと「漂白」するように削り取る。
「っ……あ、が…………!」
声にならない絶叫。冷たい炎を抱いたような、鋭利な欠落感。
(痛ぇ…鈍く広がるような……死ぬかよ。こんな、何の温もりもねぇ場所で――!)
瞬間、ありもしない星図が爆ぜた。脳裏を過る、宇宙に浮かぶ泥の文字。喉を焼く熱が、名前を求めて咆哮した。
境央――『星雲遠点』
「――汚ねぇ泥だって、俺を動かす『熱』なんだよ……ッ!」
「……第一層、『砂雲対流』」
不格好ながらもスバルを起点とした半径一メートル、砂雲の防壁を形成する。
戦闘経験のなさを、泥臭い生存本能が補っていく。
「お、何だか面白いことしてるね試してあげるよ」
もう一度光を収束させ白い閃光を放つ、砂泥の防煙は直ぐに漂白され無惨に霧散していく。
しかし泥の対流がその「空白」を質量で強引に埋め、致命傷を免れさせた。
(ダメだ、これじゃ足りない。もっと、硬く……密度を、熱を上げろ!)
周囲を舞う砂泥を、空気が震えるほどの重圧で凝縮する。
泥が断層を成し、スバルを守る「鎧」へと変貌した。
「第二層――『泥岩装武』」
自然と口からその名が零れた、砂泥が集まり密度を上げ泥岩の鎧と成る塵の遺訓。
「…少し変わったみたいだね。でも無駄だよスバル。漂白こそが、君への唯一の慈悲だ」
アマキが手を掲げる。M2の白き閃光が一点に凝縮され、指先に収束した「白」が、世界から色彩を奪っていく。
「本物の境央をご覧入れよう――『欠色閃光』」
放たれたのは、避けることすら許さない情報の断絶。スバルの『泥岩装武』は衝撃を熱へと変換し、泥臭く抗おうとするが、アマキの光はそんな稚拙な理屈を、存在ごと蒸発させる圧倒的な質量だった。
スバルの視界が、情報の欠落によってノイズに染まる。
(――ああ、こいつ、本当に俺を……)
アマキの瞳に宿る「白」が、スバルの輪郭を雪解けのように削り取っていく。
臨界点に達し、耐えかねたアマキがさらにその「先」――すべてを霧散させる神星を放とうとした、その時。
場に、不協和音が走った。
白光を切り裂き、プラチナブロンドの髪が、あってはならない「緋色」の輝きを鎧の聖紋に宿し、タイヨウの結界を裂き入ってきた。
現れたのは、白銀の騎士――星崎累。
(太陽のために、この『憧れ』を消す。太陽に殺しなんかさせない。でも……)
「累!邪魔をするなら君ごと……いや、」
そんな天欺の声を無視してスバルへ駆けていく累
「……なんで」
凍てついた唇から零れた、祈りのような絶望。
彼女の指先がスバルに触れた瞬間、神都の白光は、底なしの闇へと塗り潰された。
累がスバルを地獄へと放逐したのは、アマキに決定的な「罪」を背負わせないための、彼女なりの狂おしい忠誠心だった。
光が収束し、白亜の広場にはスバルの姿も、泥の匂いも、一切消え失せていた。
境央を解き、満足げに微笑むアマキ。その背後で、緋色の輝きを失った聖紋を静かに隠す累。
理想郷の静寂は守られた。
「累、ありがとう。激昂して恒星を飲み込むところだったよ」
累は応答を拒むように、プラチナブロンドの髪をカーテンのように垂らして、顎を引き瞼に視界を落とした。
その白銀の髪に隠れた瞳が、今の主を直視することに耐えられなかったのか、それとも――
アマキの足元には、彼には見えない「緋色の泥」が、確実に滴り落ちていた。
今回も拝読いただきありがとうございます。
カクヨムでの連載開始に伴い、少しお待たせしてしまい申し訳ありません。
今宵も星の運行に合わせましたが、本日は「満月」。
月が太陽の光を最も強く跳ね返し、夜空で最も美しく輝く瞬間を待って更新いたしました。
満月は、反射率が極大となる日。
タイヨウとスバルの初戦を飾るにあたってこれ以上いい条件も珍しいでしょう。
実は第六話自体は一月末には完成していたのですが、この「反射の極致」の日を待たせていただきました。
これにて、第二章は幕を閉じます。三章からはスバルメインとなりますのでどうぞお楽しみに




