第十四話『M48:―再来の雷光、泥濘に燃ゆる紅焔―』
『迅炎翼鳥』との死闘が残した熱気が、まだ夜の空気に燻ぶっていた。リセは戦いの余韻を振り払うように短く告げる。
「流石に魔力と体力を使いすぎたよ。……私は寝る」
言葉が途切れるのと、彼女が深い眠りの淵へと羽ばたいていくのは同時だった。
「全く。あんな修羅場の直後だってのに、大物すぎるだろ……」
隣で安らかな寝息を立てるリセを横目に、スバルは苦笑をこぼした。
「まあ、無理もねえか」
スバルは立ち上がり、周囲を探索する。
――静寂を切り裂くように、低く、重苦しい咆哮が鼓膜を震わせた。
それはスバルにとって、自身のあばら骨を砕いた絶望の記憶を呼び覚ます、忌まわしき獣の調べ。
「げ、また化け物かよ……リセ! 起き――」
叫びかけて、慌てて口を抑える。守るべき背中は、今、無防備な夢の中にいる。
「となると、俺一人でやるしかねえか…」
あの日の痺れが、稲妻のように脳裏を掠めた。
怖い、だけどもうあの日の俺じゃねえ!無力でちっぽけなのは変わらねえかもしれない。
だけど、前に進む事をもう諦めたりなんて絶対にしない!
あの日の軽い決意とは違う、実力に伴って得た自信を胸に固めた決意は静かに、しかし力強く波打つ。
ああ、この高揚感そして「熱」。後ろで眠る彼女のためにも負ける訳にはいかない。
「さあ来い雷牙暴猪再会の狼煙を上げようぜ!」
大地を揺らす咆哮と共に、雷光を纏った巨躯が姿を現した。
「同時顕現――第一層『砂雲対流』、第二層『泥岩装武』」
スバルの周囲に砂雲の防壁が渦を巻き、その身には泥岩の鎧が分厚く纏い付く。
対する雷牙暴猪は、全身に紫電を迸らせ、狂おしい殺気を放っていた。
「お互い、準備万端ってか?でも、静かにしろよ。リセが起きちまう」
スバルの首筋に汗が伝う、軽口を叩いたが怖いものは怖い。だが、逃げるという選択肢は泥スバルとの戦闘で捨てた。
両者目線と目線を交差させ場に緊張が走った時、先に動いたのは雷牙暴猪だった。
放たれた紫電の奔流を、スバルを覆う砂雲が迎え撃つ。それは『荒れ狂う避雷針』。無数の砂の粒子が、荒れ狂う雷撃を細かく分散し、無害な火花へと変えて大地へと逃がしていく。
「電気に指向性持たせられんのかよ!まあ、その程度の電気「迅炎翼鳥」に比べちゃタダの静電気だ」
迷いはない。スバルの瞳には、勝利への道筋が確固たる光として宿っていた。
自身の電撃を容易く散らされたことに憤慨したのか、暴猪はさらに激しい雄叫びを上げ、周囲に紫電を撒き散らしながら肉薄する。
「 第二層、変形態――『泥岩の盾』」
スバルの腕に集った泥岩が、分厚く、禍々しいほどの質量を伴って形を成した。
それは、あらゆる雷を飲み込む『黒き断崖』。高電圧の火花が岩肌を舐めるが、泥の中に封じられた星屑の如き硬度を貫くには至らない。
――ズゥゥゥゥゥン!!
重戦車のような突進が盾を叩く。激しい衝撃に火花が散り、泥の破片が弾け飛ぶ。
だが、スバルの一歩は退かない。この硬度は、彼がこれまで飲み込んできた『痛みの蓄積』そのもの。
足下の地面がクレーター状に陥没しながらも、スバルは不敵に笑う。
その盾は、彼女の眠りを守り抜くための、絶対不落の境界線だった。
「ッチ、流石に…重てえな…クッソ」
盾越しに伝わる暴力的な衝撃。だが、かつて自分を砕いた一撃を真正面から受け止めているという事実が、スバルの魂を歓喜に震わせる。
「第四層『流泥受容』!」
一層を戻し四層に切り替えた、ある事を試すために
盾で防いでいるが、雷牙暴猪はさらに出力を高め放電するが、『流泥受容』の黒膜がそれを全て『熱量』へと貪り喰らう。
スバルの体が熱を帯び、陽炎が立ち昇る。『泥を被ったクワセモノ』が、熱を帯びた巨神へと変貌する瞬間だった。
「やっぱりな!犬っころと戦った時変な感じがあったんだ!」
確信が、熱となって全身を駆け巡る。
『流泥受容』の真価——それは衝撃を「熱」へと転化し、己の糧とする錬金術。
スバルの根源たる星屑『M42:泥星雲』。負の感情も、受けるダメージも、全ては泥に溶け込み、反撃の火種へと還元される。
スバルにとって雷牙暴猪は既に敵ではない。ただの瓜坊に過ぎなかった。
「となればやることは一つだろ?さあ、舞台の幕を引くとするか!」
スバルの星屑、『M42:泥星雲』の根源は悪感情とダメージを泥として貯める力。つまり今も放たれる電流全てがスバルの力へと還元されているのだ。
スバルの只ならぬ気配を察知し、本能的な恐怖に駆られた暴猪が後方へ飛び退く。だが、それは死神との距離を測り間違えた、致命的な失策だった。
「 第二層、変形態――『泥岩の槍』!!」
瞬時に盾が研ぎ澄まされ、冷徹な殺意を宿した一本の槍へと収束する。
「第四層、磁場逆転――『紅焔暗条』!!」
泥が熱を帯び、紅い炎へと成り上がっていく様は正に泥の地平に顕現した『光のアンセム』。
スバルが踏み込むと同時に、大気が悲鳴を上げた。
『流泥受容』が喰らっていた雷撃の全エネルギーが、磁場逆転によって一点の槍へと凝縮される。
紅く焼けた槍の周囲では空間が陽炎のように歪み、飛び散る火花はもはや泥の破片ではなく、弾ける太陽の欠片だった。
「――あばよ、瓜坊」
放たれた一撃は、もはや「投擲」ではない。
それは夜明けを告げる『黄金の凱歌』のごとき衝撃。
一閃。
槍が空気を切り裂く音さえ置き去りにして、紅い光の尾が戦場を真っ二つに割った。
磁気加速を伴った『紅焔暗条』は、必死に放電し抗おうとする雷牙暴猪の紫電を文字通り「蒸発」させ、その眉間を一切の抵抗なく貫通する。
轟音。
遅れてやってきた衝撃波が、クレーターを、木々を、そして獣の断末魔さえも白光の彼方へ葬り去った。
「ふう、今朝は焼肉だな」
ふと空を見上げれば、東の空が茜色に染まり始めていた。黎明の光が、泥にまみれた戦場を優しく洗い流していく。
「さて、取り合えずリセの所に……」
緊張の糸が切れ、膝から力が抜け、地面が迫る。顔面への衝撃を覚悟した瞬間、ふわりと、春風のような香りに包まれた。
「ずいぶん無茶したみたいだねえ」
霞む視界の先、そこにいたのは桜の精霊だった。
「精……霊……?」
「寝ぼけてんのかい?引っ叩くよ?」
悪戯っぽく笑いながらも、その瞳には隠しきれない慈しみが宿っている。間違いなく、スバルの恩人であり、師であるリセ・リフェイドその人だ。
「まったく、いつあんな技思いついたのやら」
リセは呆れたように吐息をつき、スバルの頭をそっと自分の膝の上へと導いた。
彼女の体温は、先ほどまでの激しい『紅焔暗条』よりもずっと深く、そして優しくスバルの芯を溶かしていく。
ああ、この熱に溶かされてしまいそうだ
安堵の海に身を任せ、スバルの意識は心地よい泥の中へと深く、深く沈んでいった。
第14話をご拝読いただき、ありがとうございます!
今回はタイトルのM48が昇る時間に合わせて投稿しました!
第7話で完膚なきまでに叩きのめされた『雷牙暴猪』。
あの時の絶望を、今のスバルが「静電気」と切り捨てる圧倒的強者感を感じていただけたなら幸いです。
今回初披露となった『紅焔暗条』。
M42(オリオン大星雲)の深淵で、新たな恒星が産声を上げる熱量をイメージして執筆しました。
泥臭い「かっこつけ」を貫いたスバルに、そして少しだけデレた(?)リセに、
もし「いいじゃん!」と思っていただけましたら、
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