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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: くろーばー
第三章『M30:泥沼の膨張、灰桜の脈拍』
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第十三話『M82:泥灰秋桜(シガー・コスモス) 一等星の存在証明』

炎の翼が昼を焼き尽くし、旋回を終えた怪鳥の瞳が、射抜くような殺意で俺たちを捉えた。

久しく忘れていた、死という名の冷たい手触り。

だというのに、空虚だったはずの胸の奥で、命の鼓動が熱く、烈しく、産声を上げていた。


熱を帯びた沈黙を、リセの衝撃波が引き裂く。

だが、確信に近い勝利の予感は、無慈悲な現実の前に霧散した。


「……っ、届かない! 衝撃が、触れる前に熱に歪まされる……!」

悲鳴に似た彼女の叫びが、爆炎の渦に呑み込まれる。

上空を支配する『迅炎翼鳥アクセル・ホーク』。その羽ばたきが生む熱対流は、触れるものすべてを

拒絶する「絶対零度の拒絶」ならぬ「絶対熱の防壁」となって、リセの光を無造作に掻き消した。


「衝撃が駄目なら質量で!」

二層の応用で放った泥のつぶてが、怪鳥の熱圏に触れた瞬間に黒い煙となって蒸発する。

怪鳥の喉元で、炎が白熱していく。赤から黄、そして純白へ。


「あっつ…」

放たれた極光の火球をリセが辛うじて消失させるも、奴は嘲笑うかのように次なる絶望を練り始めた。


「このままじゃ、一方的に焼き尽くされる……!」

膝をつくリセ。その指先を震わせていたのは恐怖ではない。星導者スターゲイザーとしての矜持を砕かれた、あまりに無慈悲な「相性」という名の壁への絶望だった。


白濁する火球は悠長に九拍も待ってくれず、もう一度放たれた。

リセを守れ、いつも言ってたろ!九拍するまではただの女の子なんだって!

その意志に答えるかのように、発動していた第四層『流泥受容サーモス』は広がってゆき、リセとスバルを覆い隠すように質量を上げる。


「第三層:『泥濘結界メソス』!!」

第一層『砂雲対流(トロポス)』が広範囲になったようで何か違う。

結界内は確かに一層そのものだが、結界の枠は四層。

まさに反撃など考えない完全な防御陣形だった。


着弾してすぐ、結界内を浮遊していた砂雲が一点に集まり何とか火球を防ぐことに成功した。



「はぁ、はぁ、リセ、俺を使え」

震える肩を抱き寄せるように、俺は一歩前へ出る。


「……スバル、焼かれるよ? 私の魔力を閉じ込めたりしたら、あんたの体は――」


「汚れ役は慣れっこだ。俺の泥なら、あんたの熱も、あの鳥の炎も、まとめて『受容』してやる。……あんたの衝撃を、一滴も漏らさずあいつに叩き込む『桜並木』になってやる」

すべての砂雲を右腕に集束させる。


『泥岩装武』と『流泥受容』。かつて外敵を防ぐためだったその力は今、内なる暴威を飼い慣らすための漆黒の檻へと形を変えた。

意を決したリセの、白く細い指先が、俺の腕に重なる。

リセの体温が、服越しではなく直接血管に流動してくる感覚。熱い。焼ける。けれど、その奥にある彼女の『震え』と『祈り』が混ざり合って、自分の空虚なかが満たされていく。


「……壊れないでおくれよ、スバル。……爆発スターバーストさせるよ!」

注ぎ込まれるのは、魂を炭化させるほどの圧倒的な熱量。

泥の器は内側から灼かれ、白熱し、崩落の淵に立ちながらも、一点突破の「秩序」を維持し続ける。漆黒の腕から漏れ出した余剰エネルギーが、上下に激しい光柱となって噴き出した。

それは、暗黒星雲の胎内で新星が産声を上げる瞬間――葉巻型銀河(M82)の写し鏡

――共星:連理バイナリ、『M82:泥灰秋桜シガー・コスモス』。


「行けえええええええッ!!」

咆哮が重なった刹那、漆黒の槍が音速の壁を爆砕した。


泥と衝撃、そしてちっぽけな虚勢を詰め込んだ一撃が、炎のカーテンを切り裂き、天を衝く。

音が消えた。熱風が止まった。ただ一筋の、灰色の軌跡だけが世界を二分し、炎の王を射抜き

空の支配者の胸を貫いた瞬間、夜空には血のような紅と星のような灰が混ざり合い、巨大な秋桜コスモスが咲き誇った。

燃え尽きた魔力の残滓が、白い雪のような「灰」となって、ふたりを優しく包み込んでいく。


「……はは、やったな。……一等星、届いたろ?」

灰の塊のようになった俺を、リセが慌てて支える。

その瞳を潤ませていたのは、もう恐怖ではない。


「……バカだね、あんたは。……でも、今の秋桜……少しだけ、綺麗だったよ」

降り積もる灰の中で、俺たちは泥臭く、笑った。


「……さて。焼き鳥の次は、灰掃除かい?あんたといると暇しないねえ、まったく」

呆れたような口調とは裏腹に、リセの手は優しく俺の頬を撫で、こびりついた煤を不器用に拭った。

その指先は、まだ微かに熱を帯びている。


「……リセ」


「なんだい」


「『桜並木』……ちゃんと、真っ直ぐだったか?」

俺の問いに、リセは一瞬だけ目を見開き、口を開けた。

やがて、彼女は夜空に残る灰色の軌跡を見上げ、ふっと、これまでにないほど柔らかく目を細める。


「ああ。……私の知るどの景色よりも、ずっと綺麗だったよ」

どちらからともなく、俺たちは再び小さく笑い、寄り添うようにして熱を失い始めた地面に背を預けた。

腕の中に残る、彼女の体温。

鼻腔をくすぐる、焦げた泥と桜の混じった、奇妙で愛おしい香り。

人間性なんて高尚なものは、相変わらず俺の中には見当たらない。


――だが、この心地よさだけは。

神様が俺をどう定義しようと、譲るつもりはなかった。

天頂に輝く無数の星たちが、泥だらけの俺たちを、ただ静かに見守っていた。

戦闘描写書くのって難しいですね

今回はM82が南中、最も高く昇る時間に合わせて投稿しました!

1.2話くらいで焼き鳥にされた迅炎翼鳥、なんかごめん

因みに火は消失させても顕現できないです。

あと一応現象判定ですが衝撃と違い体積が動くので九拍。

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