第十二話『M64:逆旋の黒瞳、慢心を焼く炎』
全身を巡る『星雲』は、もはや制御を離れた塵ではない。泥スバル――かつての自分という「空虚」を呑み込み、漆黒の円環となって俺の意志に従っている。
リセはそれを見て、少しだけ寂しそうに、でも誇らしげに笑う。
「――合格だよ。今のあんたは、少しだけ泥臭くって、綺麗だね」
リセの声が夜の闇に優しく響き、心地よく脳髄を揺らした。次の朝の事だった。
前日の泥スバルとの戦闘を経て、ようやく自身の星屑『M42:泥星雲』に向き合えたスバルは自分の力が試したくてしょうがなかった。
「へへ……見てろよ、リセ。今の俺なら……」
その言葉を遮るように、夜の森に鋭い殺気が走った。
ガサリ、と草木を掻き分ける音。闇の中から浮かび上がったのは、昨日の朝哀れにもリセに鏖殺されていた、この辺りを縄張りとする魔獣。「穿角凶狼」というらしい
「チッ、昨日の仕返しかい?なっさけないねえ。スバル、下がって――」
「いや、リセ。俺にやらせてくれ」
リセの制止を片手で制し、俺は一歩前へ出る。
かつては同じ土俵で戦うことすら許されなかったた凶狼の群れ。
だが、今の俺にはその動作一つ一つが、驚くほど「遅く」見えた。
「ガアアアッ!」
先陣を切った一頭が、素早い突進を繰り出す。
かつての自分なら、ここで喉笛を食い破られて終わりだ。だが、今の俺は動かない。ただ、周囲を漂う泥を「受容」の形に変える。
第二層『泥岩装武』
第四層『流泥受容』
泥スバルを倒した後に使えるようになった同時顕現。
「――無駄だぜ」
ガチッ、と。
鋭い爪が俺の胸を裂く直前、粘り着くような漆黒の泥が、その衝撃を無造作に呑み込み、消失させた。
狼が当惑の声を上げる暇も与えず、俺は泥を「形」にする。
「第二層、変形態――『泥岩の楔』」
鎧としての装武を、一瞬で鋭利な杭へと変質させる。
リセや泥スバルにボコられながら掴んだ、応用の極致。
放たれた杭は、狼の眉間を容赦なく貫き、その体を地面に縫い付けた。
「……はは、凄いなこれ。本当に、何でもできるじゃないか」
残りの群れも、もはや敵ではなかった。
迫る牙を『受容』でいなし、泥の刃で一蹴する。
立ち上る砂煙の中、俺は自分の手のひらを見つめ、確かな万能感と「熱」に酔いしれていた。
「へへ、どうだリセ。武器も作れて攻撃もほぼ無効化できる。……ぶっちゃけ今の俺、リセより強いんじゃね?」
調子に乗った自覚はあった。だが、この高揚感を止められなかった。
背後で、リセの空気が一変したことに気づくまでは。
「……ほほう? 随分と大きく出たね、スバル」
振り返ると、リセが不敵な笑みを浮かべていた。
その瞳には、かつて狼を一撃で葬った時以上の、ドス黒い「本気」が宿っている。
「いいよ、そこまで言うなら……ちょっと『本物の星導者』の実力を思い出させてあげようか」
「え、ちょ、リセさん? 目が笑ってな――」
言い切るより早く、リセが掌をかざした。
構えすら得ない、ただの「押し出し」。
だが、放たれたのは衝撃波などという生易しいものではなかった。
大気が悲鳴を上げ、世界そのものが壁となって押し寄せてくるような、圧倒的な質量の暴力。
「流泥受容――」
全神経を防壁に集中させる暇すらなかった。
俺が「完璧」だと信じた泥の幕は、リセの放つ『面』の衝撃の前に、ガラス細工のように無残に粉砕される。
「――がはあああッ!?」
衝撃波に呑み込まれた俺の体は、木の葉のように舞い、十メートルほど後方の巨木に叩きつけられた。
背中に走る激痛と「熱」。肺から絞り出される空気。
「……調子に乗るには、百年早いよ。……だっけ?」
のっそりと近づいてきたリセが、倒れ伏す俺の頭を、小さな拳で軽く「コツン」と叩く。
「……さ、せ……せんでした……」
土を噛みながら絞り出した俺の降参に、リセは満足そうに鼻を鳴らした。
「よろしい。……まあ、今のあんたを殺し損ねたのは、褒めてあげてもいいけどね」
リセが少しだけ、誇らしげに目を細めたのを、俺は見逃さなかった。
「……さて。それじゃあ、ご褒美に美味しい朝飯でも――」
リセが言いかけた言葉は、空を引き裂くような異質な「音」にかき消された。
「――ッ!? スバル、離れなッ!!」
リセが俺の襟首を掴み、無造作に放り投げる。
直後、俺が倒れていた巨木が、上空から降り注いだ「白色の火球」によって、粉塵一つ残さず消滅した。
「……な、んだよ……今のは……」
砂煙の向こう側。
空を見上げた俺の視界を占拠したのは、巨大な翼だった。
全身を包む赤の羽毛、絶え間なく炎を放出する異形の巨躯。
雷牙暴猪がただの「静電気」に見えるほどの、圧倒的な炎の化身。
「……ありゃあ、『迅炎翼鳥』だね」
リセの声に、余裕はない。
彼女は鋭い視線を空に固定したまま、俺に向かって手を差し伸べた。
「この森じゃ、一位二位を争う化け物さね」
リセは頬に汗を伝わせながら、淡々と告げた。
その声に、いつもの余裕はない。
圧倒的な熱風が、森の湿り気を一瞬で焼き尽くしていく。
「もしかして雷牙暴猪よりも……」
「比べ物に成らないよ。あいつは私の能力と相性が最悪。はっきり言って分が悪い」
差し出されたリセの手が、微かに震えているのを俺は見逃さなかった。
見上げた空。
炎の翼が夜を焼き、旋回を終えた化け物の瞳が、まっすぐに俺たちを捉える。
久しく感じる、本物の死の予感。
――だが、その隣で。
空っぽなはずの俺の胸が、激しく、熱く、拍動を始めていた。
本日二度目の更新ですね!
続き書いたのに投稿しないの特別な理由でもない限り避けたかったので投稿します!
今回はM64が昇ってくる時間に合わせ投稿いたしました!




