第十一話『M81:―桜の鏡と、番の泥の人形―』
焚き火の爆ぜる音が、やけに遠く聞こえた。
夕食前の静寂。の気恥ずかしい膝枕の温もりさえ、夜の冷気が塗り替えていく。
「腹が膨れたら、次は頭を空っぽにする番だよ、スバル」
リセが立ち上がり、スバルの胸元に白く細い指先を添えた。
「朝いった通り私の能力は『顕現』。……形のない想いを、この世の理に縛り付ける力だ。お前の中にある『空虚』を、今から物理的に引きずり出してあげるよ」
「……俺の中身を?」
意味が分からずぽかんとしてしまった。
「そう。お前が向き合うべき、お前自身の正体だ。何、私もやった事だから大丈夫さね」
リセの瞳に桜色の魔力が宿り、スバルに手を翳す。
刹那、スバルの足元から泥のような漆黒の砂雲が溢れ出し、一人の形を成していった。
泥塗れで、虚ろな目をした、シャルルが死んだあの日のままの、無力なスバル。
「んだこいつ、まんま俺じゃねえか」
スバルの言葉を無視して、泥塗れのスバルが言葉を紡ぐ。
『――お前は何にも成れない、ただの泥人形だ』
顕現した「泥スバル」が、スバル自身の声を借りて嘲笑した。
『何も守れず、何も救えない。……お前が今立ってるのは、あの日のじいちゃんのかっこつけのおかげだろ?』
「……っ!」
スバルは反射的に『泥岩装武』を展開し、泥岩の鎧を纏う。
『自分の星屑も満足に扱えない様な奴が足掻くなよ』
だが、それをあざ笑うかのように泥スバルは星屑を発動させ、黒い粘り気のある泥の幕が覆う。
「んだよそれ……お前も使えんのかよ……それにその形態は俺でも知らねえぞ」
『第四層:『流泥受容』お前が使えるのはまだ第二層までだろ?見てたからよぉく知ってる。
お前がリセの膝でデレデレしてた時も、俺は冷めた泥の中で、あの日死んだじいちゃんの顔を数えてたんだぜ?』
「チッ、下に見やがって。ご自慢の四層引っぺがしてそのイラつく喋り方と面に俺の拳をご対面させてやるよ」
『ははっ、自虐ネタは結構。やれるもんならやってみろよ俺』
その言葉を聞いて黙っているスバルではない、勢いよく走りだし思いっきり振りかぶった。
――殴った拳が、まるで粘液に呑み込まれるように横へ逸らされ、すれ違いざまにカウンターを腹に貰う
「うっ……ぷ、てめえもあばら骨痛くねえのかよ」
『俺は空っぽだからな』
『何を驚いてるんだ? お前が「見たくない」と蓋をした泥が、俺なんだぜ』
泥スバルは無感情な瞳で、地面を這うスバルを見下ろす。
その周囲で蠢く『流泥受容』は、まるで全てを飲み込むブラックホールのようだ。
「……クソっ、だったら……! 第二層、変形態――『泥岩の槍』!」
リセにボコされていた時、ずっと考えていた技。
スバルは鎧を解き、その質量を右腕に集束。泥を無理やり固め、鋭利な槍へと変形させて突き出した。
一点突破、受容しきれないほどの硬度で貫く――そのはずだった。
『甘いな。なぜ鎧を解いた?できるはずだろう?同時顕現くらい』
泥スバルは避けない。槍の先端がその体に触れた瞬間、槍は粘りつく泥に絡め取られ、バキリと音を立てて砕け散った。
「ま、まだだ!変形態――『泥岩の剣』!」
砕かれた槍の残骸をかき集め、鋭い長剣の形へと姿を変えた。
一点集中が駄目なら、四層ごと泥スバルを引き裂くしかない!だがそんな甘い考えは再び崩れ落ちた。
『どうゆう思考でその答えに辿り着いたか、痛いほど良く分かるよ。俺はお前だからな』
泥の幕は剣の侵入を許さない。まるで生きているように蠢き、スバルの放つ泥の剣も槍も、泥スバルの纏う「柔」の防壁に音もなく吸い込まれ、霧散する。
一方的な蹂躙。泥スバルが振るう「完璧な星屑」が、スバルの肋骨を、プライドを、容赦なく砕いていき、スバルは再び吹き飛ばされる。
「あ……がはっ……!」
『無駄なんだよ。空っぽのお前に、何が積めるっていうんだ』
泥スバルの追い打ち。その瞬間、スバルの脳裏に「あの日」の情景がフラッシュバックする。
無力で、空っぽで、それでも。
地面に這いつくばるスバル。リセは手を出さず、ただ冷徹に、けれど力強く頷いた。
立ち上がるスバルの前で、泥スバルがトドメの一撃を放とうと肉薄する。
漆黒の泥が、スバルの視界を埋め尽くす。
(……ああ、そうか。拒絶するから、弾かれるんだ)
その言葉で確信したスバルは目を閉じた。粉砕された剣だったものを再びその身に宿した。
展開するのは基本中の基本――第一層『砂雲対流』。
「――混ざれ」
泥スバルの『受容』に、自らの砂を逆回転の『対流』として叩き込む。
「柔」の防御に「動」の侵食を混ぜ合わせ、泥の結合を内側からかき乱す。
『……ッ!?』
初めて、泥スバルの顔に驚愕の色が浮かんだ。
流泥が中和され、無敵を誇った防壁に「穴」が開く。
スバルの拳が、泥スバルの顎を真正面から捉えた。
「……ああ、そうだな。俺は空っぽだよ」
泥を啜り、絶望を食らい、それでも立ち上がったあの日のかっこつけ。
拳と言葉が交錯し、二人の境界が溶けていく――。
「空っぽだからこそ……この拳に、『あの日のかっこつけ』を詰め込めるんだよ!」
スバルの……いや、一等星のかっこ付けだった。
泥スバルが、一瞬だけ目を見開く。
そして、あの日のスバルがシャルルに見せたような、頼りない、けれど必死な笑みを浮かべた。
『……忘れるなよ、あの日と今日のかっこつけ』
泥スバルの体が崩れ、真っ黒な奔流となってスバルの全身を包み込んでいく。
それはもはや制御不能な星屑ではなく、スバルの意志に従う「漆黒の円環」へと姿を変え、あの日の雪のように溶けて消えた。
「――合格だよ。今のあんたは、少しだけ泥臭くって、綺麗だね」
リセの声が、夜の闇に優しく響いた。
さて、本日はM81が最も高く昇って沈みゆく時間に投稿しました。
告知するの忘れてましたごめんなさい
眠いので明日の朝にXの方で告知させていただきます




