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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: くろーばー
第三章『M30:泥沼の膨張、灰桜の脈拍』
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第九話『M5:―変光するはぐれ星―』

夜が明け、目を覚ました時そこは地獄だった。


「お、気分はどうだい?」

一見、普通の挨拶だと思うだろう。

しかし彼女は、リセは襲い来る狼型の魔物の群れを素手だけで圧倒していた。


突進してくる凶悪な角を持つ狼を一度触れてから避けるという変なこともしていた。

だが問題はそこでは無い。


「あの…いったい何を…?」

その光景に呆気に取られ、変な言葉使いになってしまった。


「見て分からないかい?戦ってるんだよ」

何を聞いてるんだと言わんばかりの顔でこちらを見てくるリセ。


「いやいや、どこの世界に目覚めの挨拶と一緒にやばそうな狼と戦う女の子が居んだよ!」

困ったような顔をしながら狼の猛攻を紙一重で、かつ「優雅に触れながら」受け流すリセ。

彼女の顔には、朝の散歩を楽しむような余裕があり、それがスバルには朝一番の地獄として映る


「ここに居るじゃないか」

少し諭すように言うリセにスバルは恐怖すら感じていた。


「それが異常だって言ってんだよ!」

痛むあばら骨を考えても、反射的に声が出た。

それはそうだ、自分よりも歳が低いように見える華奢な女の子が狼の群れ相手に傷一つ追わず躱し続けているのだから声位出る。


「そうかい?じゃあ早めに準備運動は終わりにするとしようか」

そう言うと、彼女の眼に満開の桜が宿り、すぐさま態勢を低くし一気に加速した。

直後に響く土が爆ぜる音。そして「バキッ」という鈍い音。

……体感にして五秒。実際はもっと短かったのだろう。

次々と狼の首を掌でへし折り、七体の狼の群れを返り血一つ浴びずに一瞬で鏖殺した。


その様は森を駆ける桜の花弁を散らす妖精……なんて生易しいものではなく、狼の首を瞬く間に折って駆け巡り、血溜りを形成する死神そのものだった。


「さて、朝ご飯にしようか。あんたも手伝いな」

リセは殺した狼の一匹を引きずりながらスバルの前に投げた。

その足元には、加速の際に付いたのであろう地を蹴った後が丁度七つ、そして転がっている死骸が六つ点在し、それは計算されつくした蝶道ような美しさを放っていた。


「その……お強いんですね…ハハ」

内心ドン引きだったが、狼と同じ末路は辿りたくなかったので心の内にそっと仕舞う事に決めた。


「ほら、無駄口叩いてないでさっさと捌くよ!」

その口調は先ほどとは違い、慈愛に満ちた温かい響きをしており何とも聞き心地のいい声だった。


「あの、ナイフは…?」

よそよそしくなってしまったが、仕方ない。あんな惨状を見せられた後だ、きっと許してくれる。


「よそよそしいねぇ、男ならシャキッとしな!ナイフはそれを使うといい」

そこには長年使われたのであろう少し古びたナイフがあった。

ナイフを手に取り、狼の腹に刃を入れる。すると堰を切ったようにまだ温かい鮮血が噴き出した。


「うわっ、んだこれ!?」

真っ赤に染まったスバルはあることに気づく、この狼は他の狼と違い打撃痕が腹にあり、そして最も静かに命を刈り取られている事に。

どうしたらこんな芸当ができるのか皆目見当も付かないが、サボってると思われるのは嫌だったので作業を続けた。


「なんだいその姿」

すっごく冷めた目でそんなこと言われても。あなたが殺した狼の腹切ったらこうなりました♨なんて言えない。


「狼の鮮血を浴びたらこんなんになって…」

言っても問題なさそうな事実だけを並べ場の終息を待つ。

そうすると、何もなかったかのように枝を集め始めるリセ。

脅威は去った、まあ胸囲は無いけど。


…なんだかすっごく冷たい視線を感じ、これ以上はマズイと思いさっさと終わらせる事にした。

山小屋でもともと野生動物を捌いた事があった為、意外と早く終わりそうだ。


「ふんふっふふーん」

鼻歌交じりに火を熾し始めたリセ。

畜生、なんだか損した気分だ。

相も変わらず血の一滴すら浴びていない雅やかな姿に、少しだけ不満を感じながらも作業を終わらせた。


「おや、捌くの上手いじゃないか」

火熾しはどうしたのかと聞きたくなったが喉の奥に流し込み


「実は昔、何度かやった事あって」

今できる最善の回答だったと思う。我ながら回答も捌くの上出来だ。


「じゃあこっちもさっさと火を点けるとしようか」

リセは指を枝に近づかせバチンと指を鳴らすと枝に火が付いた。


「は?なんで火が、だって星屑はシュレディンガーの猫って」

意味が分からず困惑するスバル。原理が全く分からなかったからだ。


「ん?その認識で合ってるよ?今のは衝撃と摩擦の観測をしただけさね」

呆けた面を自分がしていることに気が付いたのはそれから五秒後のだったか。


「いやいや、は?え?どゆこと?」

説明されても分かるハズがなく、更に分からなくなっただけだった。


「ん~説明するとなると難しいけど、私の星屑は正確に言うと違うけど消失と顕現を扱えてね。

今のは消失させてた衝撃と摩擦を顕現しただけさね」

得意げに語るリセを前に


「いや、じゃあ最初っからその説明でよかったよね!?何で変に難しい説明にしたの!?」

そういうとリセは少し考えた後


「君になら話しても問題ないか、私の星屑は脈拍が大いに関係する。摩擦や衝撃はある程度の大きさと量ならいつでも取り出せる。

だけど枝や石みたいな実体のあるものはいつまでも消せるわけじゃないし、元々あった場所にしか出せない、ある例を除いてね。生きてるものになるとさらに短くなるんだ。

しかも使用後はクールタイムがある、生き物などの実体のあるものなら心臓が九拍すれば再使用可能、衝撃とかなら半拍で再使用可能になる。

因みに自分にそれを適用すると……」

説明に熱が入ってきたタイミングでスバルが割って入ってきた。


「なんか色々制約があるのはわかったけど、説明はさっきのでよかったよね!?」

そう聞くとリセは少し恥ずかしそうにしながら


「だってそっちの方がカッコいいじゃないか!実際合ってるし!」

と予想外の回答が返ってきて不意に笑ってしまった。


「く、ふふふふ、ははははは!なんだよそれ!カッコいいから?んっだよそれくっだらねぇ!駄目だ腹いてえ!こっちはあばら骨折れてんだから、文字通りもうちょい腹に優しいギャグにしてくれよな!ゴホッゴホッ」


「笑いすぎさね!今なら衝撃を顕現してあばら骨もう一本か消失するということをその身をもって教えてあげてもいいんだよ!」


「ゲホッゲホ、ふう。どっちも勘弁!そうカリカリすんなって、ほら可愛い顔が台無しだぜ?」

スバルはリセを揶揄う目的で放った言葉だったが、リセの反応は意外なものだった。


「は、は?可、可愛い?誰が?」

顔を耳まで真っ赤にしていたリセに吃驚したが、変な空気に耐えられなくなり切り出した。


「ほら、そのカッコいい能力でさっさと肉焼こうぜ。火加減はよくわかんねえから任せるけど」

いつもの調子に戻そうとスバルが持ちかける。


「そうさね、お肉、焼かないとっ!肉取ってくるよ」

そう言って駆けて行くリセを尻目に、スバルは膝をついた。


「んだよ、あいつ。肉はここにあるじゃねえか」

スバルが捌いた肉はここにあるハズなのにどこかに行ってしまったリセを待ちつつ、肉に串を差し先に焼いておくことにした二分後、いつもの余裕と落ち着きを取り戻りたリセが戻って来た。


「お肉、そういえばそこにあったね、はは、は」

とわざとらしい演技をしてるリセを見た後、ちょうど焼き上がりだったため。朝食にすることにした。

焚き火の火を反射しているせいか、それとも「熱」を帯びたままなのか。

リセの頬にはまだ薄い赤みが残り、彼女はそれを隠すように、少し焦げた肉を勢いよく頬張った。


噛み締める肉の熱さと、森を抜ける冷たい風。さっきまでの冗談が嘘のような、けれど嫌いじゃない静寂。

……死神かと思えば、ただの年相応のガキだったり。全然掴めやしねえな


◆◆◆


肉を食べ終わり串を置いたリセが、不意に真剣な目でスバルを射抜く。


「さて、お腹も満たしたことだし、今度はあんたの星屑(アスタル)を見せてもらおうか。」

釘をを刺すようにリセが続けた


「変なこと言ったお仕置きだ、徹底的に鍛えてあげるよ」

そういった彼女の瞳には満開の桜が宿っていた。


その瞳に射抜かれ、スバルの背筋に冷たい汗が伝う。……朝食の平和は、もう『消失』したらしい

九話をご拝読いただき、ありがとうございます

因みにスバルの身長は176cm、リセは153cmとなっております

身長差っていいよね(語彙力)

次回から修行パートに入っていきます~お楽しみに

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