プロローグ『M3:ー猟犬達の聖火ー』
「……おい、そこのクソだせぇ――■■■」
その声が、タイヨウの耳に突き刺さる。
懐かしさだけが、胸の奥で引っかかった。
目の前に立つ少年は、確かに記憶の中の少年と重なっている。
だがその顔は、もう思い出の輪郭とは一致しなかった。
タイヨウは一瞬立ちすくみ、そして思わず声を上げる。
「スバル…?」
その名を零した時、心の奥で何かが揺れた。
それが何だったのかは、まだ掴めない。
「スバル、君は……私は―」
「何を言ってんだ、テメェ」
鋭い声だけが響く。
そこに、かつての温度はない。
ただ、凍てつくような光だけが輝いていた。
「七年か……」
その言葉は、誰かに伝えるためではなく、自分に向けられたものだった。
過ぎ去った時間の重さだけが、確かにそこに残っている。
スバルが去った後、タイヨウは空を見上げる。
そこにはあの日と同じ一等星が昇っていた。
あの日、あの三日間が、今やただの遠い夢のように感じられる。
――そう、あれは七年前。すべては、あの吹雪の冷たさから始まった
◆◆◆
……火の粉が一つ、また一つと舞い上がる
それは暗闇の中でだけ、まるで星のように輝いて見えた。
視界の端が熱を帯びるのを感じながら、僕はぼんやりとその光を追う。
頬を叩く感覚。重い毛布。そして、鼻を突く生きた煙の匂い。
「……おい、生きてるか。死んでるなら外に放り出すぞ」
ぶっきらぼうな声に、奈落の底から意識が引き戻される。
視界の先には、自分と同じくらいの年齢の、けれど鋭い眼光を宿した少年が、木のスプーンをこっちに突きつけていた。
「……あ、……あ」
「声は出るみたいだな。……お前、名前は?」
震える声で僕は呟く
「……あ、…….天....欺、……太陽」
「アマッキ? 変な苗字だな。まあいいや、とりあえず食え太陽。おじいちゃんの粥だ。泥みてえに不味いぞ」
不味いのかよ、と思ったが、僕は「それ」を震える手で口に運ぶ。
……確かにおいしくはない。というか、どちらかと言えば不味い。
口に含んだ瞬間、喉が拒絶反応で痙攣した。喉を焼くような雑味と、ざらついた食感。けれど、胃にじんわりと広がる温かさが心地よかった。
「……生き返ったか?」
彼の言葉をよそに、目頭まで温まるのを感じた。
「そういえばまだ名乗ってなかったな俺の名前はスバル、睦月スバルだ。別によろしくしなくてもいいぜ」
「うん、よろしく…」
僕は熱い粥を喉に流し込み、人心地ついてから、彼の胸元で揺れる「それ」に目を奪われた。
焚き火の爆ぜる光を浴びて、鈍く、けれど重厚な銀光を放つ金属の徽章。
表面には、吹雪に晒されても決して消えない、荒々しくも気高い六つの星が刻まれていた。
「……それ、綺麗だね」
「あ? これか。じいちゃんが昔、山で見つけた『落ちてきた星』を街の鍛冶師に打ってもらって俺が生まれた時にくれたんだ。『お前が道に迷っても、この星が導いてくれる』ってさ。……ま、ただの気休めだけどな」
スバルは照れくさそうに笑い、無造作にその徽章を指で弾いた。
「食い終わったんなら貸せ」
スバルが空になった木の器を奪い取るように受け取る。
地味に器が温かかったので名残惜しかったが仕方ない。
「あ、お粥、ありがとう」
「礼ならおじいちゃんに言え。俺は、雪の中に埋まってた『それ』を拾ってきただけだ」
『それ』と呼ばれたことに、僕は少しだけ唇を尖らせた。
「『それ』じゃないよ。僕は、天欺太陽。街から調査に来たんだ」
僕は少しだけ意地を張って、毛布の中から言い返した。
すると、太陽の名前を聞いたスバルは、鼻で笑った。
「太陽、ね。こんな雪山にゃ一番似合わねえ名前だな」
彼はそう言って、焚き火に新しい薪を放り込んだ。
火の粉がまた、星のように舞い上がる。
「で? その太陽様が、なんでわざわざ死ににきたんだよ。凍った誰かでも探しに来たのか?」
言葉はどこまでもトゲがある。
けれど、彼が薪を足すたびに、小屋の温度は確実に上がっていった。
「……違うよ。死にに来たんじゃない」
僕は薪が爆ぜる音に紛れるような、小さな声で返した。
「町のみんなが言ってたんだ。この雪山には、どんな願いも叶えてくれる『星の残り火』が落ちてるって。……それを、確かめたかっただけだ」
実際には、そんなお伽噺を信じていたわけじゃない。
ただ……、何か「凄いもの」を見つけて帰れば、僕にも居場所ができるんじゃないかと思った。
けれど、スバルは呆れたように大きなため息をついた。
「バカじゃねえの。そんなもん、おじいちゃんは一度も見つけたことねえってよ。お前が探してたのは、一番星じゃなくて、ただの墓石だ」
吐き捨てられた言葉に、僕は言い返す言葉が見つからない。
自分の浅はかさが、焚き火の熱よりも赤く、頬を焼くのを感じたけれど、それはスバルの放つ熱に、いつの間にか溶かされていた。
「……でも、見つかったよ」
俯いたまま、僕は呟く。焚き火の爆ぜる音が、一瞬だけ止まった気がした。
「……え?」
スバルも、薪をくべる手を止めた。
僕は胸元で鈍く光る銀の徽章から、そっと視線を上げてスバルの顔を見た。
「星はなかったけど、……君が、見つけてくれたから」
薪から飛び出した小さな火の粉が、僕の視界を横切りスバルの顔をほのかに照らす。
――そう。僕の探し求めていた『星の残り火』は、最初から目の前にあったのだから
スバルは鼻を鳴らして頭をかき回した後
「……変な奴」
スバルは顔を背け、乱暴に僕の頭を撫でた。
煤けた手のひらは、火に炙られたように熱くて、そして驚くほど優しかった。
外はまだ、すべてを白く塗り潰す猛吹雪が吹き荒れている。
けれど、この小さな山小屋の中だけは、暖かかったのを覚えている。
あの日の熱だけは、きっと色褪せる事はないのだろう。
深夜、星々の動きに合わせ投稿・更新致します。
具体的には24時~次の日の3時頃の間に、たまに日の出の時間とかになるかもです。
追記M3が最も高く昇る時間に投稿いたしました




