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クワセモノ ― 漂白される理想郷と、胎動する泥濘 ―  作者: くろーばー
第一章:『M3:泥の粥と、一番星の格好付け』
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プロローグ『M3:ー猟犬達の聖火ー』

「……おい、そこのクソだせぇ――■■■」


その声が、タイヨウの耳に突き刺さる。過去の記憶の中で何度も聞いた懐かしい声だ。だが、今、それを発した人物の顔は見覚えがなく、その目に宿る冷徹な光は、まるで見知らぬ人物のようだった。


タイヨウは一瞬立ちすくみ、そして思わず声を上げる。

「スバル…?」


その名前を口にした瞬間、心の奥で何かが揺れた。だが、それがどんな意味を持っているのかを、今の自分には確かめる術がなかった。


「スバル、君は■■■■■■■」


「何を言ってんだ、テメェ」

スバルの声が鋭く響く。その顔には、あの頃の懐かしい笑顔も、温もりも、すべて消え失せている。代わりに、彼の目は冷徹で、そしてどこか無慈悲に輝いていた。


「七年か……」


その言葉は、誰かに伝えるためではなく、自分に向けられたものだった。七年間という時を経て、全てが変わってしまったことを理解し、そしてそれを受け入れたくない自分がいることを、タイヨウは感じていた。


スバルが去った後、タイヨウは空を見上げる。月が高く、冷たい光を放っていた。あの日、あの三日間が、今やただの遠い夢のように感じられる。




ーーその火の粉は、まるで星々を宿したかのように、美しく、熱く、輝いていた。


視界の端が熱を帯びるのを感じながら、僕はぼんやりとその光を追う。

頬を叩く感覚。重い毛布。そして、鼻を突く「生きた」煙の匂い。


「……おい、生きてるか。死んでるなら外に放り出すぞ」

ぶっきらぼうな声に、僕は無理やり意識の底から引き揚げられた。

目の前には、自分と同じくらいの年齢の、けれど鋭い眼光を宿した少年が、木のスプーンをこっちに突きつけていた。


「……あ、……あ」


「声は出るみたいだな。……お前、名前は?」

震える声で僕は呟く


「……あ、…….(アマ)....()、……太陽」


「アマッキ? 変な苗字だな。まあいいや、とりあえず食え太陽。おじいちゃんの粥だ。泥みてえに不味いぞ」

不味いのかよ、と思ったが、僕は「それ」を震える手で口に運ぶ。


……確かにおいしくはない。というか、どちらかと言えば不味い。

口に含んだ瞬間、喉が拒絶反応で痙攣した。喉を焼くような雑味と、ざらついた食感。けれど、胃に落ちた瞬間に広がる熱が、今は妙に心地よかった。

凍りついていた芯が、内側からゆっくりと解けていく。


「……生き返ったか?」

彼の言葉をよそに、目頭まで熱くなるのを感じた。


「そういえばまだ名乗ってなかったな俺の名前はスバルだ、別によろしくしなくてもいいぜ」

僕は熱い粥を喉に流し込み、人心地ついてから、彼の胸元で揺れる「それ」に目を奪われた。


焚き火の爆ぜる光を浴びて、鈍く、けれど重厚な銀光を放つ金属の徽章。

表面には、吹雪に晒されても決して消えない、荒々しくも気高い六つの星が刻まれていた。


「……それ、綺麗だね」


「あ? これか。じいちゃんが昔、山で見つけた『落ちてきた星』を街の鍛冶師に打ってもらって俺が生まれた時にくれたんだ。『お前が道に迷っても、この星が導いてくれる』ってさ。……ま、ただの気休めだけどな」

スバルは照れくさそうに笑い、無造作にその徽章(バッジ)を指で弾いた。


「食い終わったんなら貸せ」

スバルが空になった木の器を奪い取るように受け取る。


「あ、お粥、ありがとう」


「礼ならおじいちゃんに言え。俺は、雪の中に埋まってた『それ』を拾ってきただけだ」

『それ』と呼ばれたことに、僕は少しだけ唇を尖らせた。


「『それ』じゃないよ。僕は、天欺(アマキ)太陽。街から調査に来たんだ」

僕は少しだけ意地を張って、毛布の中から言い返した。

すると、太陽(ぼく)の名前を聞いたスバルは、鼻で笑った。


「太陽、ね。こんな雪山にゃ一番似合わねえ名前だな」

彼はそう言って、焚き火に新しい薪を放り込んだ。

火の粉がまた、星のように舞い上がる。


「で? その太陽様が、なんでわざわざ死ににきたんだよ。調査ってのは、凍死体のサンプル採集のことか?」

言葉はどこまでもトゲがある。

けれど、彼が薪を足すたびに、小屋の温度は確実に上がっていった。


「……違うよ。死にに来たんじゃない」

僕は薪が爆ぜる音に紛れるような、小さな声で返した。


「町のみんなが言ってたんだ。この雪山には、どんな願いも叶えてくれる『星の残り火』が落ちてるって。……それを、確かめたかっただけだ」


実際には、そんなお伽噺おとぎばなしを信じていたわけじゃない。

ただ、何も持たない僕が、何か「凄いもの」を見つけて帰れば、あの冷え切った家でも、僕に居場所ができるんじゃないかと思った。


けれど、スバルは呆れたように大きなため息をついた。


「バカじゃねえの。そんなもん、おじいちゃんは一度も見つけたことねえってよ。お前が探してたのは、一番星じゃなくて、ただの墓石だ」


吐き捨てられた言葉に、僕は言い返す言葉が見つからない。

自分の浅はかさが、焚き火の熱よりも赤く、頬を焼くのを感じたけれど、それはスバルの放つ熱に、いつの間にか溶かされていた。


「……でも、見つかったよ」

俯いたまま、僕は呟く。焚き火の爆ぜる音が、一瞬だけ止まった気がした。


「……え?」

「星はなかったけど、……君が、見つけてくれたから」


薪から飛び出した小さな火の粉が、僕の視界を横切っていく。

僕が探していた『星の残り火』は、きっと、空から降るものじゃない。

目の前で不味い粥の器を抱え、僕を救ったこの少年の、その瞳の中に宿っているものなんだ。


スバルは鼻を鳴らして頭をかき回した後

「……変な奴」


スバルは照れ隠しのように顔を背け、乱暴に僕の頭を撫でた。

すすけた手のひらは、火に炙られたように熱くて、そして驚くほど優しかった。


外はまだ、すべてを白く塗り潰す猛吹雪が吹き荒れている。

けれど、この小さな山小屋(M3)の中だけは、星よりも確かな『残り火』が爆ぜ続けていた。

それが、僕の世界に「恒星」が生まれた瞬間でもあった。

深夜、星々の動きに合わせ投稿・更新致します。

具体的には24時~次の日の3時頃の間に、たまに日の出の時間とかになるかもです。

追記M3が最も高く昇る時間に投稿いたしました

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