第55話 雅なる人。それから未来
永禄五年(一五六二)三月二十一日
南部晴政への弁明が無事に終わったその日は、さすがに緊張していたのか、屋敷に戻ったらぐっすりと寝てしまった。思いのほか疲れていたようだ。
いや、それなりの大企業の社長にプレゼンしたようなものだから、我ながら緊張していたのだろう。
結果としては、悪くなかったと思う。晴政がどれくらい手助けしてくれるかは分からないが、協力の約束を取り付けられたのは大きい。個人的には、かなり満足した会議だった。
翌日の早朝。
高信が、起きたばかりの俺を呼び出した。
「鶴、お前の烏帽子親になってくれる方が来た。挨拶に行くぞ」
目が覚めない状態でいきなりそう言われてぼんやりしていると、「早くせんか!」と怒鳴られて俺は跳ね起き、すぐさま支度を整え、対面の間に向かうことになった。
「身なりはきちんと正せよ。厳しいお方だ」
少し脅すような言葉に緊張する。朝一でいきなりそう言われて心構えも出来ないままで緊張する。
しかし、烏帽子親。
つまり俺の後見人になってくれる人、という事だ。そのまま後ろ盾となってくれる人間、ということになる。疑似的な親子関係を結び、何かあれば烏帽子親を頼りにすることになる。
この南部家において、石川家の子息の烏帽子親になれる人物というのは限られる。
「親父殿、俺の烏帽子親はどんな方なのですか、昨日一戸殿、と言っていましたが」
昨日ちらっと口走っていた名前を確認する。この南部家において『一戸』と言えば。
「親類一家の一戸殿ですか?」
「おおそうよ、近年は気取って『一戸将主』などとも名乗っているらしいがな」
対面の間に入ると、そこにはひとりの武士がいた。高信は待っていた男に謝る。
「お待たせ申した、一戸殿。遅くなって申し訳ない」
「なに、急に訪れたはこちらよ、気を使わせてすまぬな、石川殿」
高信と俺が着席し、頭を下げる。
「石川殿、息災なようで何より」
「一戸殿もお元気なようで良かった。相変わらず一族の仲裁で大変と聞いたが」
「ふふ、吾の一族のもめごとなど、津軽の御郡代に比べれば軽いものよ」
和やかで親しげな雰囲気だ。
貴人、というのが最初の印象だった。
蠣崎慶広が麗しい美少年であるなら、一戸兵部大輔政連は華やかな無骨者、とでもいうべきだろうか。
決して美男というわけではない。いっそ悪相と言ってもいい。ごつごつとした丸顔には幾つもの傷跡が残り、特に口元の傷は引き攣れて痛々しい。細目の間から小さな黒瞳が覗き、酷薄な印象が強い。体つきも、武士らしく骨太で頑健だ。
だが、麗しい。
一目にも上等品と分かる、幾色もの花柄が散りばめられた、華美、という言葉が似合う羽織を肩に乗せるように羽織り、髪の毛や髭の一本まで整えているかと思う様なよい羽振り。そして何よりひとつひとつの所作からは、整えられた美しさがある。
こんな人種もいるのか、と感心していると、政連はこちらを見る。無骨な顔に感情の乗らない、能面のような表情を向けられると、恐ろしく威圧的だ。
「一戸兵部大輔政連殿だ、十郎、挨拶せよ」
「石川左衛門が次男、石川鶴です。一戸様に御目見えでき、恐悦至極にございます」
「一戸政連だ、高信殿とは父の代より世話になっておる」
向けられた声は、顔に似合わぬ少年のようなさわやかな声色だ。その声色に、彼が思ったよりも若いのだと気づく。三十代前半か半ばか、多分そんなものだろう。
南部家という、連合国家ともいうべき家を支える大家『親類一家』のひとつにして、南部氏の広大な勢力圏にその支族を広げている一戸一族の宗家として立つ男は、そんな男だった。
それから高信と政連は軽く近況を話し合っていた。俺はそれをぼんやりと眺めているだけだったが、政連が唐突に言った。
「……石川殿、ちょっとばかりのお願いがあるのだが」
「どうなされた?」
「何、烏帽子親として、余人を交えず鶴殿と話してみたいのよ。失礼ながら、席を外してもらえないだろうか」
えっ、ちょっと、どういうこと?
高信は眉を上げ、少し考えるかのように上を向いて、それから苦笑して立ち上がる。え、本当に行くの?
「十郎、一戸殿の咄相手を務めよ、ゆめゆめ失礼の無いようにな」
「は、はい」
「一戸殿はなかなか怖いぞ、きちんと答えねばすぐに追い込まれるぞ」
「石川殿、御子息を脅してどうする」
高信はハハッと笑って部屋から出ていった。
「さて」
二人向き合う。雅な人に特有なのだろうか、独特の緊張感があるな、この人。
何を聞きたいのだ、と身構える俺に、政連は自然体で力を抜く。
「御身は津軽で生まれたそうだな」
「はい」
「御身には何があるのだ?」
唐突な問いだった。思わず首を傾げる。
「高信殿は何ゆえ吾に貴殿の烏帽子親を頼まれたのか? 御身には分かるか?」
政連はそう問うてきた。
「一戸は吾が父の代から高信殿と手を組み領地を広げてきた家、吾が烏帽子親になるということは、その者は一戸の後ろ盾を得るということ。その後ろ盾を得るということは、石川殿にとっては我らとの関係を譲るということでもある。何故それが嫡男の信直殿ではなく、次男の貴殿なのか」
政連は、眉をはっきりとひそめた。
「高信殿には長男として信直殿がおられる。石川高信の名跡を継がせるのであれば、信直殿の方が筋であろう。
吾は信直殿とも、良い関係を築かせてもらっていると思う。一戸と石川家の関係をより強く結びつけるために、長男との関係を強めてくれると思うておったが、何故か名跡を継ぐでもない次男の烏帽子親という役目を頼んできた。解せんことだ。近頃の石川殿は一戸との関係を守り強めたい、と言う意思をお示しにはなられてはおらん」
政連は心底不可思議、とでも言うように首を傾げた。
「無論、信直殿の烏帽子親が御家督だったのは三戸家中の事情として仕方ないのは分かっておる。だが、一戸との関係がそれに劣るものであると思われとうないのだ。そして、嫡男の信直殿とそうではない貴殿ではやはり差が出る。石川殿が我らを軽んじているとは思わぬが、彼の存念がどうなっているのか、吾はいまいち理解できんのだ」
俺はようやく政連の言いたいことが呑み込めてきた。
「ははぁ……一戸様は、私では貫目不足と、石川高信が一戸家を軽んじているのではないかと、そう考えていらっしゃると」
石川と一戸は、同盟を結んできた。
高信配下の武士の多くが、一戸勢力をその出自としている。お互いがお互いに協力をして勢力を伸ばしてきた。
その関係性を継ぐ後継者が、嫡男の田子九郎信直ではなく、次男の鶴丸だ。一戸から見たら、ずいぶんと訝しく見える。
田子九郎信直が三戸南部氏の最大勢力である石川家の嫡子でありながら、そちらとの関係を深められないことに一戸様は不満を持っているということなのだろう。信直が石川の名跡を継ぐのであれば、分からない不満ではない。
「そうじゃ。それとも、御身には石川殿から何か役目を与えられておるのか?」
一戸は言う。
「本来は石川殿に聞くべきことじゃが、まずは御身に聞きたかったのよ」
どういう意味だろう。
確かに今の懸念は俺が聞いても仕方のないことだ。それなのに俺にそれを振ってきた。ということは。
(試されている)
俺が何かを知っているのか、たとえ事情を何も知らなかったとしても、この問いにどう答えるかを聞きたい、ということなのだろう。
こちらの何を図っているかは分からない。だが、少なくともこちらが烏帽子子として相応しいのか見ているのは分かる。
「あるいは、御身には他の者には無いものを持っているというのか?」
首を横に振る。自分も高信からは何も聞いていない。持ち合わせているのは農事の技術ぐらいしかない。
だが、自分には高信が何を考えているのか、一つの可能性に思い当たってしまった。他ならぬ未来を知っているがゆえに。
田子九郎信直は、石川家の家督を継がない。もっと地位高き家の継嗣となる。
信直は実子が居ない三戸南部氏家督・南部晴政の養子となり、南部宗家の家督後継者となる。そういう未来が決まっている。
永禄年間のいつになるかは分からないけれども、近い将来、そうなることを自分は知っている。
そして、恐らくだけれども、今の高信はそれを進めているということなのだろう。だから石川の名跡をどうするか明らかにしていないし、次男であるはずの石川鶴の烏帽子親を一戸殿に頼んだりする。
もちろん、これは今のところ、未来の知識を元にした想像でしかない。もしかしたら違う思案を考えているかもしれない。
だが、もし、もしそうなるならば、宙に浮いた石川家の家督はいったいどうなるのか。
史実では信直の弟(今世では俺の弟でもある)の浪岡政信が、滅亡した浪岡家を継ぐ形で高信の跡を継承した。だが、今の時点で政信はまだ成人していない。
その代わり、石川十郎という人間がいる。津軽で生まれ、石川で育った次男というイレギュラーが。
つまり、それまで石川家が担ってきた役割を宛がえる人間が、史実よりも早く現れた。それによって高信はその役割を慶信に与え、ひいては石川という家と、その家が持つ一戸との関係という重要な役割もその者に割り振る事に決めた――。そう考えればつじつまは合うのだ。
一戸様に気取られない程度の小さなため息を履く。その決定は、津軽郡代にして三戸南部氏の重鎮・石川家という重責を、自分に課せられるということだ。一戸政連が烏帽子親になるということはそういう意味であると、政連の言葉で改めて気づかされた。
(嫌だ、とも言っていられないんだよな)
自分が石川の家督を継ぐ――薄々想像していたことでもある。だが、その重さに尻込みしていたのが本当のところだ。
だが、気後れしてばかりもいられない。
ことにあっても平気な顔をして面子を張る、それが武士というものなのだろう、と短いながら戦国の世に生まれ直して十数年生きてきた自分の実感だった。
言葉を選びながら、政連に説明する。
「……我が父には、何やら思案があるようです。それは決して一戸家をないがしろにするものではありません。むしろ、ますます一戸殿を重んじることになりましょう」
「ほう、そなたは何か知っておるのか」
「いいえ、何も。ですが、我が父高信がどのような判断をしているのか、理由は推測できます。今ここで開陳出来ることではないのですが。……もう二・三年、お待ちください。さすれば我が父の意図が一戸様にも明らかに出来ましょう」
「ほほう」
「若輩者ではありますが、烏帽子親となっていただく以上、拙者も一戸様と良き関係を築きたいと思っております。今回の件が、石川と一戸、両家の弥栄に繋がることを拙者は確信しております」
「……そなたは石川高信の武威を知っておるか?」
政連は高邁にねめつける。
「石川高信は、津軽に入ってはその反乱を鎮め、岩手に入っては国人どもを打ち平らげて配下とし、安東の領地に踏み入っては劫略を重ねる。彼奴はこの奥国一円に名の轟く武辺者よ。誰もがその武に首を垂れ、敵ですらその名を聞けば震え上がり、敬意を払う。一戸もまたその力を頼りにしてきた。
御身はそのような者が打ち立てた家の者として働くことになる。御身にもその武威の一端を期待されよう。そなたは石川高信の代わりになれるか」
「それは分かりませぬ」
これは正直に答えるしかない。
「高信の武略は稀有のもの、それを息子とはいえ、おいそれと真似できるとは思いません」
武士になってほとほと実感したことなのだが、軍事というのは様々な技術や知識・身体的知恵の結晶により生まれる高度な総合技術だ。それを運用するというのは、すさまじいまでの才覚と、鍛練と、統率と、そしてきらめく勘を必要とする。一軍の将となって軍勢を指揮するというのは、まったくもってたやすい行為ではないのだ。
そして石川高信はそれらを持ち得る人間だ。生半可に真似できるなどと言えない。そして自分にその才覚があるとも思えない。
武士に生まれた以上、この年までにそれなりの鍛錬をしてきたけれども、どれも平凡そのもの。自分が高信を超えるなどということが、未来においても想像できなかった。
「ですが、拙者はその研鑽を怠るつもりはありませぬ。そして、いささか手前味噌ですが、農事に関しては詳しゅうございます。武威のみならず、他にも違う才覚をもって南部という家を盛り立てる所存です」
「その御身の農事、多少話は聞いておる。それは高信の武威に見合うほどの価値はあるのか?」
「正しく広められるのであれば、高信の武威に勝るとも劣りませぬ。その価値はあります」
真顔で言う。戯言と笑われがちな言葉であるからこそ、本気で言わなければならない。
そして一戸様は、それを少なくとも笑わずに受け止めた。
軍事というものが高度な総合技術ならば、農業もまた同じだ。不確定な要素を内包しながら、目的の為に作業を積み上げていく、という意味では似ているかもしれない。
そして、軍事以上に、社会に与える影響は計り知れない、とも思っている。比較するものでもないかもしれないが。
「……農事で武事の代わりにはならぬ。武事をおろそかにすれば農事に支障をきたそう」
ゆるりと、柔らかな羽織を翻して、政連はこちらの正面に立ち見おろしてくる。
「吾とて一廉の領主、農事も多少は知る。その無力も。
戦さというのは恐ろしいものだ。集められた軍勢というものは、いままで農民たちが半年かけて丹念に育てあげたものを、たった一日で台無しにすることが出来る。田を踏み荒らし、稲を焼き、農民を斬り殺す。それを止める術は農事には無かろう。武威が足りぬということは、そのようなことを招きよせるのだ」
「足りぬ分は家臣たちに補ってもらいます。高信とて一人で武功を上げたわけではありませぬ、尾本隠居様・金浜円斎様を用いて、多くの閉伊武士の援けを得て、今までの戦いを勝ち抜いてきたのです」
閉伊武士、の部分を強調する。この高信配下の閉伊武士は、一戸氏の支族が中心となっていたことを、政連ももちろん知っている。
「私は彼らの忠義に能う者になる努力をします。高信と同じ武事の高みにはいけないかもしれません。ですが、なればこそ彼らが最も力を出せるように振る舞える将になりましょう」
否応なく人の上に立たなければならないのであれば、せめてひとりひとりが働きやすく力が発揮できるように場を整え、共に研鑽し、そして責任を取る。それくらいしか、高信の築いたものを維持できるとは思えなかった。それほどまでに、石川高信というのは大きいのだ。
「それに、農事は国の基です。農事が強くなればこそ、武事も強くなります。その逆もまた然りでしょう。お互いがお互いを高め合う、その良き循環を、一戸様とであれば作り上げられましょう、高信がそうしてきたように」
「……左様か」
政連は、引き攣れた口元をニッと薄く笑みの形にした。
「『米数寄』としての話しか聞かんゆえ、少々不安であったのだが。吾の息子と年は変わらんだろうに、なかなかどうして物は考えておるようだの」
あ、やっぱり米数寄って広まってるんだ。ていうかどこまで広がってるのかしら、ちょっと不安になってきた。
「御身には将の片鱗があるよ」
「将の片鱗、ですか?」
「ああ。戦うべき時に戦い、死ぬべき時に死ねる心構えよ。よく練りたまえ」
そんなもの自分にあるだろうか? というか今の会話のどこにそれを見出したのか。内心首を傾げていると、政連はこちらに目線を合わせる。
「だが、忘れるな。御身が望む望まぬなど関係なく、周囲は御身を『石川高信の息子』として見て、期待する。その期待に応えねば、その言葉も、行いも、軽く扱われる。それどころか、周りに群がる有象無象どもにいいように利用されると心得よ」
「……御諫言、ありがたく頂戴いたします」
厳しい言葉に自然と頭が重くなり、垂れる。
南部家の一翼たる一戸家の当主の言葉には、実感と経験が裏打ちされているのを否が応にも理解してしまった。それほどの迫力と重みが、ある。
政連はこちらに近寄り、ふむ、とこちらの頭や服を触ってくる。
「あ、あの……」
「御身は少々地味じゃの。農事をやるにはそれでもよかろうが、戦場でそれはいかん。良い服でも見繕ってやろう。髪もきちんと整えられい、甘く見られますぞ」
「は? は、はぁ……」
「高信殿もあまり服には頓着せぬが、戦場では吾の父が見繕った陣羽織を着ているものよ。御身は御父上の戦場での姿を見たことはあるか? 美しきものには神仏が宿る、というが、高信殿が華やかな陣羽を翻して戦場を駆ける姿は、まさに伽藍絵にも勝る美であるぞ。吾はそれが好きでな」
「……戦場はありませぬが、凱旋の姿はあります。確かに絵になる姿でした」
「そうか。それを今度は御身にも期待することになる。御身が好むと好まざるとな」
恐ろしいことだ。
武家を背負うということは、そういうことなのだろう。
「御身の行く末、見定めてやろう」
政連は美しい所作で座り、すらり、と流れるように頭を下げた。
「烏帽子親、万事怠りなく勤めさせてもらおう。よしなに頼む、石川十郎殿」
こちらも威儀を正して頭を下げる。
「一戸様の御心に感謝いたします。若輩者の未来、見守りいただければ幸いです」
「……そうか、信直兄が三戸の家督を継ぐんだよな」
一戸殿が去った後、俺は未来のことを考えていた。
田子九郎信直は三戸宗家の家督を継ぐ。それ自体は寿ぐべきことかもしれない。
だが、彼は三戸南部氏の家督後継者となった数年後、大きな危機に見舞われる。
信直にとって義父となった南部晴政に実子・晴継が誕生するのだ。
実子が居なかった当主に、当主の血を継いだ子供が生まれる。これによって晴継に家督を継がせようとする動きが出る。
信直は家督を辞退したとされる。が、晴政は讒言を信じて信直を討伐しようとする。
晴政は三戸家中のみならず、八戸氏・櫛引氏・七戸氏など、南部の一家全体を巻き込んで信直を攻撃する。それを防ごうと北氏や南氏が信直方につき、三戸南部家を大きく分断する御家騒動が発生するのだ。
最終的な決着が最終的にどうなったかは不明だが、八戸氏を仲裁役として南部信直が助命されて田子城に戻り、北氏や南氏もその権力を維持した所をみると、和睦して終わったのだろう。だがこれにより南部氏は大きく力を弱めたと言われる。
これが起こるのが正確には不明だが永禄の末頃と言われる。数年後にまたこんな騒動が起こる。
そして同時並行で起こったのが、大浦為信、後の津軽為信による石川城攻撃だ。
元亀二年(一五七一)五月五日、津軽大浦領を支配していた大浦為信が挙兵、石川城を攻撃して石川高信を討ちとる。これにより南部氏の津軽支配は徐々に崩壊していき、最終的に津軽を失陥する。
南部氏の家督騒動はこの大浦為信挙兵とほぼ同じタイミングで起きたとされている。
――もし家督騒動が勃発して、津軽でも戦争が起きたら、俺は多分信直を助けられない。なんだったら津軽に居たら俺だって殺されかねない。
大浦為信の挙兵となったら、石川城が狙われる。あらかじめ起きると分かっているので簡単に陥落しないようには出来るかもしれないが、戦上手と後世に名が残る津軽為信相手に戦いは長引き、自分は為信対策のために足止めされるかもしれない。そうなったら、家督騒動が勃発しているかもしれない信直を助けることが出来ない。
……『かも』『もし』ばかりであまりに仮定が多いが、実際事件がどう起きてどう終わったかも不明瞭なので仕方ない。
ただ、少なくともこの二つの事件が起こると考えた場合、これらを止めなければ、俺や信直、高信が危険にさらされる。最悪殺される。
だから、この二つの事件を解決しなければならない。出来れば穏便に、事件が起きないようにするのが望ましいのだけれども、どっちも難しい気がする。
「出来るかなぁこれ……」
まあ、まだ数年の猶予はある。その間にあらかじめ準備出来ることもあるだろう。
まずは目の前の課題を解決していくことだ。特に飢饉を乗り越えなければならないのだ。
その日、三戸城内にて石川高信次子・鶴の加冠の儀が執り行われた。
比較的急ぎの加冠の儀となったが、それはこの後行われる鹿角攻めに間に合わせる為という事情が挟まれているゆえだ。
儀式は速やかに手早くおこなわれた。
南部氏家督・南部晴政、加えて石川家当主・石川高信はもちろん、一族御一門にして重臣・東政勝や北致愛を始め、三戸南部氏の家臣団列席の元で盛大に行われた。
烏帽子親には親類一家・一戸兵部大輔政連。南部郡中を構成する大家にて、石川高信とも懇意の一戸家当主である。
さらには一字書上に関しては、浪岡御所・浪岡具運より『慶』の字を特別に賜ることが南部晴政より伝えられると、一座はにわかにざわめいた。
苗字は在所を冠して石川、仮名は十郎となり、今日より『石川十郎慶信』と名乗ることとなった。
慶信は南部晴政より祝儀と太刀を賜り、元服して正式に三戸家の成員として務めることを誓った。
これによって、俺は『武士』となった。
俺はと言えば、儀式を一通り勤めることにとにかく必死だった。
周囲にいる大人たちの刺すような視線の中、ひとつひとつの手順を間違えぬよう慎重に動くことだけに集中した。
儀式の後の宴会では、とにかく型どおりの祝福を受け、返答した。何を答えたかも忘れるくらいだった。
なので、儀式を終えて宿所に戻った後で、ね子さんから労わるように「立派になったわね」と言ってもらえたのは大変沁みた。今生の母に喜ばれるのは、やはり嬉しい。
金浜は感極まったのか泣かれた。子供の頃から育ててもらった守役の涙に、俺もつい貰い泣きしてしまった。そして、「これからは一家臣としてお支えます。今後とも御頼りくださいませ」という言葉にまたぐっと来てしまった。
信直や於関様にも祝福された。やはり気心が知れた人からの言葉が一番心に刺さった。
こうして元服を終えた俺はすぐさま津軽へ帰国した。
そう、戦支度の為に。




