第45話 思うところ
石川領の山の中はいまだに雪が残り、黒々とした針葉樹と枯れた広葉樹の混じる、彩りの乏しい春先の景色が延々と続いていた。
細い山道を俺と弘宗はゆっくり歩いていく。
俺は手には鉄砲を持った状態だ。既に火薬と弾は装填しており、火縄はつけてはいないが準備はしている。弘宗は一間半ほどの鑓を手に持ち、周囲を見回しては獲物を探している。
「鶴様が狩りに出るとは珍しいですね」
弘宗が目線を他に向けながら言う。俺はちょっと考えてから答えた
「やっぱり珍しいかな」
「ええ、あまりお好みではないのかと思っていました」
確かに弘宗がそう思うのも当然かもしれない。
武家の習いとして狩りに出かけることはあったが、基本的に高信についていくか、弓の訓練としてまれに出ることばかりで積極的に行く方では確かに無かったからだ。
なのに今回狩りに出ようかと思ったのは。
「まあ、思う所があってな」
「? 先ほど『鍛錬』と言っておりましたが、それと何か関係があるのですか?」
「ああ、まあ、つまり……もう少し腕を磨きたいと思ったんだよ」
「鉄砲の腕を、ですか?」
「ああ。弓鉄砲の調練は狩りをするのがやっぱり一番だから」
高信に言われた言葉が引っ掛かったから、とはさすがに気恥ずかしくて言わなかった。
――武功を上げよ――
本当に嫌なことだが、高信の言葉は正しいのだろう。他ならぬ高信が武功を上げることで他の武士を率いてきた男だ。
勝てる武将には、戦う時以外でも人がつき従う。もちろん、人を率いる力は武だけではないけれども、この戦世の時代に武威は圧倒的な求心力を持つ。
そして鶴にもそれは求められている。
(俺がやりたいことをやる為には、それなりの発言力が必要なんだよなぁ……)
つい先日、浪岡具信の孤立を救うために動いたけれども、自分ひとりの力では彼を救うことは不可能で、津軽郡代・石川高信の力を借りなければならなかった。その無力感は、ある。
それに、いま行っている稲作技術を広めるためにも、今の立場ではきっと不足だ。人に耳を貸してもらうだけの実績が必要だ。
農事の実績だけでは不足というなら、武士としての実績も上げなければならない。高信が言ったのはそういうことだ。
だから、泥縄でも少しは鍛錬しないとと思ったのだ。
「しかし、何故鉄砲なのですか?」
「今のところ、鉄砲が武具の中で一番手に馴染んだから」
自分も一応武士の子、武士としての鍛錬は農事とは別に行っているけど、どれも才能があるとは思えなかった。金浜も熱心に指導してはくれるのだが、よく言って並。そしてこの時代、並程度では戦場に出てくる極上クラスの武士にたちまち蹴散らされてしまうのが目に見えていた。
この時代の武士、だいたいおかしいねん。一騎当千なんてさすがにお目にかかれないが、数十人相手にたったひとりでその戦場を支えてしまう化け物みたいな武士は実際、いる。
で、自分が扱った武具の中で一番ましなのが、最近数が揃った鉄砲だった。
火縄銃は〝現代〟の銃に比べたら性能は低い。有効射程は数十メートルだし、威力だって弓に勝てるかくらい。だが、膂力がそれなりでも撃てるし、的当ても個人的に弓より向いていたので、最近はよく火縄銃を使うようになった。弓だとそれなりに力がいるし、矢はまっすぐではなく弓なりに飛ぶので多分そこが相性が良くなかったのだろう。
「そうでしたか。なら獲物の一匹でも獲って成果にしましょう」
主君のやる気をみた弘宗は、納得して獲物探しに戻った。
が、なかなか獲物は見つからない。春先なので既に鹿なども新芽などを狙って動き出す頃合いだが、どうにも見当たらない。
さすがに暇になってきて雑談をしながら歩いていくのだが、弘宗がひとつ話題を振った。
「そういえば近々、浪岡から石川様に使者が来るそうです」
「使者? 何の使者だ?」
「そこまでは聞いていないのですが、ただ先触れの小者によれば、石川の御家に関わることで来ると」
「へー、親父殿からは何も聞いていないけど」
浪岡関係、ということは先日の騒動の件だろう。あの後かなりのやり取りをしたようだし。
自分はあれ以降、政治向きのことにはノータッチで、浪岡には行きはしなかったが、あの時結んだ約定に基づき浪岡具信や具運から送り込まれた技術者(農家や牛飼いなど)たちに、稲作や乳製品に関する講義を行った。石川と浪岡は今、いつになく人の行き来が活発になっている。使者もその一環だろう。
「鶴様、止まってください」
と、弘宗が俺を制する。
「草ずれの音がします」
耳を澄ます。風で草木が揺れる音が聞こえるばかりだ。
「獣が走る音、後ろです」
その言葉に気付く。
本当に微かに、さざ波のような草木の鳴らす音に混じって、規則的な音がわずかに、遠く、聞こえる。おそらく後ろから。
周りは見通しの悪く、下草が生え始め、暗色の葉が生えた針葉樹の森。
(やばい、近い)
すぐに火蓋を起こし、火薬を注ぎ、準備していた火縄を挟み、すぐにもで撃てるようにする。隣では弘宗が鑓を構える。
相手はまだ見えない。
木々の間をぐるりと見回して――いた。
山犬――狼だ。
狼が木々をすり抜けながらこちらに向かって疾走してくる。もう既に二十メートルほど。
(早い!)
地面の起伏も平気で走破し、突進している。あと十五メートル。狼ならこの程度の距離など数秒で駆け抜ける。
狼はまっすぐではなく、時々蛇行をしながら走り抜け、狙いが定まらない。
俺は狼に向けて火縄銃の引き金を引いた。
火縄が火蓋に落ち、わずかなラグと共に轟音と炎がはじける。
ズドン、と腹の底に響くような反動をそらす。
バチッ、と弾は狼の後ろの木を弾いた。外した。
発砲音は獣にとって恐ろしいものだ。普通ならこの音でたいていの動物は逃げ散る、が、目の前の狼は音にもひるまずこちらに突進してくる。
狼はもう目の前。俺はとっさに鉄砲を振りかぶる。
狼が飛びかかる。
俺は銃をそのまま上から振り下ろした。
ギャン!
俺に食いかかる寸前、狼の頭に銃身が叩き込まれる。狼は体勢を崩し、いったん引いた、が、すぐさまバックステップで体勢を整えると、再び飛びかかる。
悪寒がよぎる。
俺は銃を槍のように突き出すが、狼はそれをするりと避け――その横合いから弘宗が鑓を突きだした。
鑓は狼の横腹に突き刺さった。
息を引くような悲鳴を上げ、狼が横倒しになる。弘宗は刃をさらに押し込んで抑え込んだ。俺は小太刀を抜き、まだ暴れる狼を踏みつけ、首をかき斬った。
ごぽり、と血が溢れる。
狼は徐々に動きが鈍くなり、やがて止まる。
しばらく二人とも言葉もなく狼の末期をじっと見つめていた。息を整え、冷や汗を拭う。
「……よし、毛皮にしよう」
そう言うと弘宗は鑓を抜き、狼をあおむけにすると、無言で小刀を取り出してそのまま狼に刃を入れる。
「……危なかったですね」
「ああ、狼は凄いな」
後ろから襲撃してきたということは、多分こちらが気付く前から尾行していたのだろう。そのまま気付かなければ背中から食いかかられていたかもしれない。
あらかた皮を剥いだ後、血を近くの小川で洗い流した。
「鉄砲は――大丈夫そうだな」
銃身や台を確かめる。曲がったり壊れたりはしていないようなのでひと安心だ。
「十貫文以上もするんです、大事に使ってくださいよ」
「とっさに手が出ちゃったんだよ、最後なんか破れかぶれで突き出して避けられちゃったし」
銃剣とかはこういう時の為にもあるんだな、というのが納得できた瞬間だった。
「銃剣とかあったら叩かずに刺せたなぁ」
鉄砲の銃口と火蓋を拭きながらそう言うと、弘宗が不思議そうに首を傾げた。
「銃剣、ってなんですか?」
ああそう言えば火縄銃って銃剣ついて無いよな。簡単な道具だし、あっても不思議じゃないと思うけどなんでだろ?
「鉄砲の先に着ける短刀のことだよ。銃の先に短刀をはめ込む突起とかを作ったり、あとは短刀の柄に輪っかのような出っ張りを作って短刀を銃先に差し込んで、短い槍のように使えるようにするんだ」
「ああ、マタギの袋ナガサみたいなものですか」
弘宗はすぐに納得したようだ。袋ナガサとは山立――マタギなどが使う短刀だ。柄の部分が輪のようになっており、そこに木の棒などを差し込むと即席の槍になる。
「そうそう、銃口にそのまま柄を差し込むものもあるらしいけど、それだと差している時は射撃できないから外付けできるようにするらしい」
「なるほど、面白いですね。鉄砲衆の間に合わせの武器としては便利かもしれません」
持ってきていた紙に筆で概念図のようなものを適当に描くと、弘宗はいたく感心したようにそれを眺める。
「鉄砲の先につければ刀よりも間合いが取れる。鉄砲衆はどうしても距離を取らなければならないが、不意に陣地に押し入られても対抗できる。ひとつひとつの銃に合わせて作らなければならない手間はあるけど、短刀であれば太刀ほど手間もなく作れるし……」
ふんふんと興味深そうに頷く弘宗に俺は思いつきを振ってみた。
「そうだ、銃剣を作ってみないか」
「私が、銃剣、とやらをですか?」
「そうそう、こういうオプション――もとい、付け足しの道具があると便利だと思うんだよね」
本当に軽い気持ちで言う。
〝現代〟に居た時、『銃剣が戦場を一変させた』みたいな記事をどこかで読んだ気がするけど、なんでこんなアイテム程度が戦場を変えたのか、今でもいまいちよく理解できない。
けど銃剣という武器は生まれてから〝現代〟に至るまで使われていて、砲弾飛び交う戦場で行われる銃剣突撃なんてのが話題になっていたし、それくらい戦場では便利な道具なんだろう、きっと。護身用の武器として選択肢にあれば、鉄砲衆も助かるだろうし。
そんな軽いノリだったが、弘宗はかなり前のめりに頷いた。
「分かりました、作りもそれほど難しくはなさそうだし、農具作りもひと段落するので早速作ってみます。もしよろしければ、少しの間鉄砲を貸してください」
「いいよ、あとでもう少し詳しい概念図も作っておこうか」
テキトーに描いた概念図を渡すと、さっそく真剣な顔でメモを書きつけ始める。まるで創作意欲を掻き立てられた作家みたいだ。
「随分乗り気だな」
「これはとても面白い道具だと思います。それに我ら浪岡鍛冶は元々、槍作りで名を高めた鍛冶衆です、手慣れた浪岡槍を基礎にすればすぐ出来そうですから。……久々に農具以外も作りたいですし」
だからゴメンて。
その日は結局、他に何も取れず、俺たちは狼の毛皮ひとつを担いで戻るのだった。




