第43話 急いで準備
永禄五年(一五六二)三月十二日
糠部へ上府することになった。
糠部。鎌倉殿・源頼朝より拝領したという陸奥南部一族の本領だ。
実の所、源頼朝から拝領したというのは限りなく偽説ではあるらしいのだが、彼らが既にこの地を領地にして二百年以上は経っており、記録媒体が紙と口伝以外無いこの時代、拝領した当時の記憶など既に薄れており、彼らはより華やかで由緒のある――支配の正当性を得られる伝説を受け入れた。戦国を生きる南部一族は皆、その故実を信じている。
その糠部の三戸には、南部一族の惣領――南部大膳大夫晴政がいる。
彼に浪岡の一件を説明しなければならなくなった。自分の行為は、南部宗家でかつ石川家の本家である三戸南部氏にとっては少々問題となる行為であると、ようは弁明を求められたのだ。
やらなくてはならないことだったと思っている。だが、自分の主君が『説明せよ』と命じるならば、家臣としてそれに応じなければならない。父・高信の話では追認になるだろう、ということではあるが、おろそかな弁明をして怒りを買うような真似は避けたい。
ので、その前に済ませられることは出来るだけ終わらせなければならない。三戸への出立までまだ数日の猶予がある。それまでに手配しなければならないことは多い。
時期的には既に播種を終えて保温折衷苗代を作っている真っ最中なので、それらの資材の手配や各地から上がってくる報告を受けて、起きた問題を解決しなければならない。この前浪岡具信と結んだ約定の内容を履行するため、浪岡への技術提供も準備しなければならない。稲作関係に関しては俊加ら乳井修験に折衷苗代等の技術を伝えて協力してもらっているが、それでも言い出しっぺとしてはすべてを丸投げするわけにもいかない。
加えて、農事の準備にかまけて上府を遅らせでもしたらそれはそれで晴政の不興を買いかねないからこちらも出来るだけ必死に終わらせないといけない。
(具信殿のことが終われば余裕が出来ると思ったんだけどなぁ)
ため息が出る。やろうと思っていたことが色々ずれこんでしまっている。田植えまでには帰りたいけど、それが叶うかも分からない。
(でもまあ、南部晴政に会えるのは少し楽しみだ)
戦国期南部氏の当主。歴史好きとして会えるのが純粋に楽しみ、というのはある。今まで津軽から出なかったので、それ以外の歴史的人物に今まで対面することは出来ていなかったが、どんな人物なのか、やはり興味はある。
それに今回は弁明として行くわけだけれども、南部晴政に対面できるということは、悪いことばかりでもない。
「これは逆に言えば好機でもある、と思うんだ」
朝の農事から戻って城で書き物をしながら、俺が独り言のようにぼやくと、手伝いの金浜信門はものすごく訝しげな顔をした。
「好機とはなんですか?」
「晴政様――御家督様に、俺の考える農事計画の協力を得るための好機だと、思うんだ」
俺が『晴政様と会う』と言われて思いついたのはこれだった。
南部晴政は、南部という広大な領域の太守だ。
実際の権力はそれほどでもなかったとか、内紛続きで統率が取れなかったとか、後世さんざんな評価をされてはいるが、やはりその影響は南部領という広大な領域に及ぶし、たとえ影響力が限定的であっても、三戸南部氏という南部氏最大勢力を支配するその権力は馬鹿には出来ない。まずは彼にしっかりと弁明を行い、なるだけ耳を貸して貰えるようにしておかなければならない。その上で、農事についても聞いてもらいたい。
南部晴政は自分の〝主君〟だ。各領主がかなり独立的とされる南部家であっても、宗家を中心としたその紐帯は厳然としてある。その主君に話を聞いてもらえるなら、自分の領内だけではなく、三戸南部領、さらには南部領内全体にも飢饉対策を広められるかもしれない。
弁明の準備と共に、様々な提案もこれを機にまとめてプレゼンできるようにしておかなければならない。やりたい提案は山のようにあるけど、それを一気に放出したところで受け入れられるわけがない。重要度を決めつつ、受け入れられそうな、あるいはどうしても受け入れさせたい提案を絞って持っていかなければならない。
「何を考えられているかと思えば……」
金浜は「またいつものやつか……」と小声でため息をついた。聞こえてんぞ。
「分かっておられるとは思いますが、鶴様は弁明のために三戸へ行かれるのです。それを忘れてはなりませんぞ」
「分かっている。俺だって御家督様に不興を買いたくなんてない。その為にも、これを献上品として持っていくつもりだ」
と、そばに置いてあった掌程度の小壺を差し出す。金浜が栓を開けると、鼻をひくつかせる。
「火薬ですか」
「今期出来た分の火薬を、煙硝の作り方も込みで献上する。農事の提案と合わせて、親父殿とも相談して同意を得た」
こういう賄賂というか手土産じみたものが喜ばれるか分からないけれども、火薬という貴重な物資は晴政もかなり欲しがっていたそうだから、それを提供するのは今しかないと思うのだ。
ちなみに、高信に農事を晴政に伝えることを言った時は、最初は渋そうな顔をしていた。
「……石川領では俺がお前に命じて農事の仕事を任せている。だが、御家督――晴政はそのような権力を頼んでも与えてはくれんと思うぞ」
高信は険しい顔をしながら、そう釘を刺してきた。
「権力はいりません、いえ、立場が得られるならあるに越したことはないですが、今回はあくまで提供と提案です。技術の提供と、それを基にした普及の計画の提案を。そして、普及が進むのであれば、それを行うのは俺でなくても構いませんし、最悪知ってもらうだけでも構いません」
というか、たとえなにがしかの役職を得たとしても、個々の領主が分立するこの戦国時代では、技術を横断的に広めるには限界がある。領主一人一人の力が強い南部ではなおさらだ。
そういう役割はむしろ修験者や篤農家のような者が担った方が本当はいい。俺自身、その立場上石川領で農業技術を広めることは出来ても、それ以外の領地で広めるには難しい。浪岡などの事例のように、何らかの対価として技術を譲り渡すことは出来るが、逆に言うなら、領主という立場ではそれ以上は難しいのだ。
だから、修験などの地下に近く広域のネットワークを持つ者たちに協力を貰うとともに、技術を譲り渡す相手として南部全体を支配する男――南部晴政に渡し、普及に対して前向きな協力を引き出せれば、普及はより早く進むだろう。……問題が無いわけではないけれども。
「技術はかならず広まります。ですが、より早く、より健全に広めるためには土地土地の領主の協力が必要な事柄もあります。御家督様にもそれを知っていただき、もしお手伝いいただけるならば、と思っております」
「……かまわんぞ、先んじて書状を出すが、それにお前の提案について付け足しておこう」
それから高信は世間話のように軽く付け足した。
「鶴、お前はお前の農事を広めたいだろうが、これから先、もっと広めたいと思うなら、農事だけでは難しいだと心得よ」
「と、言いますと?」
「我らは武士なのだ」
高信は書状の用紙を出しながら淡々と言う。
「武士という生き物は面倒なものでな、武功を上げねばその者を軽んじてもいいと思っておる。お前が石川領を超えて農事をもって人を救いたいと欲すなら、そんな連中が耳を貸すような相応の武功を上げよ、ということだ」
「……俺はまだ元服前ですが」
「元服した後の話だよ。元服すりゃ否応なく戦場に放り込むからな」
高信は笑みを浮かべる。
「期待される者は期待に応えねばならない、ということだ。石川家次男のお前に向けられた〝期待〟は、なかなか重い上に数も多いぞ」
その言葉に、自分は応える言葉を持たない。ただ「……承知しました」とだけ言って頭を下げた。
こうして、高信からは無事許可を得て、新たな課題も課せられたのだった。
金浜はそれでも不安そうに目を細めて考え込んでいた。
「弁明がきちんと受け入れられ、御咎めなしとなれば、ご提案されるのも良いかもしれません。しかし、あまりやりすぎないように。御家督様の御興味を引けなければ、長話はかえって不興の元です」
「気を付ける。少なくとも保温折衷苗代のような技術があること、それを広める益があること、それだけでも伝えられたらいいんだ」
保温折衷苗代は、この寒冷地に住む為政者ならば確実に――確実に、と断言したっていい――何かしらの興味を持つ。稲作生産が津軽よりも不安定な糠部の地の領主であればなおのこと。
第一次産業従事者が推定八割以上を超す前近代において、食糧生産の安定的な増産は為政者にとって統治に不可欠な事項だ。それを成せる技術を見逃すはずがない、と思う。
「……何を書かれておられるのですか?」
金浜がこちらの手元を覗き込む。
「御家督様に見せるための農業技術の書付みたいのものだよ。口頭よりも、こういうものがあったほうが理解が早いし、もし御家督様が他の者に伝える時にも使えるだろう?」
今書いているのは、農業技術を説明するためのプレゼン資料そのものだ。これは数通作って何かあれば配れるようにしておきたい。無駄にならなければいいけど。
「……がっつり説明する気でいらっしゃいますね、鶴様」
「全部使うとは限らないよ。ただ、準備は万端にしたいからね」
「承知しました。――頼まれたものは揃えました。後は何を手伝えばよろしいですか、早く仕上げて、上府に間に合わせましょう」
そう言って金浜は新しい仕事に着手していった。
書類仕事をキリのいいところまで終わらせた後、その足で紙座――崎部喜八郎の作事場を訪れた。
「おう、鶴様! ちょっくら待ってくれ!」
紙漉きの作業を行っていた崎部喜八郎が作業の手を止めずに一瞬顔だけ向けて挨拶する。
職人小屋はバタバタと職人たちが作業を行っていた。紙漉き用の水甕が並び、原材料の木の無垢がまとめられている。
手代の案内で奥の間に案内され、紙売買の算用帳をざっくりと改め、さっそく買った紙で書き物をしながらしばらく待つと、一仕事を終えた様子の崎部がやってきた。
「遅くなりましたぜ鶴様」
「ああいいよ、むしろ仕事の最中に来て申し訳ない。さっそくだけど、紙の売れゆきはどう? 特に油紙は」
崎部はそのダルマのような体を揺らして笑った。
「順調すぎるくらいだ、作事場も広められたし、人も増やせた。売れすぎて逆に品薄になっているくらいだぜ」
それは良かった。ひとまず気になったことを聞く。
「品薄って、どれくらい?」
「苗代用の油紙はまだ今年分なら十分持つと思う。こっちで育った楮も質は悪くないから相応の物を出せそうだ。ただ、これ以上買い手が増えるなら楮と油の量を増やしてもらわないと来年は足りなくなるかもな」
「そうかぁ、やっぱり原木の生産量はまだ足りてないか」
「今年は一昨年植えた楮が育ったし、今の所は鶴様が他から買い付けてくれているから問題ないが、将来的に更に手を広げるならそこがひっかかるだろうな」
「買い付けとなるとそれなりの金額になるからねぇ」
寒い北国では楮などの生育が遅いので、今年も楡殿から原木や油、あるいは油紙そのものを買い付けてもらっている。それも足りないくらいになっているということはかなり売れていると言ってもいいのではなかろうか。その分だけ割高になっているけれども、それでも売れているのはやはり紙の需要の方がまだまだ圧倒的なのだろう。
「鶴様の折衷苗代のおかげだぜ。新しい苗代の方法を広めるから、その分だけ需要があって助かっているよ」
「それはすまないやらありがたいやら。今年も楡殿に頼んだ分を放出しないとな。油紙が足りないなら渡すからそっち名義で売ってほしい」
石川領を中心として行っている折衷苗代の普及に関しては、かなり順調と考えていいのだろう。今年から折衷苗代を試してみる、という家も実感としてかなり多くなった。それらの家にはこちらの補助つきで格安で油紙を売ったので、売れた紙の量は去年に比べてもかなり増えたことだろう。足りない分は先だって楡殿に依頼して買い付けておいた油紙を出しておいたから、量的には大丈夫だろうけれども、これからさらに普及するなら本格的に生産地を増やす必要があるかもしれない。
「それに最近、石川以外から油紙を買いたいって客が結構いるんだ」
「そうなんだ? それは折衷苗代として使いたいって?」
「ああ、油紙はこの時期は苗代以外の理由では売らない、って言っているからな。苗代で使うから、って熱心に言うから割増金額で売らせてもらったが」
ということは、領外にも折衷苗代が広まっている、と考えていいのだろうか。
「浪岡も今年から折衷苗代を始めるから、それを聞きつけた者もいるのかもしれないね」
「いや、それがな……」
崎部はぼりぼりと頭を掻いた。
「浪岡じゃなくて大浦から来た客が結構居てな。どうも、あっちじゃ鶴様の指南書の写本がそれなりに広まっているようだぞ」
「へー、そうなのか」
大浦。津軽三大領主のひとつ、大浦氏の治める領域だ。
元々あの折衷苗代の説明書は、広まることを前提にして書いたものだ。石川領内にばらまいたものだから、それが人づてに大浦領に流れていったとしても不思議ではない。農業技術を教えた乳井の修験者にしても、石川のみならず津軽領の広範な地域にネットワークを持っている。大浦など修験者たちの聖地の一つ、岩木山を抱えているのだからなおさらその繋がりも大きい。おそらく彼らもこの普及に一役買っているのだろう。
まあ、それにしても広まるのがちょっと早い気はする。
折衷苗代が普及するのは嬉しくもあり、怖くもある。広まれば広まるほど、農家の生活の安定の一助になるだろう。だが、折衷苗代の苗は育成するのに際して幾つか注意が必要にもなってくるし、それは説明書にも出来るだけ盛り込んだけれども、それをちゃんと守ってくれねばいらぬ失敗のもとになる。修験者の指導がついていればいいのだが。
今の津軽領で、苗代用の油紙をまとまった量で売れるのは今のところ崎部の所しかない。市場にも石川の商人が売りに出ているので、油紙がどう流通しているかはある程度把握できる。油紙の流通によって保温折衷苗代の普及度合いがおぼろげに分かるのだ。ちょっと便利といえば便利だ。
「気になるのが、ちょっと地位のあるお侍も買い求めてきたんだよ。その侍も大浦から来たって言ってたな」
「へぇ、どんなひと?」
「うーん、中年の、取り立てて特徴もない普通の武士って感じだったけど、こざっぱりと身なりが整っていてな。ああそうだ、唇の下に切り傷があったな。随分と熱心に苗代での油紙の使い方を聞いてきたぞ」
「大浦でも、ちょっと上の人に折衷苗代を熱心に進めたい人がいるのかもなぁ」
守信様や為信殿、信勝殿を思い出す。特にこちらを探ろうとしてきた為信を。
ふと思う。大浦領でこれだけ早く折衷苗代を広げようとしている、ということは、大浦家そのものも折衷苗代のことを探り、取り入れようとしている、ということだったりするんだろうか。その身なりの良い武士とやらも、大浦家中の関係者だとか。
頭を振って根拠のない想像を払う。実際どうなのかはあれ、折衷苗代やその他の技術が広まること自体はありがたいことだ。
普及については、技術を指南した乳井の修験者が一番よく知っているだろう。後でちょっと確認を取ってみよ。
再開しました。よろしくお願いいたします。




