ギルドマスターの依頼(4)
日の出とともに俺は西に向かった。すっかり砂嵐は止んでいたので、煩わしかった包帯のようなターバンを脱ぐ。
第二坑道の入口を探すと、地図と寸分違わずそれはあった。第一坑道とは違って、木陰に紛れた茶色い壁のトンネルだ。裏口のような役割なのだろうか、比較すると粗雑に掘られている。
義眼を取って入口付近に隠すと、また第一坑道入口に戻った。戻る途中で集めた木の枝や葉を使い、簡易的な屋根を作ってその下で横になり、一日中入口を見張ることにした。
――まあ、このまま大坑道に突っ込んで行ってもいいのだが……少しばかり気にかかることがある。
それに心の準備ってやつが必要だ。特にダンジョンっていうのは、不測の事態が起きやすいからな……。
大坑道の入口は遠目から見ても不気味だ。一歩踏み込めば奈落に落ちる深淵な闇がこちらをじっと見ているようだった。
ふと村の方からこちらに近寄る足音が聞こえた。懐にしまっていたターバンを巻いて正体を隠す。失った左目も眼帯のようにぐるぐる巻きにした。
「こんにちは、ギークさん。もしよかったら、食事をどうですか?」
ハネンが木の葉で編んだ籠を三つほどもってきて、俺の前に持ち上げた。
三日以内にクエストは片づけるつもりだったので、俺は飲み物しか準備していない。ウエストリバーを発ってから、食事らしいものにありつけていなかった。
――しかし身元が割れるのもあれだし、気難しい娘の相手はしたくないな。
「入りますよ」とハネンは考える余地を与えず俺の横に座った。一人分のスペースしか作っていないので、腕が触れ合う狭さだ。
並べた籠を開けると色とりどりの野菜と、鹿肉のような小ぶりのステーキが入っていた。もう一つの箱にはパンが入っていて、蓋を開けると小麦の焼けたいい匂いが漂う。
「おいしそうだ」俺は思わず声に出して言った。
「少ないですけど、よかったらどうぞ」
結局俺は感謝しながらハネンの差し入れを食べた。
不意にマイロンとの甘い思い出がよみがえる。
――あれは、俺がまだギルド保安官になって間もない頃だった。
ユーゼリエ家が盗賊団に狙われているという情報をつかんだ俺はマイロンの豪邸を三日間、防犯のために巡回していた。
そんな俺を見ていたマイロンが邸宅から抜け出して、こっそりサンドイッチをもってきてくれたのだ。その時人生で初めて俺は恋に落ちたのだ。
でも……そのマイロンは……いま違う男にサンドイッチを……。
「……あのー。あのー」
心配そうにこちらを覗き込むハネンの顔が、一瞬だけマイロンの残像と線を結んだ。思わずマロンちゃんと言いそうになって、頭を振って正気を取り戻す。
「お口に合わなかったですか? 無理に食べなくてもいいんですよ?」
「いや、とても美味しい。力が漲るよ」
全部食べ終えるとハネンは口に手を当てて、俺の食べっぷりを小さく笑う。
そして空の弁当を集めると風のように去っていった。
***
その日、結局俺は一度も大坑道に足を踏み入れなかった。
夜になって第二坑道の入口に仕掛けておいた義眼を回収し、映像を確認する。
昼間の映りは良好だ。東風も止んでいて、葉擦れの音まで聞こえてきそうだ。
少し映像を早めると、鹿の親子が通り過ぎる。さらに先へ映像を進めていく。
すると、斜面を歩く人影が見えた。ドワーフにしては背が高い。
俺と同じようなマントを羽織り、頭巾を深くかぶっていた。
――ローグだ。
一匹狼で無法者。金に困れば、殺しにまで手を染める奴らをそう呼んだ。
パーティー内で起きたクラックなどが原因で、ギルドから追い出され、クエストが受けれずローグに落ちぶれてしまう奴もいる。鮮明に映し出されたローグの顔は、ギルドでおたずねものになっている奴だった。
話が見えてきた。
ダンジョンのモンスター一掃であれば、これほど多くのギルドメンバーが失敗することはない。モンスターへ意識を向けている横から、隙をついてギルドメンバーの命を奪っているに違いない。
映像のローグは俺と同じ図体で、腰に刀を携えている。
まずはこいつを倒さなければいけない……。
俺は懐にあるスキットルを取り出して、ウイスキーを一口飲んだ。




