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ギルドマスターの依頼(5)

 朝起きると、頭がぼんやりとしていた。

 自分がギルド保安官だったこと忘れていたようだ。


 ――いつも、そうだった。命を()ける日の朝は、体が重くなる。


『今日は大坑道(だいこうどう)に行って、ローグをしょっぴくんだろう』


 ギルドマスターに似た声が、俺をせきたてる。この妙な声は時々頭のなかで幻聴となってあらわれる。もう一人の自分なんだろう。はっきりとしたことは分からないが、こいつのせいで随分危険な目に遭った。

 俺はガイドルのようなストイックなギルドマスターに憧れていて、正義感も一般人よりは持ち合わせている。しかし、いざ命懸けになってみれば頼っていた信念などはもともとなかったのではないかと、土壇場で疑い始めるのだ。

 その膨らんだ疑心こそが最大の敵であることを、この声は知っている。いわば俺の奥にある本能の声なのだろう。


『分かっていますよ。俺はギルド保安官ですからね』


 俺は心の中でその声に皮肉を言った。


***


 第二坑道は巨大な生き物のように空気を吸っていた。

 湿った土壁を虫が()いずり回り、カビの臭いが充満している。


 俺は第一坑道と交差する手前まで歩き、もともと想定していた壁のへこみに身を隠す。

 右目を閉じて、うっすらと左目だけを開けた。

 視界の闇が払われていく。

 洞窟の全貌(ぜんぼう)が緑色になって、はっきりと見えた。わずかな光を捉える義眼は、昼間の洞窟であれば、明かりがなくとも十分な視界を確保した。


 しばらくすると、入口から誰かがやってきた。

 洞穴にできた水たまりを器用によけながら、慣れた様子でこちらに近づく。

 ちょうど、俺の前を影が横切る。

 俺は背中から首元に手を回した。


「ぐぅ……!」


 フード越しから男の汗が臭った。

 急に襲われて気が動転しているようだ。


「うぐぐ……」


 男は気を失わないように耐えながら、俺の腕に手をかける。だが完全に首をロックした俺の腕を、引き()がすには遅すぎた。体をひねったりしながら暴れると、両足を滑らせて前方に回転させしりもちをつく。

 不意に俺は背中から地面に叩きつけられた。

 肺の空気が強制的に押し出され、背骨から激痛が走る。打ちつけられた場所が泥水だったので、どうにか折れなかったようだ。男は朦朧(もうろう)とした意識の中で、倒れたまま腰元(こしもと)の刀に手を伸ばす。

 緩んでしまった首をきつく締めあげた。この腕を離してしまえば、有利な状況をチャラにされてしまう。

 刀の柄をつかもうとする腕を、左足で必死に蹴り上げて、抜かせないようにする。

 刀身が入口から差し込んだ光を反射した。刀半分ほど(さや)から出したところで、男の全身から力が抜けるのが分かった。

 ローグは水たまりに顔を半分漬けたまま気を失った。


 気力、経験共にレベルの高いローグだった。モンスターと戦っている最中に、こいつに不意を突かれれば大抵のギルドメンバーはやられるに違いないだろう。


 俺はローグの手足を縛り、鉄パイプを握るとさらに奥へと進んだ。


 第一坑道と交わり、そこからさらに1マイルほど歩く。

 空気が突然冷たくなる。濡れた岩肌に青白い光が反射していた。その角を曲がると、大空洞(だいくうどう)に出た。


 いくつもの魔石がコバルトブルーの光源になり、できた鍾乳石(しょうにゅうせき)の影を何かがよぎる。

 モンスターの息遣いが聞こえた。不気味な声が共鳴して、魔石を守るように魔物が徘徊(はいかい)していた。

 距離は十分だ。

 壁際に寄って、鉄パイプを取り出した。

 左指を末端の切れ込みに入れ、反対の端を右の甲に乗せる。

 左目を鉄パイプの上部に近づけて、一番手前のゴブリンの頭を狙った。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ」三度息を吐いて、ゆっくり息を吸って止める。


 魔法を左指から発射した。魔法で作られた氷の塊を風の力で吹き飛ばすと、(とが)った氷塊は一瞬でゴブリンの頭上を飛び越えた。

 遥か遠くの岩壁が穿(うが)たれる。

 狙われたゴブリンは音のする方を見るが、狙われていることには気づかない。


 ――空洞内に風があるな。少し下に補正。


 右腕をほんの僅かだけ下げると、義眼の驚異的な視力でゴブリンの頭を確認する。

 鋼を撃つような凝縮された音が鉄パイプから聞こえると、撃ち出された氷柱(つらら)がゴブリンの頭を一瞬で消し飛ばした。

 頭を無くした体が、わけも分からず一歩進んでから崩れ落ちる。


 ゴブリン、バジリスク、グール、ガーゴイル……。最後に三連射をしてキマイラを仕留(しと)め終えると、大空洞から生き物の声が消えた。

 残ったのは亡者(もうじゃ)の叫び声のような、洞窟の息遣いだけだった。


 モンスターがいないことを十分に確認してから、大空洞の中央に位置する柱まで歩く。

 魔物が円を描いて歩き回っていた中心には、緑青色(ろくしょういろ)が混ざった一際大きな魔石が輝いている。


「……なんて大きな魔石だ……」


 通常の青い光ではなくターコイズグリーンのような色味もある。魔石の景色にはオーロラのカーテンが映し出されていた。

 鉄パイプで魔石が傷つかないように気を付けながら、土台を崩して魔石を手にする。

 手のひらにやっと収まるほどの大きさで、ずっしりと重い。


 ――攻略の証拠として持っておこう。


 内ポケットにしまうと、大空洞を後にした。



 第二坑道から出口に向かうと、失神しているはずのローグの姿がない。

 左目で周囲を探索するが、どこにも姿が見当たらなかった。


 俺は急いで出口に向かう。

 足跡を追うと、まずいことに第一坑道の入口を目指していた。

 奴は俺が村を訪れる前から監視していたに違いなかった。

 ――くそっ! 間に合ってくれ。


 第一坑道の入口前。適当な材料で作った、みすぼらしい屋根の下にローグが居座っていた。

 雑に作ったはずなのに、どの角度からも死角になり、ローグの姿を捉えられない。

 長距離の攻撃は諦めて鉄パイプを構えながら近づくと、のっそりと灰色のマントが傾いだ屋根から出てきた。

 ローグはこちらを振り向くと、その腕の中にハネンが囚われていた。

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