01花期の外
01|ソウル、午後6時17分
雨はもう一時間近く降り続いていた。
ソウルの街を走る車のライトは、雨水によってぼんやりとした光の線に変わり、歩行者たちは慌ただしく横断歩道を渡っていく。こんな天気の中、誰も一秒たりとも立ち止まりたくはなかった。
ユン・ソヨンは花屋の入口に立ち、先ほど風で傾いた看板を元に戻した。
彼女は携帯電話に目を落とした。
銀行口座の残高:₩384,200。
家賃の支払い期限まで、あと五日。
彼女はため息をつき、携帯電話をポケットにしまった。
「今日はもう誰も来ないかな……」
彼女は振り返り、店の中へ戻った。
そこは小さな花屋だった。ソウルの住宅街にある、細い路地に面した店だ。店内は新しくなく、木製の床には少し傷みがあり、壁際にはさまざまな花材が並んでいた。空気には土や葉、そして生花の香りが混ざり合っていた。
ソヨンはここでしばらく働いている。
彼女は花が好きだった。
少なくとも、花は嘘をつかない。
02|もう信じないこと
午後七時。
ソヨンはカウンターの奥に座り、コンビニで買ってきた夕食を開けた。
突然、携帯電話の画面が光った。
元恋人のパク・ソンミンからだった。
「最近、元気にしてる?」
「久しぶりだね。」
「時間があったら、一緒にご飯でもどう?」
ソヨンはメッセージを見つめたまま、すぐには返信しなかった。
彼女はこの男のことを覚えている。
仕事が落ち着いたら旅行に連れて行くと言っていたことも、何度も自分の貯金を取り出して彼を助けていたことも、そして最後になって、二人の未来だと思っていたものが、実は彼女一人だけが努力して築こうとしていたものだったと気づいたことも。
彼女は携帯電話の画面を消した。
返信はしなかった。
人は去ったあと、恋しさだけを残していくわけではない。
どう計算しても答えの出ない、ひとつの勘定を残していくこともある。
03|カン・テジュン
同じ時間。
ソウルの反対側にある、高級住宅タワー。
カン・テジュンは床から天井まで続く大きな窓の前に立ち、手にはウイスキーのグラスを持っていた。
二十三歳の彼は、すでに一人で暮らすことに慣れていた。
広々としたリビング、高価な家具、専用エレベーター、そして窓の外に広がる、ほとんど遮るもののない街の夜景。
彼にとって、こうしたものはすべて当たり前だった。
テーブルの上に置かれた携帯電話が鳴った。
着信画面には「母」と表示されていた。
「もしもし。」
「テジュン、今夜は家に帰って食事をしない?」
「帰らない。」
「お父さんも今日は帰ってくるのよ。」
テジュンは酒を一口飲んだ。
「それなら、なおさら帰らないよ。」
電話の向こう側で、数秒の沈黙が流れた。
「お父さんはただ、あなたにももう少し家のことを気にかけてほしいだけなのよ。」
「兄さんがもう対応してるんじゃないの?」
「テジュン……」
「母さん、今日は疲れてるんだ。」
彼は母親の返事を待たずに、通話を終了した。
携帯電話の画面が再び光った。
兄のカン・テヒョクからメッセージが届いていた。
「父さんは今日、機嫌が悪い。先に喧嘩しないように。」
「時間があったら家に帰って食事でもしよう。」
「最近どう?」
テジュンはしばらく画面を見つめていた。
最後に、たった一言だけ返信した。
「わかった。」
彼は携帯電話を置き、ウォークインクローゼットへ向かった。そして、濃い色のジャケットを手に取った。
ふと、外に出たくなった。
04|花屋に現れた見知らぬ男
午後七時四十三分。
花屋はすでに閉店の準備に入っていた。
ソヨンが最後に残った花を整理していると、突然、入口のベルが鳴った。
チリン。
彼女は顔を上げた。
一人の若い男が入ってきた。
ダークカラーのジャケットに黒いズボン、髪は雨で少し濡れていた。目立ったブランドロゴはなかったが、身につけている服や小物からは、普通ではない価格のものだと感じられた。
ソヨンはハサミを置いた。
「いらっしゃいませ。」
男はすぐには答えなかった。
花の並ぶ棚の前をゆっくりと一周した。
そして最後に、白いチューリップの前で足を止めた。
「これはいくらですか?」
「一束三万五千ウォンです。」
「これを包んでください。」
ソヨンは包装紙を手に取った。
「どなたかにプレゼントするんですか?」
「違います。」
彼女は彼を一度見た。
「では、ご自宅に飾るためですか?」
「うん。」
ソヨンはそれ以上尋ねなかった。
彼女は花の茎を整え、不完全な葉を丁寧に取り除いていった。
男は彼女の手元を見つめていた。
「毎日ここで働いているんですか?」
「だいたいは。」
「退屈だと思いませんか?」
ソヨンは少し笑った。
「花は毎日違うのに、どうして退屈なんですか?」
男は何も言わなかった。
彼は彼女がチューリップを白い包装紙で包み、最後に細いリボンで結ぶ様子を見つめていた。
「できました。」
ソヨンは花束を彼に差し出した。
「三万五千ウォンです。」
男はカードを取り出した。
決済が完了した。
「ご来店ありがとうございました。」
彼は花束を受け取ったが、すぐには店を出なかった。
「名前は何というんですか?」
ソヨンは目を上げた。
「何かご用ですか?」
「ただ、知りたいだけです。」
彼女は答えなかった。
数秒後、礼儀正しい微笑みを浮かべた。
「次に来たときに教えますね。」
男は彼女を見つめ、どこか面白そうな表情を浮かべた。
「わかった。」
彼はドアを押し開け、雨の降る夜へと出ていった。
ソヨンは再びハサミを手に取った。
彼女にとって、今日はただ花束が一つ売れただけの日だった。
あの男の名前も知らないし、どこに住んでいるのかも知らない。
そして、なぜ彼が自分のために花を買おうと思ったのかも、知る由はなかった。
05|初めて印象に残った人
テジュンは車に乗り込んだ。
運転手は彼の手にある花束に気づき、思わず尋ねた。
「坊ちゃま、その花束はどなたに贈るものですか?」
「誰にも。」
「それでは?」
「自分で買った。」
運転手はそれ以上尋ねなかった。
車はゆっくりと通りを離れていった。
テジュンは視線を落とし、白いチューリップの花束を見つめた。
彼は花屋にいた女性のことを思い出した。
彼女は特別に愛想がいいわけでもなく、彼に気に入られようとする様子もなかった。
それどころか、自分の名前さえ教えようとしなかった。
テジュンは小さく笑った。
「面白い。」
彼は携帯電話を手に取った。そして、自分があの花屋の名前さえまだ知らないことに気づいた。
一方その頃、ソヨンはすでに店のシャッターを下ろし、傘を差してバス停へと向かっていた。
二人ともまだ気づいていなかった。
この短い出会いが、やがてそれぞれの当たり前だった日常を、少しずつ変えていくことになるとは。
06|エピソードの終わり
深夜十一時。
テジュンは帰宅し、白いチューリップをリビングのテーブルに置いた。
彼は花の前に立ち、しばらく眺めていた。
携帯電話の画面が光った。
兄から新しいメッセージが届いていた。
「来週の家族の食事会、忘れずに帰ってこいよ。」
テジュンは返信しなかった。
彼は振り返り、部屋へと入っていった。
カメラはテーブルの上に置かれた白いチューリップを映し続ける。
花びらには、まだ少しだけ雨の雫が残っていた。




