起床・白い悪夢
はて。困ったものだ。
目覚めたら体が兎になっていた挙句、それ以前の記憶がほとんど残っていない。辛うじて、友人たちと動物園へと遊びに出かけていたのだけは覚えている。だが、そこで何をしていたのか、なぜそうなったのか、そして彼らの顔。何も、思い出せなかった。
「うぅ……」
思い出そうとするたびに、脳裏には鈍い痛みが響く。窓の外は気が滅入るほどに明るい。少し先には街並みが見えて、薄い桃色が広がっていることがわかる。広く並んだ家々と、そのさらに奥には大きな、城?が見えた。窓に反射した自分の白い影が、城に被さって、より一層、絵本のような幻想的な景色を生み出した。
とりあえず外に出ようと、ベッドから降りる。ドアノブに手をかけようとして、普段あたりまえのように握っていたそれが、片手では回せなかった。両手で挟んだけれど、まだ慣れぬ手。中々回すのは難しかった。
ようやくコツを掴んできたとき、不意にその声は放たれた。
耳を穿つその声に、身の毛がよだつ。内に秘めた生存本能が、無意識的に私の身体を布団へと潜りこませた。きっと、声の主はかなり遠い。百、とまではいかなくとも、七十メートルほどは離れているだろう。だがそれでも、穿たれた咆哮は、私の意識を縛り付けるには十分すぎる効果を発揮した。
足が竦み、手先は震え、頭上についた大きな耳は折りたたまれていた。程なくして、天井から無機質なノイズ音が流れた。布団の中から、耳の先だけ出す。恐怖が、離れてはくれなかった。『あ、あー……』女性とも男性ともつかぬ声が響く。
『皆様、お目覚め戴けたでしょうか?初めまして、ご機嫌用』
私はその言葉に、何処か聞き覚えがあったような気がした。
『この国の王を務めております、”キング・ラビット”と申します』
何卒、と無駄に丁寧な挨拶を終えた、謎の人物――キング・ラビットは、何度か、何かが掠れたような音を出した後、パチン!と指を鳴らした。
刹那、部屋のドアが勢い良く廊下へと開いた。まだ鼓膜の奥へと沈んでいる、あの雄叫びが脳裏に蘇る。だが、もうその気配はそこにいなかった。パタン、パタンと次々に扉は開かれた。それぞれの部屋から出てきたのは、色とりどりの兎たちだった。
眠たげな緑。そわそわしている水。やけにテンションの高い黒。考え込んでいる赤。仲良さげに手を繋いだ黄と橙。色以外に違いがなくて、ただ不気味であったけれど、自分以外に誰かがいることに安心感を覚えた。
『それでは皆様、一階のホールへとお集まりいただけますか?』
階段は廊下の最奥だと付け加えたキング・ラビットは、それだけを言い残して無慈悲にも放送を終了した。静寂が戻った廊下で、最初に声を上げたのは黒い兎だった。
「よかった~、ウチだけじゃないんだ、兎になってるの」
マジ意味不明だけど、と彼女は言う。
「騒いでも仕方がありませんわ……ですが、この姿は悪趣味ですわね」
水が上品そうに話した。
ふわぁ、と欠伸をした緑が、ここはどこなんだろうね、と零す。
「落ち着け。まだ互いのことも知らないのだから、まずはあの放送に従うのが優先だろう」
赤が私たちを仕切る。
不安げに何かを言った橙を、黄が優しく撫でる。
カラフルな混乱の中、私は一歩、廊下へと進んだ。
軽く互いの境遇を話した私たちは、誰もこの場所がどこなのかわからないということだけが分かった。
ホールにつくと、桃色の、私たちよりも少し小さな兎たちが歩き回っていた。明るくはしゃいでいて、とても可愛らしかった。
「ご機嫌用、諸君」
突然、声が投げられた。後ろを振り返っても、誰もいない。
「諸君らにはここで、いくつかのゲームをしてもらう」
パチン、と放送で聞いた、指の音が聞こえた。
「それでは、第一のルールを配布するよ」
天井に穴が開いて、そこから何枚かの紙が降った。それは、私たちそれぞれの足元に丁度辿り着いた。
そっと拾い上げ、折りたたまれた紙を開く。
【ルールブックー前提】
《参加者》
・紅――赤兎
・ミカン――橙兎
・レモン――黄兎
・ヒスイ――緑兎
・シアン――水兎
・ホワイト――白兎
・シャドウ――黒兎
「これがここでの諸君らの名前さ。誰も、自分の名を思い出せないのだろう?」
クックッ、と笑い声が響く。そして、と再び指が鳴らされる。《参加者》の一覧が白紙になり、そこには新たな表記が綴られていた。
《ラビットポイント》
・ゲーム中、これを”RPT”と表記する。
・これはゲーム中の命の数である。
・それぞれのゲームの脱落条件を満たした際に1つ減り、回復条件を満たした際に1つ増える。
・初期RPTは”3”である。
・ゲーム中、RPTを確認することはできないが、ゲーム外の時間であればいつでも確認可能である。
・RPTの増減は本人とゲームマスターにのみ知らされる。
・RPTが0になると、永遠に帰ることができなくなる。
「ラビットポイント……?」
誰かが零した。
あ、そうそう。と、声を無視して声の主――ゲームマスター――は話す。
「ゲーム外の時間だからと油断してたらダメだよ?」
その言葉が何を意味しているのか分からぬまま、紙は灰となって地に落ちた。
気づけば、外には月が昇っていた。彼方から、あの遠吠えが聞こえた。
私は生きて、帰らなければいけない。全員の瞳に、私の心に、焔が灯ったのを感じた。
新シリーズ開始です!
ふと思いついたので、つい書いてしまった……。
優先順位は特に設けてないのですが、王国メインでのつもりではいます。ただまぁ、モチベーション次第でもありますかね……。




