40:三年後
魔塔の最上階。長官室の前の廊下は、今日も慌ただしく人が行き交っていた。
その中で、若い職員たちが書類を抱えながら、ひそひそと声を潜めている。
「なあ、なんか今日のエリック様、鬼気迫る勢いで仕事していたそうだけど、何か聞いていないか?」
「ああ、昨日夫人と喧嘩したらしい」
「また?二人目のお子さんが生まれてから、そういう日が増えていないか?」
「まあ、仕方ないだろう。子どもが生まれたばかりだというのに、毎日夫の帰りが遅かったら誰だって怒るさ」
「なるほど、だから今日は意地でも定時で帰りたいんだな」
「史上最年少で魔塔のトップに上り詰めた男も、妻には頭が上がらないらしい」
職員たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
その時、長官室の扉が勢いよく開いた。
「お、お疲れ様です!!」
突然姿を現したエリックに、二人は慌てて姿勢を正す。
「……何か用か?」
エリックは目の下にクマを作ったげっそりとした顔でわずかに眉をひそめ、二人を睨むように見た。
どうやら扉の前で話していたのに気づかれていたらしい。二人は気まずそうに視線をそらした。
「用がないなら、ここで立ち話はやめてくれ。気が散る」
「あ、いえ……その……用なら……あります……」
職員の一人が、手に持っていた書類の束をおそるおそる差し出した。
「きょ、今日中に確認して返事が欲しいと……」
「今日は無理だ」
「あ、いえ、でも……その……陛下が……」
『陛下』の一言に、エリックは小さく舌打ちをした。
そして書類の束を乱暴に受け取ると、そのまま部屋に引っ込んでしまった。
直後、扉の向こうから、国王に対する不敬罪すれすれの暴言が聞こえてきたが――職員たちは、聞かなかったことにした。
「なんでエリック様は、あんなに陛下に頭が上がらないんだ?」
「さあ……?」
二人は顔を見合わせ、首をかしげた。
真相は闇の中。
ただ一つだけ確かなのは鬼の長官と呼ばれる彼が、今日も必死に仕事を終わらせようとしている理由が、他ならぬ家で待つ妻と子どもたちのためだということだった。
(完)




